第49話「そういう絡繰りか?」

 第四十九話「そういうカラりか?」


 ーータッ!トトンッ!


 ジリジリとべた足から一転、ダンスのステップのように軽やかに上下する華奢な少女の身体からだ

 そして次の瞬間!敵との間合いはそのステップと同時に一瞬で詰まる!


 ーーシュオン!


 横一閃っ!


 だが!それは金髪碧眼の男の後方への体重移動で躱され……


 ーーザシュッッーー!!


 いや!?躱された剣を振り切った位置でそのまま手放し、瞬間、宙に留まった剣を逆の右手で瞬時に握り直して、プラチナブロンドの美少女は、今度は反対側に横一閃するっ!


 刹那の間に、平行して二重ふたえに重なり合う銀色のやいばの軌跡!


 それは見事にフィラシス人の胴体を切り裂いていた。


 「うおっ!すげぇ」


 ーー単独の剣での二刀流かよ!!相変わらず凄まじいほどの剣技だ……羽咲うさぎ


 「ふははっ!無駄だと言っただろう!月華の騎士グレンツェン・リッターよ!!」


 しかし、フィラシスの大騎士はそれでも余裕で高笑いする。


 ーー同じだ……羽咲うさぎの剣撃は一切通用せず、またもやくろがね色の鎧腹部に飲み込まれている……


 ーーだがっ!


 バキンッ!


 「ぬっ!?」


 容易く折れた剣は、剣先を相手のくろがね色の鎧に残したまま、解放される!


 「フッ!」


 そしてその距離のまま、折れた剣で相手の顎先に突きを放つ羽咲うさぎ


 ーーキィィィン


 鋭い軌跡で男の喉元に迫る白銀の刀身は、鈍い光を放ちながら……新たな姿を形成させていた!


 「むぅぅっっ!」


 ザシュッ!


 首を一杯に反らせて何とかそれを躱すフィラシスの大騎士!


 やいばが掠った箇所からは僅かに鮮血が滲み、男は大きくバランスを崩す。


 ーーよし!鎧の無い箇所を上手く突いた!お次は……


 「羽咲うさぎ!三番目の剣はスピード重視の剣だ!」


 俺の叫び声に、向けた視線に、プラチナブロンドの美少女は敵に対峙する動きはそのままにして、少しだけ頷いたような気がした。


 シュォォン!


 崩れた体制の男、その胴体に再び横一閃される片手剣の軌跡!


 「なにっ!?」


 これには流石のジャンジャック・ド・クーベルタンも短く驚いた声を上げていた。


 先ほどと同様、鎧の無い箇所を狙ってくると予測した相手は、そこのみの防御に徹していた。

 この男、天翼騎士団エイルダンジェ七つ騎士セット・ランスほどの相手にそれに徹しられては、如何に羽咲うさぎといえども有効打は放てないだろう……と


 ーーならばこその意表っ!


 わざと最も防御の堅い、相手が絶対の自信を誇るくろがね色の鎧にその一撃を放つっ!


 「愚かな!”神の身体セルマンコル”の加護を忘れたか!」


 ーーヒュオン!


 「!?」


 一瞬の驚きの後、余裕で笑ったフィラシス人の瞳孔が再び驚愕で開かれる。


 今度の一撃は……


 その少女の横一閃した剣先は……


 今度という今度は、神の加護とやらに囚われることが無かったのだ!


 ーーチチッッ!


 くろがね色の鎧の表面を火花を散らせて削る白銀の刃……


 斬った?……いや、というよりも、浅い!


 少女の踏み込みも、剣撃も、先ほどと比べて浅く……だが、その分数段速い!


 速度重視の”三番目の魔剣”で、速度重視の浅い攻撃……


 これではくろがね色の鎧の中に囚われる事は無いかも知れないが、その分、致命傷どころか、鎧の表面をなぞっただけ……掠っただけの一見意味の無い攻撃だ。


 「臆したか!月華の騎士グレンツェン・リッターっ!!」


 ーードシュッ!


 直ぐさま、体勢を立て直したジャンジャック・ド・クーベルタンの見えない槍が、攻撃直後の少女を襲っていた!


 ーーガッ!


 「!?」


 羽咲うさぎは、至近で放たれた……見えない槍の先?を足場に跳び上がると、そこから一気に離脱する。


 ーーズシャァァ!


