第45話「悪趣味《キッチュ》も良いとこよ?」

 第四十五話「悪趣味キッチュも良いとこよ?」


 「天翼騎士団エイルダンジェ七つ騎士セット・ランスが”一つ槍”と名乗ったの?本当に?」


 「ああ、俺には何のことやらだが……羽咲うさぎは知ってるのか?」


 「……」


 俺があのフィラシス人から聞いた単語をなにやら神妙な顔で受け止める羽咲うさぎ


 あれから、ホテルの超豪華な一流レストランで食事を済ませた俺達は、これまた超豪華なスウィートのソファーに腰掛け、お互いの情報交換と今後の対策を練っていた。


 「フィラシス公国の天翼騎士団エイルダンジェとはそのまま、騎士団の名称よ、フィラシス最強の騎士団とも言われているわ」


 羽咲うさぎは他国どころか自国でさえ、軍事関係はてんで素人の俺にそう説明する。


 ーーなるほど……なら、後の単語は簡単に推測できるな……


 「じゃあ、七つ騎士セット・ランスの”一つ槍”ってのはその騎士団最強の七人の内の一人って事か?」


 羽咲うさぎはコクリと頷いた。


 「なんか、見えない武器を操っていたみたいだけど、あれは魔剣のたぐいか?」


 「……そうね、魔剣……魔装具と言った方が良いかしら、でもフィラシス公王家に代々伝わるそれらの魔装具は国宝級の武具で、天翼騎士団エイルダンジェ七つ騎士セット・ランス、つまりその七人にしか与えられていないの」


 「王家に代々伝わる……ね」


 えらい大層な代物が出て来たな、と俺は呆れ気味に鼻息をならす。


 「盾也じゅんやくん……あのね、魔剣と言えば、もの凄く貴重な武具なのよ……それが剣であろうと槍であろうと、鎧であろうとね」


 俺の態度を不真面目だと感じたのか、羽咲うさぎはやや語彙を強めに説明する。


 「魔剣のたぐいは現在、それを制作できる職人フォルジュはいない……知ってると思うけど……だから、貴方がそれを可能だと解れば……いえ、既に”あのひと”から漏洩している可能性もあるけど……とにかく、危険だわ!」


 羽咲うさぎは俺の身を気遣ってくれている。


 それは解るし、さらに俺の心情を気遣って該当の人物、そこら辺をかして言ってくれたけど……


 ーー”あのひと”……つまり”御前崎おまえざき”先生か……


 「確かに今その事実を知るのは、俺本人と羽咲うさぎ御前崎おまえざき 瑞乃みずの……そんなものか」


 俺は羽咲うさぎの気遣いを知ったうえで、あえてその人物の名を自分からあげた。


 「…………」


 「…………」


 少し驚いた、意外だという色合いを見せる少女の翠玉石エメラルドの瞳を見返して俺は頷いた。


 「……あと、幾万いくま 目貫めぬきさんもかしら」


 羽咲うさぎは俺が御前崎おまえざき 瑞乃みずのの事に対して一応の整理をつけたと言う……いや、そうしようとしているという意思をくみ取ってだろう、気を取り直して補足する。


 「……」


 ただ、俺はその補足には苦笑いする。


 羽咲うさぎには解らないかも知れないが、幾万 目貫アレは元々問題外だ。


 存在自体が意味不明だし、そもそも自称”傍観者アナザー・ワン”であって、何かの事柄に奴が直々、実際絡んでくることは皆無だろう。


 「面倒くさいなぁ……まあ、取りあえずそっちは良いだろ、今はあのフィラシス人が何を目的に接触してきたかだろ?」


 だから俺は、その件には当然の如くそう応える。


 「また貴方は……それに自分のことをそんな雑に扱って……」


 ーー自分のこと……


 そうだ……幾万いくま 目貫めぬきの事はともかく、魔剣云云のところは俺も関わってくるだろう事だった。


 「ほんとに……もぅ……」


 あなたの命に関わる事なのよ!と言わんばかりに身を乗り出してくる少女。


 俺達が対峙して座る間にある、小さい大理石のテーブルを飛び越して俺の顔の直ぐ傍まで近づく美少女の端正な顔。


 ーーおぉ!ちかいっ!ちかいって!


 まつげの長さまでわかるほどの距離に迫った美少女のご尊顔に、俺はドギマギと心臓を跳ねさせていた。


 「いや、た、多分バレてないって俺の事は……フィラシスには……」


 「……ほんとに?」


 そのままの距離で上目遣いに俺を覗う翠玉石の瞳と若い桃の花のような甘酸っぱい香りをほのかに漂わせる白い首筋……


 ーーこいつ……わざとやってるんじゃ無いだろうな……


 俺にそう疑わせるほど、彼女の行動は大胆で……無防備だった。


 「盾也じゅんやくん?」


 「そ、それより!ジャンジャンタベールがだな……」


 心臓を跳ねさせつつも、俺は話を強引に元に戻す。


 舐めるなよ!お、俺だって!……たまに彼女がとる、この距離感……わざとなのか天然なのか、それは解らないが……それに多少なりとも耐性がついてるんだ……よ。


 「それを言うなら”ジャンジャック・ド・クーベルタン”でしょ?」


 ーーいや、すみません!全然冷静じゃ無いし耐性なんてついてませんでしたぁっ!


