第50話「……だろうな?」

 第五十話「……だろうな?」


 「いや、だって……ホントのとこ、打つ手無いし……」


 「…………」


 場の雰囲気に、羽咲うさぎの表情に、慌てて言い訳をする俺を信じられないものを見るような瞳を向け、心底呆れる美少女。


 「だって、ほら、あれだよ!平和的に解決できればそれに越した事は無いだろ?な、な?」


 俺はそれでも見苦しい言い訳を続けて、さらにプラチナブロンドの美少女を呆れさせていた。


 ーー

 ー


 「……このフィラシス公国が大騎士にして天翼騎士団エイルダンジェ七つ騎士セット・ランスが一つ槍、ジャンジャック・ド・クーベルタンがそんな戯言を信じるとでも思っているのか?」


 そして、当のジャンジャック・ド・クーベルタンも全く警戒を緩めない碧眼で俺を睨んでいた。


 「ほらこの通りだ……なんでも言うこと聞くから、羽咲うさぎの命だけは諦めてくれないか?」


 俺は、再びフィラシスの大騎士に向き直り、両手を万歳して思いっきり無防備に、長身のフィラシス人に近づいていく。


 スタスタ……


 「ちょっちょっと?……じゅ、盾也じゅんやくんっ!」


 スタスタ


 「…………」


 スタ……ピタリ


 そして遂には、その男の直ぐ目の前まで到達して立ち止まる。


 「……貴様……なにを企んで……」


 ーー企む?……俺如き小物がなにを企もうと、いや……そもそも、どんだけ泣きを入れて許しを請おうと関係ないって面だな……大騎士様!


 俺の言葉など信用しない……いや、そもそも聞く価値さえ値しない戯れ言と顔に書いている尊大な大騎士様は、さも当然というように長身から俺を見下していた。


 「盾也じゅんやくん!」


 「動くな!羽咲うさぎ!」


 俺は大声を出して、慌ててこっちに乗り込もうとする彼女の行動を制止する。


 「ははっ……とんだ腰抜けであったな、鉾木ほこのきとやらよ……仮に何か企んでいたとしても貴様如きでは私に適うはずも無いが、それにしても貴様は語るに値せぬ腑抜けだ……そしてそんな恥知らずの……」


 ーーっ!


 瞬間、俺を嘲るフィラシスの男を鋭く睨みつけて背後で光る翠玉石エメラルドの瞳。


 「……恥知らずの提示する条件を飲む謂われは無いっ!!」


 自身を射殺すほどの殺気をぶつけて来てはいても、実際は何も出来ない少女に見せつけるように口元を歪ませた男は両手をゆっくり構え、例の”見えない槍”とやらを突き出す素振りを見せた。


 ーーだろうなぁ……


 「だめ!避けてっ盾也じゅんやぁ!」


 ズッドォォォーーン!


 そうだ……そもそも俺を敵どころか人間扱いさえしていない、傲慢なフィラシスの大騎士様は迷うこと無くそうするだろう。


 十分俺を引きつけたところで……俺と羽咲うさぎがどうすることも出来ない距離に離れたところで……問答無用!躊躇無しにご自慢の”神の腕セルマンルブラ”とやらを振るうだろう。


 ドガァァァァ!!


 「ぐっはぁっ!!」


 超至近距離で受ける”神の腕セルマンルブラ”の一撃!


 俺の身体からだは衝撃で文字通り”くの字”に折れ曲がり、床からゆうに一メートル以上は宙に突き上げられてから、そのまま力なく落下する!


 「はははっ!矮小なる羽虫がぁぁ!」


 「うががっ………………………………っ!」


 ーーがしっ!


 そして俺は……意識の途切れそうな激痛の中……辛うじて”それ”だけは保って、地面に叩きつけられる寸前で目前のフィラシス人に両手で縋り付いていた。


 ズズズ……


 大地にしっかりと根を下ろした堂々たる出で立ちの騎士……その両肩にすがりつくようにして掴んだ俺の両手が、そのまま沈む自重を支えきれずに徐々にずり下がって、最後は相手の腰の部分に纏わり付く形で停止する。