 そして……少し離れた俺の直ぐ横に華麗に着地していた。


 「……ふぅ」


 小さい吐息を漏らした少女のプラチナブロンドのツインテールが、彼女の身体からだに数瞬遅れる形で、フワリと重力に舞い降りる。


 「…………」


 隣の光景に……間抜けな顔で見蕩れる俺……


 ーーいや……ほんと、常識外れの身体能力だ……羽咲うさぎちゃん


 傍らに降り立った美少女を眺めながら、俺は苦笑いを浮かべるので精一杯だった。


 「盾也じゅんやくん、何か解った?」


 美しい翠玉石エメラルドの瞳を、対峙する長身のフィラシス人に向けたまま、警戒しつつも俺に問いかける羽咲うさぎ


 そうだ、今、羽咲うさぎが斬りつけた威嚇の如き剣撃は、”そのため”のものだ。


 あの鎧がどういったモノか、見極めるための俺の手伝い……


 あの一瞬のアイコンタクトで彼女はそれを理解して、やってのけたのだ。


 「…………」


 ーー校門前では全然なのにな……


 俺は満足と……少しの理不尽さに彼女を不満げに眺める。


 「……?」


 そんな俺の視線を不思議そうに見るプラチナブロンドの美少女。


 ーーいや……今はそれどころじゃ無いな……


 兎に角、今までの経緯を見るに、あの鎧への打撃は尽く絡め取られ、まるでそこに取り込まれたかのように飲み込まれる。


 だが、攻撃した剣が刺さっているとか、めり込んでいるとかでは無く、全く鎧には破損が無く、どちらかというと、その一部になったと言った感じだ。


 そして、羽咲うさぎが先に放った一本目と二本目の剣……鎧の胸部に取り込まれたままであった剣先達……つまり折れた剣先達は、今は二本とも地面に転がっている。


 無論それがあった鎧の胸部には傷跡のようなモノは微塵も無い。


 つまり、それは羽咲うさぎの三本目の剣での攻撃を、それを取り込もうとした際に、あまりの速さと斬り込みの浅さに剣の鹵獲に失敗し、その際にこぼれ落ちた……と考えるのが妥当だろう。


 「…………」


 ーーあぁなるほどね……そういうカラりか……


 俺は以上の考察から、ある仮定に辿り着き一人納得顔をする。


 「解ったの!?……盾也じゅんやくん?」


 傍らの羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの瞳を丸くして俺を見ていた。


 「そうだな……なんとなく」


 「うそっ!うそっ、うそっ!……すごーい!あの一回で?……盾也じゅんやくん、なんだか雰囲気的にそう言わなきゃで、適当に答えてないよね?」


 少し興奮気味に、可愛らしい仕草で俺に詰め寄る少女……


 仕草は無邪気で可愛いらしい事この上ないが……内容はなんだか失礼だ。


 「羽咲うさぎ……どんな希代の名刀も、鉄は斬れても水は斬れない!違うか?」


 俺は気を取り直して問いかける。


 「う……ん……でもそれが?」


 「……それが答えだ、あの鎧は”状態変化”の鎧だ」


 「じょうたい……へんか……?」


 俺から答えを聞いても、羽咲うさぎの表情は混乱気味だった。


 「物質がとる形態……個体、液体、気体……あとは……とにかく、アレはその状態を自在に変化することが出来るってことだろう」


 「……それって、つまり?」


 「水は斬れない……つまり、敵の斬撃の威力を液体状態で吸収し、そのやいばを絡め取って、今度は瞬時に固体化して鋼鉄の檻に相手の剣を閉じ込める……羽咲うさぎがついさっき体験したのはそう言った現象だろうな」


 「っ!?」


 彼女の白い喉からコクリと息を飲み込む音が聞こえる。


 「そんなものが……」


 羽咲うさぎが言葉を失うのも無理は無いだろう。


 奴が言うところの”神の身体セルマンコル”の加護とは……中々に理不尽なアイテムだからだ。


 そして、奴……ジャンジャック・ド・クーベルタンが、先ほど一瞬でその鎧を装着できたのもこれなら説明できる。


 普段は”気体化”して携行し、何かあったときには”固体化”……つまりあのくろがね色の鎧として具現化して瞬く間に装備する。


 そして”神の身体セルマンコル”やらの真骨頂は、鎧の強度を超えるような攻撃を受けると予測されるような時は、瞬時に”液体化”して衝撃を吸収し、鎧自体の破損を免れつつ、更に瞬時に”固体”に戻り、今度は内部に相手の武器えものを閉じ込めて奪い取る……」


 ーーブォン!


 「!」


 話していた俺を見えない槍の一撃が襲った!


 ガキィィン!


