第53話「結構勝手に物事を進めるタイプなんだからっ!?」

 第五十三話「結構勝手に物事を進めるタイプなんだからっ!?」


 ………………


 …………


 ……


 「”盾也たてなり”さんは本当に卑怯者ですねぇ……」


 ーーっ!


 ーーな、なんだ?……ここは……


 「…………」


 ーー真っ暗だ……これは……俺の視界……が?


 「はいはい、おちついてくださいよーー、た・て・な・り・さん!」


 ーーくっ!?


 「フィラシスの天翼騎士団エイルダンジェ七つ騎士セット・ランス……ジャンジャック・ド・クーベルタンもとんだ災難でがすよ。こんな卑怯男の稚拙な方法で後れを取ったとなれば母国での評価もだだ下がり……なんだかにゃぁーー」


 ーーくっ……幾万いくま 目貫めぬき……妹か?……いったいここは……?


 「あ!そうそう、”盾也たてなり”さん、現場は大混戦で、結構大変な状態でやんすよ?良いんですかねぇーえ?こぉんなトコロでバタンキュー……なんてしていて?」


 ーー!!な、なんだって!?……ど、どういうことだ?


 ーージャンジャック・ド・クーベルタンは……俺が……?


 「その間抜け面はぁーー、”ジャンジャック・ド・クーベルタンは……俺が……?”ってなつらでがすねぇーー」


 「…………」


 「なわけない!ない!……倒せるわきゃー無いでがしょ?アンタさまみたいな出来損ないに……ねぇ?臆病で中途半端な人間?いやぁーっていうより影?いやいや、それは良く言い過ぎでしょう、うーんとうーーーんと……あ!」


 ーーっ!


 「やっぱり”盾也たてなり”さんでごわすね!」


 ーーちっ!くそっ!言わせておけば……

 ー


 「うるさいっ!ウルサイッ!五月蠅いっ!俺を”盾也たてなり”って呼ぶんじゃねぇっ!!」


 「え?きゃっ!」


 ーー

 ー


 「……………………きゃ?……??」


 ーー俺は……見たことも無い天井を見ていた……


 「…………」


 そしてーー

 俺の傍らには、怯えたように瞳を開いたショートボブの可愛らしい少女……


 「……っ!」


 慌てて跳ね起き、上半身を起こした俺の胸に鈍い痛みが走る。


 「あ、駄目です……まだ、立ち上がるのは……」


 直ぐに優しい口調で語りかけてくる傍らの少女は、心配そうに、ヒンヤリとした床に横たわった俺の身体からだに手を添えてきた。


 ーー見たことあるな……


 ーー見たことある女だ……たしか……


 「えっと……深幡みはた 六花りっかです……鉾木ほこのき先輩」


 虚ろな瞳で無遠慮に自身の顔を睨む男に、少女は愛想良くそう答えた。


 ーーああ、そうか、知ってる……たしかロイヤルベイホテルで……話をしたな……


 ボゥッとする頭で俺はやけにのんびりと考える。


 ーーあれは……何時いつだ?


 ーーどれくらい前だ?……


 ……その時の俺は……”盾也じゅんや”だったのか?


 それとも……”じゅん……や”……


 「……無理も無いですね、能力のおかげで外傷は殆ど無いですけど……内部へのダメージは結構なものだったはずですから……というか一歩間違えていたら死んでいたかも知れないですよ先輩」


 意識は戻ったものの、記憶が混乱気味の俺に彼女は優しく話しかけてくる。


 「深幡みはた……六花りっかさん、俺は……どれくらい寝ていた?あと、なんでキミがここに?」


 ようやくハッキリしてきた頭で、俺はその相手に確認する。


 深幡みはた 六花りっかはやれやれといった表情を見せた後、自身の左腕の内側、そこに着けた赤いベルトで小さめの腕時計を見せた。


 「今は夜の十時三十五分です……先輩が倒れてから大体三十分ですね」


 「…………」


 ーー三十分!!そんなに!?