 「無様な……潔く死ぬる事さえ選択できぬか……この小物が」


 男は咄嗟に”能力”を使った往生際の悪い俺に軽蔑の視線を向けながら、見るからに不機嫌に吐き捨てる


 ーー確かに……今の俺の姿はかっこ悪ぃ……


 無防備に晒した身体からだを咄嗟に”シールド”で防御するには……この距離は近すぎるうえに、瞬時に展開できる盾レベルに限定されるため”鋼の盾”がやっとだった。


 つまり、”鋼の盾”クラスシールド能力では……奴が放つ単発の”神の腕セルマン・ルブラ”にもこの有様ということだ。


 腰砕けで両膝を着き……相手の腰に縋り付いてやっと自身を支える……口ほどにも無い雑魚……


 「がっは……」


 俺の口からは鮮血が泡となって零れ出ていた。


 「盾也じゅんやくんっ!」


 「…………」


 痛みと恐怖で小刻みに震える手……だがその手だけを頼りにひれ伏すことを紙一重で堪える俺。


 ーーとても……とても”惚れた女”に見せる姿じゃ……ない……な……


 「……!?」


 ーーほれた?……おん……な?……ははっ……この状況で……今更俺は……ははっ……


 「我に触れるな、汚らわしい小物がっ!」


 下半身に縋り付いたまま耐える俺を、ゴミでも見るような目で見下ろしていたフィラシスの大騎士は、無表情に無慈悲にトドメの一撃を天に構えた。


 「戦士の矜持の欠片もない!無力で無能な小物が!不愉快だ!失せろっ!」


 ーーえらい言われようだが……無理も無い……その通りだから……な


 ーー俺にははなから”戦士”なんてご大層な誇りプライドは無い!


 「貴様!?……なにを笑って!?」


 俺の口元は上がっていた……


 「……」


 痛みとか恐怖とか……あと色々と混ざり合った感情のまま引きつって……


 引きつったまま……笑っていた。


 「絶望の淵で狂ったか!小僧っ」


 「………………うな」


 「!?」


 鉄槌を天に掲げたまま俺を凝視するフィラシスの男。


 「じゅ……んや……くん?」


 離れた背後から……滲んだ美しい翠玉石エメラルドの瞳を揺らせていた少女は……俺の異変にそれを丸く見開いている。


 「……だ……ろうな…………だから……」


 俺は血の泡がへばり付いたままの口元を歪ませながら、辛うじて言葉を吐く。


 「だから……」


 ーートスッ!


 「なにっ!?」


 「っ!?」


 ーーははっ……なんだ二人とも……その間抜けな顔は……はは……


 俺は相変わらずフィラシスの堂々たる大騎士様に情けなく縋ったままで……


 それを……その刃を……


 俺を見下ろす二メートル越えの偉丈夫!金髪碧眼の堂々たる大騎士にして、フィラシス公国が誇る天翼騎士団エイルダンジェ七つ騎士セット・ランスが一つ槍……


 「だから……だから!こんなあり得ない油断をする!」


 その偉大な大騎士様の自慢のくろがね色の鎧には、真緑の歪なやいばが突き刺さっていた。


 「ぐっ!ぬぅぅっ」


 初めて苦しそうにうめき声を上げるフィラシスの男。


 個体、液体、気体……状況によって己の状態を自在に変化させる理不尽なアイテム

 フィラシス公国、公王家の秘宝、”神の身体セルマンコル”の加護……


 対するは、対象者へ至る障害物をすり抜ける”致死の魔剣”カリギュラ。


 逆立ちしたって脅威になり得ない雑魚だからと、あまりにも不用意に間合いに迎え入れる尊大さと、如何に無敵だとはいえ、たった一つきりの防具に頼り切った単純な戦闘スタイル……


 どちらも俺を相手にしているからこその油断だろうが……


 ”一枚きり”の防御壁なら、この”致死の魔剣”には無いのと同じだ!


 「ぐっ!ぬぅぅっ!」


 苦痛に顔を歪めるクーベルタン!


 ーーやった……やったぞ……俺だってやれば…………


 「は……はは……は?」


 ほぼ死に体で、同じ歪んだ顔でもクーベルタンとは対照的に、笑っていた俺の表情は張り付く。


 男の胸に立派につき立った魔剣を再度、見上げて確認した俺は……その感触に、物足りなさを覚える……


 「ま……さか……浅い?」


 そこそこ力一杯に突き立てたはずの魔剣は、位置的には心臓に、しかし、距離的には其処まで到達していないのか……なんと表現して良いのか、とにかく……


 「……千載一遇の……いや万載一遇の好機マグレも活かせぬ低能が!……如何に魔剣を所持しようと貴様如き素人の腕ではこれが限か…………ぐぉっ!」


 ーーうっぐぅあぁぁっ!


 俺は今にも崩れゆきそうな、痙攣する太ももに力を込めて、突き刺した魔剣の柄を捻って男の胸深くそれをねじり込んでいく!


 「このっクズが!」


 しかし、ジャンジャック・ド・クーベルタンはそれをさせじと、胸の筋肉を収縮させ、さらには腰に縋る俺に向けて、掲げたままであった両手からトドメの”神の腕セルマン・ルブラ”をーー


 「盾也じゅんやくん!」


 「月華のグレンツェンっ!?……ちぃぃっ!」


 ドシュゥゥッ!


 ーーっ!


 ガコォォーーン!!


 割って入ろうとした羽咲うさぎの方に照準を変えた”見えない槍”の一撃が彼女を掠め、コンクリート壁を粉々に砕いた。


 ーートンッ!