 俺は心の中で、少しばかり見栄を張っていた俺自身に、誰というでも無くとにかく謝罪させていた。


 「だから……盾也じゅんやくん、会話!なにぼーっとしてるのよ」


 ーー”ぼー”としている半分以上はお前のせいだろうが!


 という発言を心に仕舞った俺は、仕切り直して羽咲かのじょの要望通り会話を続けることにする。


 「詳しいな、羽咲うさぎ……顔見知りなのか?」


 表面上は冷静に、なんでも無い様に問いかける。


 ーーそうだ、確かに羽咲うさぎは、プールで奴とすれ違ってはいたが、遠目に見た感じでも自己紹介はしていなかったはずだ。


 「知り合い?……やめてよ、あんな”人でなし集団”、天罰騎士団ネーメズィス野蛮人バルバーリとだなんてゾッとするわ」


 羽咲うさぎは整った眉を寄せ、嫌悪の感情を露わにそう言い捨てる。


 「天罰騎士団ネーメズィス野蛮人バルバーリ?」


 ーー聞き慣れない言葉だ……って当たり前か、ファンデンベルグ語だしなぁ


 「わたしの国ではそう呼ばれてるわ、卑劣漢の代名詞、手段を選ばない方法で強者を倒し、容赦の無い無慈悲な方法で弱者をなぶる……最悪の集団だわ」


 ーーそれは……確かにえらい非道そうな奴らだな……


 しかし羽咲うさぎの言い様から、やっぱり其奴そいつらには面識が無いのか?……なら?


 「えっと……じゃあ?」


 今日の相手の事を識っているような羽咲うさぎの態度に、俺は尤もな質問をする。


 「七つ騎士セット・ランスと呼ばれる七人の大騎士には”神の腕セルマンルブラ”と呼ばれる魔装具が与えられているらしいの……」


 ーー”神の腕セルマンルブラ”?……魔装具……つまり羽咲うさぎは、あのすれ違いざまにあの男に只ならぬ気配を感じた……それこそ魔装具のような特別な……


 そしてそれは、俺の記憶にも一致する。


 ーー見えない槍……確かにアレは何か強力な武器に貫かれたような感覚だった……


 「しかし……あの射程は槍ではありえないだろう……寧ろ弓とかの飛び道具というか……」


 「ううん……槍よ……誰も確かめた者はいないらしいけど、そう言われてる……フィラシスで、不可視で射程が無限の槍使いっていったら……」


 「ジャンジャンタベ……ジャンジャック・ド・クーベルタンって男なわけか」


 ーーなるほど……納得だ


 けど、人物は俺に名乗った通りだとしても……”神の腕セルマンルブラ”……あの魔装具は俺には……やっぱり槍とは思えない……


 ーー実際喰らった俺が感じるのだから自信はあるのだけど……なら、なぜ槍だと言い張っているんだ?……奴……いやフィラシス公国は……


 見えない無限の射程を誇る槍ってだけでかなり驚異的な兵器だろうに、その真実を隠蔽するのは、まだ他に何か理由が……隠し球があるってことだろう。


 俺は多少の疑問を抱きながらも、今は推測するとしても材料が少なすぎるし、どうしようも無い事から、それは一旦置いておく事にした。


 「で、ジャンジャック・ド・クーベルタンってのはどんな男なんだ?」


 「さあ?、いくつかの噂だけしか知らないけど……どうせ碌でもない男でしょうね」


 羽咲うさぎはさも面白くない話題だというように言い捨てる。


 「…………」


 なんだかな……羽咲うさぎの所属する”ファンデンベルグ帝国”と、天翼騎士団エイルダンジェとやらが所属する”フィラシス公国”は数百年来の敵対国家だ……それは俺でも知っている。


 そして、その二国は現在休戦中という事らしいが、それも形の上だけだろう……


 国家として仇敵同士……軍籍の羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルなら相手を毛嫌いするのも頷ける……それに羽咲うさぎの話ではかなり悪辣な集団らしいし……


 「そもそもね、天翼騎士団エイルダンジェ……つまり神の使徒アポステルを喧伝する騎士団が、神の忌み数であるズィーベン、えっと……つまりフィラシスではセットを冠するなんて悪趣味キッチュも良いところだと思わない?」