 コンクリートの壁にリノリウムの床、誇りっぽく薄暗い部屋の床に横たわる俺……どうやらここはまだ、あの廃校の中らしい……


 「私が……私達が、先輩をここに運んだのは、先輩が倒れた直後……私達は”あるひと”の指示で先輩を監視していて……その……何かあったときは手を貸すようにと」


 「……」


 言いにくいのか、少ししどろもどろになる少女の言葉。


 ーーなるほどね……色々と踊らされてきた人生だが、ここでの事もそうだった訳か……


 「”あるひと”……ね」


 俺の口角は、自然と歪んで上がっていた。


 ーーだってそれは……頭の悪い俺でも、いい加減もぅ見当がつくだろう?


 「先輩?」


 黙り込む俺に心配そうに声をかける六花りっかという少女。


 どうやら俺の表情は、あまり他人ひとに見せられたもので無いような顔になっていたようだ。


 「御前崎おまえざき 瑞乃みずのか?」


 「……」


 そして俺の口から出た答え合わせの解答に、六花りっかは硬い表情のまま頷いた。


 「一体、どこまでがあの女の仕組んだ事なんだ?あの女は一体、何をしたいんだ?」


 「それは……」


 少し苛立ちながら問い糾す俺に、少女は戸惑ったままの表情で口をつぐんだ。


 ーー話せないか……当然だ、この少女もあの女の手の者だということだからな


 「ちっ!」


 俺は立ち上がろうとして、木偶のような状態で床に投げ出された両足に力を込める。


 「ぐ……くそっ!」


 少し寝ていただけが、まるで血の通いが悪い……自分の足で無いような感覚だ。


 「あっ!まだ駄目です!その身体からだでは……」


 「……」


 俺を気遣ってくれる?そんな言葉を無視して何とか立ち上がる俺。


 「羽咲うさぎは……何処だ?」


 「……」


 そして相手の言葉には応えないのに、こっちの質問は平然と乱暴に投げかける。


 「…………いろいろあったから……信用されないのは仕方ないですけど……私達は敵では無いです、先輩……信じて下さい」


 ーー私達?……


 さっきから彼女の口から何度もそういう単語が出るが、まぁそれはあの姉、深幡みはた 一花いちかの事に間違いないだろう


 ーーそうだろうよ……


 だから俺みたいな男に近づいたのだろう……じゃなけりゃ……


 「だったら説明しろよっ!!あと羽咲うさぎだ!羽咲うさぎは今どこにいるっ!」


 「っ!」


 俺が急に怒鳴り声をあげたためか、少女はビクリとその小さい身体からだを硬直させて俺を見上げた。


 ーーちっ!……なんだよ、被害者面しやがって……くそっ!くそっ!……くそっタレだ……俺は……


 立ち上がって威圧的に少女を見下ろしたまま、俺はどうすることも出来ないでいた。


 それは俺が……心の中で正真正銘”八つ当たり”だと自覚していたからだろう……


 「…………」


 「…………」


 「……女の子にそういう態度は貴方らしくないんじゃ無いかしら……盾也じゅんやくん」


 ーー!


 その声は……


 その声はまさしく、今、俺が目の前の少女に居場所を問い糾していた、当の人物……


 威圧的な俺と萎縮する少女……気まずい雰囲気の中、声を掛けてきたのは……


 プラチナブロンドの輝く長い髪を整った輪郭の白い顎下ぐらいの位置で左右に纏めてアレンジしたツインテール。


 人形のように白い肌とほのかに桜色に染まった慎ましい唇、翠玉石エメラルドの輝く双眸は、まさに至高の宝石そのものだ。


 そう……羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル……その少女であった。


 「羽咲うさぎ……」


 俺が一番気にかかっていた少女、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルは、コンクリートむき出しの部屋の入り口に当たる場所に佇んでいた。


 「羽咲うさぎ……じゃないでしょ?盾也じゅんやくん……心配してくれるのは嬉しいけど、あんまり見たくないなぁ……そんな態度の貴方」


 ーーうっ……


 俺は彼女と再会早々に痛いところを指摘され、申し訳なさそうに眼下で冷たい床に座ったままのショートボブ少女を見た。

 

 「…………わるかった……その……六花りっかさん……」


 羽咲うさぎの姿を確認して……はやる気持ちにひと段落つけられた俺は、急速に頭が冷えていき、本来恩人であるはずのショートボブの少女に謝罪する。


 座ったままの深幡みはた 六花りっかは、とんでもないと言わんばかりにぶんぶんと頭を横に振った。


 「……と、とにかく教えてくれ、今の状況を……」


 「…………」


 ーー?