 ーーぅ!


 ーー容赦ないな、ジャンジャック・ド・クーベルタン!


 俺はそれを”シールド”で防いではいたが、強烈な衝撃にガードした両腕が痺れ、思わず顔をしかめていた。


「じゅ、盾也じゅんやくん!」


 ドシュッ!


 そして、こちらに気を取られた羽咲うさぎにも、フィラシスの大騎士の槍が襲い掛かった。


 「!」


 ーートンッ!


 俺に気を取られていても、それを瞬時に躱して後方に間を取る少女。


 「羽咲うさぎ!集中しろ!」


 「盾也じゅんやくん!無事……」


 ブォォン!

 ドシュッ!


 息つく暇も無い!プラチナブロンドのツインテールを閃かせ、続けざまの見えない槍を右に左に躱す、羽咲うさぎ


 「小僧!貴様如きに神の御業みわざが理解できるはずがなかろうっ!」


 「神の御業みわざ?……ふん、ただの科学だろうが!それも小学生レベルの!」


 怒りを露わに連続攻撃に転じるフィラシスの大騎士の口調は、荒々しく変わっていた。


 「ふん、大騎士様、男爵様っていっても、こんなもんだ、お里が知れるってな!」


 「き!貴様!」


 シュバッ!


 「くおっ!」


 割り込むように閃く銀閃!……弓のように仰け反る大騎士の長身。


 再び俺をターゲットに変更したフィラシスの大騎士、その顔面に剣撃を放ち、それを阻止する羽咲うさぎ


 「盾也じゅんやくん!」


 ”すとんっ”と着地した彼女は、ジャンジャック・ド・クーベルタンと俺の間に割って入ると俺を庇うように剣を構えていた。


 「……」


 「……」


 俺と羽咲うさぎは視線を交わらせて頷き合う。


 「貴様ら……」


 そんな俺達を眺める、ジャンジャック・ド・クーベルタンの顔は当初の余裕のあるにやけた顔では泣く、苦虫を噛みつぶしたような渋い表情に変貌していた。


 「ふん!だが……それが解ったからと言ってどうなるものでもあるまい、我が”神の身体セルマンコル”を打ち破る手立てが有るはずも無い」


 ーー確かにそうだ、状態変化できる鎧……とんでもない代物ではある


 対処法としては、鎧の無い顔や足などの部位を狙い撃ちするしか無いが、それも羽咲うさぎがそこを狙ってくると解っていれば、大騎士やつほどの相手なら容易く防がれてしまうだろう。


 ”神の身体セルマンコル”……”聖剣”のような常識の範囲外の兵器ならまだしも、普通の刀剣では文字通り歯が立たない代物だ。


 ーー

 ー


 「どうかなぁ……羽咲うさぎ、俺に手立てが無いと思うか?」


 俺の言葉はもちろん”ほぼ”虚勢ブラフだ。


 手が無いからと言ってそれを相手に悟られては、それこそここで終了だからな。


 「ふふっ、その顔は……報酬次第でってことかなぁ?」


 プラチナブロンドの美少女も、キョトンと翠玉石エメラルドの瞳を二、三度しばかせた後に、ニッコリと微笑んだ。


 ーーどうやら俺の意図を汲んでくれたみたいだが……


 「……そう言いたいところだが、羽咲うさぎ…………正直今の状況はかなり不味まずい……危機的状況だ」


 俺は少女の笑みに小声で話す。


 「……だね」


 そんな俺に羽咲うさぎもそっと頷く。


 「……」


 「……」


 ーーそうだな……この場合……仕方ないか…………


 暫し、俺はパートナーであるプラチナブロンドの美少女と見つめ合った後、相対する脅威に向き直った。


 「ジャンジャック・ド・クーベルタン!」


 「……」


 俺達を警戒していたフィラシスの大騎士は、無言でギロリと凄む!


 「…………」


 俺の傍らには、緊張気味の瞳で状況を見守るファンデンベルグの月華の騎士グレンツェン・リッター……プラチナブロンドの美少女、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル。


 警戒と敵意……


 不安と期待……


 それらが複雑に入り交じった雰囲気の中で…………


 ーーカッ!


 俺は目を見開くっ!!


 「参りましたぁぁっっ!!」


 ーー

 ー


 「…………」


 「…………」


 「えぇーーーーーーーーーーーーー!!」


 ペコリと深々と頭を垂れる俺に……羽咲うさぎの間の抜けた可愛らしい声が響き渡っていた。


 第四十九話「そういうカラりか?」END

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