 黙り込んでいた俺に、彼女は急に雄弁に語り出していた。


 「ねぇ?聞いてる?盾也じゅんやくん」


 ーーな、なにか……プラチナブロンドの美少女は色々とたまっているご様子だ……


 「あ、ああ……」


 それだけ返す俺に彼女はその後もフィラシスの悪評を並べていく。


 「あとね……でね……それから……」


 「…………」


 「で……という訳なのよ……ねぇ、悪趣味キッチュだと思うでしょ?」


 フィラシスの話をしているのに、所々ファンデンベルグ語が混ざってややこしいったら無いが……今それを指摘するのはあまりにも命知らずだろう。


 「キッチュってたしか……」


 「悪趣味!紛い物!下品な物!最低、最悪!フィラシス人のことよ!」


 ーーうわぁー完全に言い切ったよ……最後は絶対、差別だよなぁ……


 「盾也じゅんやくん、な・に・か?」


 呆気にとられている俺の顔をのぞき込む翠玉石エメラルド


 「いや、その通り!フィラシスってのは昔からそうなんだよなぁ、キッチュだよきっちゅ!」


 さしたる根拠も無く、目の前の美少女に迎合する、ホントに立場の弱い俺。


 そしてそれを見て、上機嫌でうんうんと頷く羽咲かのじょ


 ーーまぁいい、本題はここからだ


 俺は表情を整え、改めて真剣に問いかけた。


 「天翼騎士団エイルダンジェの事は大体解ったけど、それで本題はここからだが……奴らの目的は?」


 「しらなーい」


 ーーは?


 美少女は魅力的な翠玉石エメラルドの瞳を二、三度パチクリとしばたかせた後、事も無げにそう答えた。


 「……え……と」


 ーーも、もしかして……なんの根拠も無い相手にあんな罵詈雑言を?


 「……」


 マジマジと見つめる俺に無邪気な笑顔を返すプラチナブロンドの美少女。


 ーーマジかよ……


 俺はこの時、この少女だけは敵に回してはいけないと心に誓った。


 暫く変な空気の中見つめ合った二人だが……


 「これは憶測だけど……多分ね、狙いはわたしだと思うの、わたしが”聖剣”を所持していない事をどこかで知って、今のうちにって……だいたいそんな感じだと思う」


 羽咲うさぎは真面目な顔に戻ると、改めて自身の考えを披露する。


 「襲われたの俺だけだけど?」


 「それも多分、わたしと一緒にいるから……ファンデンベルグが送った日本での支援者だと勘違いされたんじゃないかな?……それで」


 「……なるほど……な、まずは簡単に仕留められる方からって事か……」


 ファンデンベルグ帝国とフィラシス公国の関係は、どうやら俺が思っているよりもずっと切迫した状態らしい。


 世間一般では冷たい戦争コールド・ウォー状態と聞いていたが、水面下では完全に熱い戦争ホット・ウォー状態のようだ。


 「ごめんね、盾也じゅんやくん、あの……全然関係無いことに巻き込んじゃって……」


 状況を整理するために少し黙り込んだ俺に、少女は申し訳なさそうに言った。


 ーーまぁ……それは今更だしなぁ……俺自身、自ら首を突っ込んでいる節もあるし……


 「いや、そんなことより……そいつ、”聖剣”が無いのを良い事に、羽咲うさぎの命を狙ってるんだろ?だったら俺も無関係じゃ無い!」


 俺はそんな彼女に俺なりの主張をする。


 俺を気遣う彼女に対しての言葉ではあるが、もちろん紛れもない俺の本心でもある。


 「盾也じゅんやくん、”聖剣そのこと”はもう……貴方の責任じゃ無いし、これ以上は危ないから……」


 「いや、俺の責任だ!それに俺も一度殺されかかってるしな、無関係じゃない、あと……」


 あと……


 そう……あと……俺は羽咲うさぎの力になりたい!


 彼女が戦うには……少なくとも今の彼女には俺の剣が必要なのは明白だから……


 「……ごめんね、ほんと……本来だったら絶対に巻き込んじゃ駄目なのに……」


 彼女自身それを熟知しているのだろう、申し訳なさそうにだが、俺の言葉を受け入れる。


 「大丈夫だって、俺の対幻想種技能別職種エシェックカテゴリ忘れたのか?文字通り自分の身は自分で守れるし、そもそもちゃんとその分の報酬ももらうぞ」


 俺は出来るだけ明るくそう答えていた。


 「盾也じゅんやくん……」


 潤んだ翠玉石エメラルドが、それこそ宝石の輝きを俺に向ける。


 その少女に優しく微笑み返す俺。


 ……いま、なんか映画の主人公みたいで格好良くない?俺。


 ヒロインに信頼され、それがそのうち愛情に変わって……


 それで……お……おぉっ!


 「胸はだめだからね!」


 「…………」


 ……いや、愛情以前に信頼にもなっていなかった。


 「は……はは」


 俺はガックリと項垂れると、乾いた笑い声を漏らして渋々頷いたのだった。


 第四十五話「悪趣味キッチュも良いとこよ?」END

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