 「ふぅ……あのね、盾也じゅんやくん、今私達はあのフィラシスの男から身を隠している状況なの……」


 俺の言葉に深幡みはた 六花りっかは渋い顔をして黙り込み、代わりに羽咲うさぎが諦めたように苦笑いしながら説明を始める。


 ーーそうか……じゃあ……やはり俺ではあの男を倒せなかった……てことか……


 「く、クイーゼルさん、先輩は怪我人なんですよ!そんな事を話して、もし……」


 「もし、再び戦場に戻るって言い出したら?ううん、言い出すでしょうね、でも彼はこう見えてものすごぉぉーーく頑固なの、弱腰のように、自分の考えを主張しない様に見えて、結構勝手に物事を進めるタイプなんだからっ!」


 ーーそうか……だから俺の質問に六花かのじょはあんな渋い顔を……ってかそれより羽咲うさぎ、なんか怒ってないか?その言い方……


 俺が聞きたがったとは言え、こんな状態の俺に戦況を説明しようとする羽咲うさぎ、それに納得いかない六花りっか


 しかし羽咲うさぎは、”だから何を言っても無理、それなら説明した方が早いわ”と言わんばかりの口調で続ける。


 「盾也じゅんやくん、あのね、あの時にね、あの瑞乃みずのっていう女性ひとが現れて、今、ジャンジャック・ド・クーベルタンと一戦交えているの……」


 「!御前崎おまえざき……瑞乃みずのが……」


 驚く俺。


 軽く頷きながら、不満そうに俺を見る翠玉石エメラルドの瞳。


 そこには、俺が彼女に無断で行った”捨て身の行為”に対する嫌みも入っているようだ。


 「私達がそこの深幡みはた?さんに誘導されて、この部屋までなんとか逃げ込んだ後……その後の状況は解らないけど、二人が戦っていた場所には既にどちらの姿も無かったわ」


 「えっ!?」


 羽咲うさぎの言葉に、今度は六花りっかがあからさまに驚く。


 どうやら俺達が窮地に陥ったら助けるようにまでは言われていたらしいが、そこから先は聞いていないようだ。


 「……様子を見に行っていたのか?」


 俺の問いに羽咲うさぎはコクリと頷く。


 「ここにね、この隠し部屋?みたいなところに案内されてから、一時的には安全を確保できたけど、結局あの男を何とかしないと無事に帰れそうも無いし……盾也じゅんやくんが寝てる間にちょっとね」


 「……危ないことをするなよ羽咲うさぎ、今の状況で……」


 呆れて俺がそう言うと、彼女は……


 「……」


 ーースタスタ!


 ガシッ!


 たちまち俺の近くまで歩み寄り、俺の胸元を鷲掴む!


 「わっ!?」


 そして”ぐいっ”と自身の柔らかい身体からだを俺に密着して押しつけるプラチナブロンドの美少女。


 「貴方がそれをいうの?」


 「う……」


 否が応でも押しつけられる……柔らかい……感触……


 そして、今まで何度かこういう風に触れあった時と同様……甘い香り……


 「盾也じゅんやくんっ!」


 いや、それどころじゃ無かった……至近距離で見る翠玉石エメラルドの瞳は相当お怒りのようだ。


 「……」


 思わず目を……いや、顔を逸らす俺。


 「……詳しい話はするわ……でも……わたしも聞かせて貰いたい事があるの……」


 俺の態度に不承不承でそう答える羽咲うさぎは、決意の篭もった瞳で至近から俺を見上げる。


 「……聞かせて……欲しい事?」


 「…………」


 ゆっくり頷いた羽咲うさぎの桜色の可愛らしい唇は……もごもごと躊躇しながらも、何かを口にしようとする。


 「フィラシスと御前崎おまえざき 瑞乃みずのの亀裂の原因はなんだ?……いや、そもそも何故、幾万いくま 目貫めぬきは俺達に、ここに瑞乃みずのがいると情報を流した?……あのフィラシスのジャンジャック・ド・クーベルタンに味方するような真似を何故?……どう思う羽咲うさぎ?」


