第46話「落とし物ですよ?」

 第四十六話「落とし物ですよ?」


 ひょんな事から同室で一夜を過ごすことになったプラチナブロンドの美少女、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルと俺、鉾木ほこのき 盾也じゅんや……


 しかしその無い様は……色気とは全く無縁だった。


 あーでも無いこーでも無いと意見を出し合っているうちにも、ロイヤルベイホテルの夜は更けっていく……


 ーーカタリ


 やがて、今後の相談にも一段落つけた俺達。

 羽咲うさぎは立ち上がって、バスルームに消える。


 「…………」


 結局、相手の目的が羽咲うさぎの抹殺で恐らく間違いない以上、何時いつ襲ってくるかも解らない相手をするよりも、こちらから仕掛ける方が有利じゃないか……という話に向かいつつも、現状、羽咲うさぎは未だ”聖剣”を欠き、不完全も甚だしい状態だ。


 ーー結局今日のところは状況確認のみ……対策はまた後日だなぁ……


 流石に瞼の重くなってきた俺は、一人残ったリビングの高級ソファーに腰掛けたまま、ゆっくりと背伸びをして、背もたれに沈んだ。


 「ああ、そうだ、一応、言っておくけど……」


 「…………」


 まどろみかけた意識の向こうで……少女の声が聞こえる。


 「お言葉に甘えてお風呂先に頂かせてもらうけど……」


 バスルームからひょっこりと顔を出したプラチナブロンドの少女は、タオルとなにやら色々入ったポーチを手に、だらしなく四肢を投げ出した俺を見る。


 「……覗いたら斬り殺すから、だろ?」


 俺は寝ぼけ眼で彼女の顔を眺めて、”解ってるよ”とばかりに応えた。


 ”うんうん”と満足そうに頷いてバスルームに消えていく美少女。


 再び目を閉じる……


 ーーシャァァァーー


 き、今日は流石に疲れた……


 ーーシャァァァーー


 け、剣の製造とか、昨日から殆ど寝てない……し……な……


 ーーシャァァァーー


 「…………」


 ーーシャァァァーー


 ええいっ!安ホテルじゃ有るまいし!


 そんな鮮明に聞こえるはずの無いシャワーの音が、何故だか妙に耳に纏わり付く。


 「えーと……うぅん、ごほん」


 完全に目を開いた俺は、大画面テレビの前のソファーに座り直してテレビをつけた。


 「…………」


 暫く、さして興味のないバラエティー番組を俺は眺めながら、頭は別のことを考える。


 ーー今……この瞬間に、ほんの数メートル先で羽咲うさぎは……


 「う……」


 いやいや、駄目だろっ!


 ……この俺の精神状態は非常に不味い、けしからん状態だ。


 「泊まってけって……もしかしてそう言う事か?いや……無いな……いや、しかし……」


 こういうことに余り経験が無い俺は……


 「…………」


 ごめんなさい!ウソついてました!全く経験が無いです!


 いや、つまり、こういうことにレベルが不足している俺は、プラチナブロンドの美少女がどういう意図でそう言ったのか……それを計りかねている訳で……


 ”なにか”なんて有るわけないと理解しつつも、この状況に微かな希望をというか、欲望がもたげてきたり、こなかったり……


 つまり相変わらずヘタレな俺だが、気になるモノはきになるんだからしょうが無いだろ!って状態だ。


 そして……悶々とテレビのチャンネルを変えたり、立ったり座ったりを繰り返す悲しきティーンエイジャーは……そのうち……


 ”斬られる?それで覗けるならラッキーじゃん!”


 羽咲うさぎだぞ!翠玉石エメラルドの瞳が綺麗で……透き通るように色が白くて……可愛らしい桜色の唇が意外と艶っぽくて……クウォーターで異国のお姫様な……輝くプラチナブロンドの美少女……その相手がいま、この直ぐ隣で……


 ーーきっ……斬られても死ぬとは限らないっ!


