第48話「多重存在の剣(ドッペルゲンガー・ソード)?」

 第四十八話「多重存在の剣(ドッペルゲンガー・ソード)?」


 ーーー

 ーー


 「”多重存在の剣”?」


 羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの瞳を丸くして俺を見る。


 ロイヤルベイホテルの一室。

 超豪華なスウィートでの会話だ。


 ムード最高の高級ホテルの部屋で夜に若い男女が二人……


 それ相応に期待に胸を膨らませ、ホテル内の温泉から戻った俺だったが、プラチナブロンドのヒロインが聞いてきたのは、俺が渡した新作の片手剣、それの詳しい内容だった。


 「…………」


 一度はガックリと肩を落とす俺だったが、正直、その手の話は嫌いじゃ無い。

 そう、たちの悪いことに俺はその話に乗ってしまったのだ……くそ。


 因みに温泉前で御前崎おまえざき 瑞乃みずのに会ったことは話していない。


 ーーなんとなく……ほんと、なんとなく話す機会を逸したのだ……


 「…………」


 ……正直言うと、超絶美少女と高級ホテルのスウィートで二人きりという今の奇跡的な状況を……羽咲うさぎとの良い雰囲気を壊したくないと、よこしまな考えが無かったかというと否定は出来ないが、結局は俺の持参した“魔剣”の説明という色気の無い話になったのだから、俺の野望は全くもって儚くも徒労に終わった訳だったが……


 ーーと、斯く斯く然然……ここに至るまでの経緯はこう言った感じで……



 「羽咲うさぎの潜在能力に耐えうるほどの剣の製造が目下の俺の課題っていや課題なんだが……当面、ハッキリした脅威てきがある以上はそれを完成させる間、その場を凌がないといけないだろう?」


 「……ええ」


 真剣な眼差しで頷くプラチナブロンドの少女は、オフホワイトの可愛らしいパジャマの上に、薄いピンク色のニットカーディガンを纏っていた。


 「だから……緊急避難的対処として、応急措置って事で、これを造った」


 「応急措置で……”多重存在の剣このまけん”を造ってしまったというの?」


 羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの瞳は呆れたように、俺と手元にある片手剣を交互に見る。


 「ああ、そうだけど……ええと、解りやすく言えばこの魔剣は、剣が使い物にならなくなっても、あらかじめ用意していた”もう一本の剣”に切り替わる……で、その剣が駄目になれば……という風に金太郎飴方式に剣が次の剣に切り替わる」


 羽咲うさぎは俺の説明を聞きながら、手の中にある片手剣をマジマジと見る。


 「わたしには一本の剣に見えるけど……」


 「見た目上はな、だが、実際それは十本の剣で出来ているんだ」


 羽咲うさぎの反応は当然だろうと頷きながら俺は答えた。


 「十本!?」


 俺を見ていた少女は再び手元の剣に視線を移し、縦に横にして確かめる仕草をする……彼女のその瞳は半信半疑といった感じだ。


 「素材である多重石パラレルストーンに干渉し、それ自体の存在意義を決定づけるのが武具職人アルムスフォルジュの武器製造工程のひとつだ……」


 そして俺はそんな彼女に出来るだけかみ砕いた説明を始めた。


 「通常、世の中に”全く同一”の存在はあり得ないが、それぞれに対して、例えばAという剣だと認識させてしまえれば、それは”同一の存在”として存在できることになる。十本の異なる剣、それぞれが、それぞれの存在を”同じ物”と認識すれば、それはたとえ十本あっても、一本の剣として存在しうるってことだ」


 「えっと……?」


 羽咲うさぎくだんの剣を持ったまま固まっていた。


 ーーんーと、ちょっと説明が難しいな、これは俺の独自理論も入っているからなぁ……


 「つ、つまり……AからJまでの異なる剣があったとして、その全てが自分をAと認識している場合、それらは実際Aの剣として存在し……複数でありながら、唯一の存在となる……結局のところ現世における”存在”というものの根本は、自己の認識と他者の認識による自己確立と相互認識の……」


 「…………」


 ーーうっ……駄目だ……羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの瞳が、全く理解不能という感じで泳いでいる


 「……え……と、羽咲うさぎさ……ん?」


 「え?う、うん!……そんざい……にんしき……うんうん、そうだね、ジーコとソゴーだね……」


 プラチナブロンドの少女は笑顔でうんうんと頷いているが、途中からは明らかにぎこちない微笑みで誤魔化そうとしている。


 ーーっていうか、”自己確立と相互認識”だ!、ジーコとソゴーって有名サッカー選手と某百貨店かよ!?