 だが、俺はそれを遮るように疑問を畳みかける。


 「…………」


 「う、羽咲うさぎ?」


 俺があまりよろしくない頭であれこれ考えを巡らせる中、羽咲うさぎはずっと黙って睨んだまま、俺に身体からだを密着させていた。


 「あの……」


 「本当、そういうとこ、貴方って勝手なのね……なのに、こんな……わかる?貴方が地面に倒れて動かなくなったときの……血をいっぱい吐いて、動かなかった時の私の気持ち!」


 「……いや、それは……あの時はああするしか……」


 言い訳する俺を更に厳しく見上げる翠玉石エメラルドの瞳。


 「だっ大体!もともと無茶を押しつけたり、俺を危険な事に巻き込むのはおまえの方で、そもそも、”いまさら”だろ!」


 俺は……そうだ!俺にだって言い分がある!


 あれは俺の意思でしたことだ、羽咲うさぎのせいじゃない。

 それでもそう言う言い方をされると、俺にだって言い分があるんだよっ!


 「…………そういうこと言うんだ……へぇ」


 「な……なんだよ」


 俺の逆ギレ気味の剣幕にも余裕の……薄ら笑いさえ浮かべたプラチナブロンドが眩しい美少女は……ピッタリと密着した状態から頭をトスッと俺の胸に預けて来た。


 ーーおっ!おぉ……


 「あのね、盾也じゅんやくん……」


 輝くプラチナブロンドとほのかに香るシャンプーの良いにおい……


 「わたしが盾也じゅんやくんに無理させる分にはいいの、それ以外は却下!わかる?」


 「………………」


 ーーわ……わからねっーーーー!!


 俺の胸の中で、ニッコリとびきりの笑顔で微笑むとびきりの美少女。


 だから、その微笑みで何でも済まそうとするんじゃねぇよ!そんな理不尽絶対に……


 「…………」


 ーー輝くプラチナと、ほのかに香るシャンプーの良いにおい……


 絶対に……


 「…………」


 だから……そういう我が儘……は……


 ーー柔らかい……密着した肌から、じんわりと俺に移って広がる彼女の体温……


 …………え……と


 「わ、わかっ…………りました……」


 そして俺の口は当然の如く俺の心には従わない!


 反抗期なのか?俺の口?


 いや、それこそが俺の本心こころだっ!


 小悪魔系超絶天使に弄ばれる俺……


 男の尊厳として認めたくないっ!認めたくないが……


 ーーなにこれ!?滅茶苦茶可愛いっ!


 俺はいま……結構、浮かれてたりする……いや、ちょっとだけ……ホント……つまりどういうことかというと……


 「え……えへへ」


 全く以てだらしない俺だ……面目ない。


 「ありがと、盾也じゅんやくん」


 俺の言葉で、羽咲うさぎは勝ち誇ったように“ニッコリ”と微笑んだ後、ポンッと両手のひらで俺の胸を軽く突き出して離れた。


 ーーあぅ……


 我が射程圏内から離脱した少女の身体からだに向かって伸びていた俺の両腕は一足遅く……行き場を失くして虚しく空を彷徨っていた。


 「フフッ」


 意味深に綻んだ可憐な口元のまま、プラチナブロンドの美少女は、かかとでクルリと回転して方向を変えてーー


 「…………」


 俺達の先ほどまでの一連のやり取りを、”微妙な”というか”怪訝そうな”というか、不満のある表情で眺めていたショートボブの少女の方を向いていた。


 「……と言うことなので、深幡みはたさん?でしたっけ、貴女は少しだけ席を外して下さるかしら?」


 そして、静かな口調で俺の命の恩人の少女にお願いする、ファンデンベルグ帝国の伯爵令嬢、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル様の微笑は、緩みきった俺の頬と背筋が思わず”ピシリッ”と伸びきるほどに、どこまでも迫力があった。


 第五十三話「結構勝手に物事を進めるタイプなんだからっ!?」END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る