 「じゅ、盾也じゅんやくん!もう無理よ!離れて!」


 なんとかそれを躱した少女は、俺達から少し離れた位置に着地し、そこから叫んでいた。


 ーー無理?じょ、冗談だろ……あと……ぐっ……あとちょっとで……


 ぐぐぐっ!


 「がっあぁぁ!このっ!……雑魚が……」


 俺の身体からだは更に沈み込み、今は大人の太ももにしがみつく子供のような体勢ながらそれでも必死に片腕を伸ばして”致死の魔剣”を敵の胸にねじ込んでいく。


 ーーあと……


 「がはっ!」


 再び俺の口から鮮血が溢れだし、フィラシス人の太ももを朱く染める。


 ーーあと……少しで……俺は……う……さぎを護れ……


 「こっこの……雑魚がっ!卑屈で卑怯な………」


 ーー!


 頭上で、怒りと憎悪にヌラリと光る眼光……


 ーーあ……あれ?


 俺の身体からだはそこで動きを停止めていた。


 あと僅か……そう、ほんの僅かのところで、俺は行動をめていたのだ。


 ーーあれ……?あれ?アレあれ……


 キィィーーン!


 ーー能力が……俺の情けなくも、唯一にして異端イレギュラーの能力が……


 キィィィィーーン!


 所有者おれの意思に反し、意味も無く勝手に発動して、俺の”シールド”強度を一段階上げていく……


 ーーいや、ちがうだろっ!いま”自分を護るそれ”をやっても意味が無い……残り少ない余力をそんなことに回しては……


 ーーキィィーーン!


 ーーくそ……言うこと聞けよ!バカ”シールド”がっ!俺は羽咲うさぎをまも……


 ーーガキィィィン!


 そしてそれは完成した……


 俺の持つ能力、”シールド”……その中で二番目の強度を誇る”金剛石ダイヤモンドの盾級”が意味も無く……完成していた。


 そして、”それ”は……俺の中に残っていた力が尽きたことを意味する……


 「く……くぅ……」


 力がどんどん抜け……恥じ入るように、俺の顔は敵が放つ憎悪の眼光から逃れるように自然と下を向いていく。


 ーーな……なにをしているんだよ……おれ……あと少しだったのに……く……くそ……


 土壇場で”羽咲たにん”でなく”鉾木 盾也じぶん”を護ろうとする……


 ”所有者おれの意思に反し?””意味も無く勝手に発動して?”……


 ーーちがうだろ……俺は……俺ってやつは……


 そして俺は完全に俯いていた。


 「貴様……この恥知らずがっ!臆病で卑屈な”盾能力イレギュラー”がぁっ!」


 「……っ!?」


 ーーだ……めだ……おれは……


 続いて、力を込めていたはずの俺の手から、まるで波が引くようにあっさりと力が抜けおち……


 「ぬうっ?……貴様は心底にっ!」


 「じゅ……盾也じゅんや……くん?」


 何事が俺の行動に影響を与えたのか……


 それは俺以外……この場の誰も解らないだろう……


 けれども今の俺の有様を見れば、皆、それは理解わかるだろう。


 「…………」


 ーーだって……仕方ない……


 ーー俺はあの眼を識っている……


 ーーあの……恐ろしい眼を……情けない”鉾木 盾也じぶん”を……


 「貴様……鉾木ほこのき 盾也じゅんや……」


 フィラシスの大騎士……ジャンジャック・ド・クーベルタンの顔が嫌悪に歪む。


 ーーあぁ……くそ……俺は……


 そして、魔剣の柄から完全に俺の手は離れて……


 「心底のクズが……貴様のような……クズにこの俺が……傷つけられ……るとは……」


 ーー俺は識っている……俺に向けられる殺意の眼、憎悪の眼、眼、眼……お前はゴミだ、クズだと嘲る眼、嘲笑う眼、眼、眼……


 ーーそうだ……それらは、それら全てが”鉾木 盾也おれ”の真実しょうたいだと見透かす……悪魔の眼……


 「が……はっ……ぐっ……」


 ほどなく……俺はそのまま体験したことの無い大量の血の味を口の中一杯に堪能してから一気に崩れ落ちていった。


 「…………」


 最後に……やけに冷たい床にひれ伏したまま、俺は見上げていた。


 俺にもなんだか解らない、不甲斐ない自分への未練なのか、単に往生際悪くこびり付いた残りカスなのか……とにかく、僅かに意識をつなぎ止めた俺の視界には……


 忌忌しく汚れた者に対する見下す碧眼を向けながら、ゆっくり後方に崩れゆく長身のフィラシスの大騎士……


 倒れ行く、ジャンジャック・ド・クーベルタンの姿が映っていた。


 ーー

 ー

 ーー殺ったのか?それとも殺れてないのか?


 そのまま意識を失った俺にはそれを確かめる術が無い……いや資格が無い。


 「…………そう……だろうな……」


 ーー

 ー


 何故なら、最後の最後……土壇場で”また”俺は……逃げ出したのだから……


 第五十話「……だろうな?」END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る