 「…………」


 「…………」


 ”大丈夫、まかせて!”と言わんばかりの翠玉石エメラルドの瞳に、俺はそれらの言葉を封印して苦笑いを返す。


 「ま、まぁ……理屈はとにかく……複数の剣を一本の剣として扱えるようにした訳だ」


 そして説明を続ける。


 「Aの剣が折れる……つまりその存在が消滅すると、自己存在の防衛から残った九本は、今度は他の存在に、つまりBになろうとする。それが折れればCにDに……そんな感じであらかじめ用意された十本分、Jまでそれは繰り返される」


 「あらかじめ用意された……他の特徴を持つ魔剣に?」


 羽咲うさぎの言葉に頷いて俺は続ける。


 「ああそうだ……勿論、AはAのBはBの、あらかじめ所持していた十本の剣それぞれの魔剣の特徴を持つわけだから、折れる度に新たな魔剣になるようなものだ」


 「えっと……つまり十本の異なる能力を持つ魔剣を装備しているのと同じ?」


 少し思案した後の自身無げな彼女の言葉に俺は再び深く頷く。


 「わぁ……”魔剣”ってなんだかすごいね……なんていうか、一見ありえない様な特異な能力にもちゃんとそれが出来る意味があるんだ……」


 ーーその”あり得ない特異な能力”の王様……いや、神様というべき出鱈目な存在である“聖剣”を所持する”英雄級ロワクラス”のお嬢様なんだけどな……羽咲うさぎは……


 俺はそんな事を目の前の美少女に、心の中で指摘しながらも、ちゃんと補足する。


 「他の”魔剣”って呼ばれている物の製造方法は知らないけど、俺のはそんな感じかな、どっちにしてもそれほど突拍子も無い事でも無い……自然界でも希にではあるが起こりえることだし……」


 「えっほんとに?」


 そして、素直に感心した瞳で俺を見る美少女に、俺はついつい調子に乗って雄弁になっていった。


 「たとえば、正常な世界ではA君がこの世に二人も存在するわけ無いって否定の常識で満たされているけど……ある人物が、自身の中の常識をことごとく取っ払って、恐ろしく強い精神力でA君だと思い込むことが出来たとして、そして、その他のA君を知る大勢もその現象を認めてしまうような、非常に希な状況が重なれば……或いは」


 「あるいは……?」


 羽咲うさぎ翠玉石エメラルドがキラキラ好奇心で輝き、整った容姿が俺の方へ寄せられる。


 ーーうわっ!


 陶器のように白い肌、それを僅かに上気させる桜色の頬と唇……いまは水分を含んで心持ちシットリと輝くプラチナブロンドの髪……


 ーー俺は……俺って奴は!なんでこんな状況でこんな色気の無い話しをしているんだよぉぉっーー!


 「ねえ、あるいは……なに?つづき……おねがい」


 「……」


 ーーいや、別に変なことは考えてないぞ……俺……


 「…………」


 ーーた、ただ、後学のために今の表情は記憶に刻んでおこう……別に変なことには使わないからな!ほんとに、ほんと……


 「盾也じゅんやくん?」


 明らかによこしまな事を考えていた俺は、大げさにビクリと肩を震わせた!


 「!あ、或いは……ひとつの世界に”同一の存在”が確立してしまうって言う珍事が起こりえるんだ……ただし、これは自然の摂理を大きくねじ曲げる現象でもあるから、どんな弊害が起こるか予想もつかない。たとえば、その二つの存在が直接接触するようなことがあれば、どちらかの存在が消えてしまうとか?」


 「盾也じゅんやくん!それって……ドッペルゲンガー現象?」


 俺は少女の答えに大きく頷く。


 「ご名答!……まぁ、俺のはそこまで高次元な現象とまでは行かないけど、理屈は同じだ。だから”多重存在の剣ドッペルゲンガーソード”もしくは……そうだな、”ロケットペンシル剣”って感じか?」


 「”ろけっとぺんしる”って……絶妙に古くてアレな名前だね」


 なんとか持ち直し、戯けて誤魔化す俺のくだらない命名に、目の前の羽咲びしょうじょは、その可愛らしい桜色の唇を綻ばせて笑った。


 ーーこれがあの夜の話……


 ロイヤルベイホテルでの……紹介された深幡 六花しょうじょとの出会いを中断され……徹夜の眠気アンド疲労と戦ってまで得た……俺のひと夏の……アバンチュール……グ、グス……泣いてなんかいないぞっ……く……


 ーーー

 ーー


 「なんだと!」


 間抜けな声と共に、目を見開くフィラシスの大騎士。


 ーーまぁそうだろうな、普通そう言う反応をするだろう。


 その光景を眺めながら、俺は満足げに頷いていた。


 因みに羽咲うさぎの片手剣は復元されたわけでは無い。

 一度、完全に失われた物が復元するのは容易ではない……っていうか無理だろう。


 ーーつまり、あれは……あの時渡した……あのロイヤルベイホテルでの……ぐっ……くそ、思い出したら涙が……


 ーーいや……そうじゃない!……つまり、あれは羽咲うさぎの為に俺が創造した”魔剣”!


 「羽咲うさぎ!二本目の剣は以前の四番と十一番を参考にしたモノだ!切れ味は保証する!」


 俺の叫びに頷いた美少女は、それを構えながらフィラシスの大騎士とやらの間合いをジリジリと詰めていく!


 ーーそして俺は……


 「…………」


 ーー俺は見極めなければ……


 俺は羽咲うさぎの後ろで目を凝らしてジャンジャック・ド・クーベルタンを観察し、その”神の身体セルマンコル”なるくろがね色の鎧を……その正体を探ることに専念する……


 ーーただその一点に集中していた


 「…………」


 ーーつまりだ……


 あれを攻略しないことには、始まらない!


 第四十八話「多重存在の剣(ドッペルゲンガー・ソード)?」END

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