 ある意味男らしい、悪魔のささやきが俺の頭を過る。


 ぶんぶんっ!


 大きく頭を振る俺。


 いやいや、よく考えろ俺……今回は我慢だ、命?そんな代償の高いものに手を出さなくても、このままいけば、普通に彼女の残り香のする浴槽に入れるんだぞ!


 もし、彼女がバスタブに湯を張る派だったなら……


 「お、おぉ……」


 悲しき男の妄想は留まることを知らない。


 ーーとにかく今日のところは”ミッションA”だ!


 羽咲うさぎと同じ空間を満喫する……そして、あわよくば残り湯を堪能だっ!


 俺の腹は決まった!


 「ふふ……ふふふ……」


 ニヤリと不敵に笑った俺は、既に眠気という大自然の摂理さえ超越していたのだった。


 ーーー

 ーー


 ーーガチャリ


 ーー!?


 「ごめんね、お先頂きました」


 バスルームから姿を現してニッコリはにかむ美少女の白い肌はほんのりと上気していた。


 「……お、おう……」


 取って付けたように如何にも興味なさげに返事をする俺だが、テレビを見ているはずの俺の視線はチラチラとその少女に注がれている。


 「?」


 そしてその少女は……オフホワイトの……絹だろうか?上品なパジャマを身に纏った、真に天使と見紛う美少女はというと……


 テレビ前のソファーに座る俺の隣に”ぽふっ”と腰掛ける。


 ーーうわっ……湯上がりのシャンプーの香り……く、くらくらする


 思わず目頭を押さえながら俯く俺。


 「あのね……盾也じゅんやくん……言いにくいんだけど……」


 上気させた桜色の頬と濡れた翠玉石エメラルドの瞳が至近距離で俺を見上げてくる。


 「な、なんだ!?……俺は多くを望んでないぞ!”ミッションA”さえ遂行できれば……」


 俺は声を上擦らせて要らぬ事を口走る。


 最早、風呂上がり美少女の仕草とは最強の凶器とさえ言えた。


 「みっしょん?」


 不思議そうな顔をする羽咲うさぎ……当然だろう。


 「い、いやこっちの話だ……それで?」


 俺はそれを誤魔化して続きを促す。


 「うん、なんかね、最後の方なんだけど、急にお湯の出が悪くなって……お風呂駄目みたい」


 「………………え?」


 唖然とする俺。


 「…………」


 そんな俺に対して微笑みを絶やさない美少女。


 ーーお湯……でない……


 ーー風呂……無し……!?


 「うぉーーーいっ!一流ホテルぅぅーーー!!」


 「きゃ!」


 突然立ち上がり叫ぶ俺に、驚いて少し離れる少女。


 「あ、あの……大丈夫だよ、ここ、天然温泉があるし、大浴場の時間はまだ……」


 「いやだ!俺はお部屋のお風呂に入るんだい!」


 驚きつつも、俺をとりなそうとする少女を無視してバスルームへと向かおうとする俺。


 「ちょ、ちょっと盾也じゅんやくん!駄目だって、水だと風邪引くよ!」


 ーーずっずっずずぅぅーー!


 無理矢理移動しようとする俺のティーシャツの裾を引っ張って止めるプラチナブロンドの少女は、カーペットの上をずるずると引きずられていた。


 「たのむ!後生だっ生かせてくれっ!いや、行かせてくれっ!」


 「だからお湯が出ないんだって……」


 ーーずずぅぅーー!


 「じゃ、じゃあ、せめて!せめてバスルームに入室するだけでもぉぉ!」


 「意味ないでしょ!それじゃあ、早くしないと大浴場も閉まっちゃうよ!」


 「意味はあるっ!あるんだよぉぉっ!」


 ーー残り湯がっ!いや!せめて香りだけでも……だけでもぉぉ!


 「…………」


 「……」


 強引に羽咲うさぎを引きずっていた俺は、やがて立ち止まり……俺のシャツの裾を握る少女と見つめ合う。


 白いTシャツはすっかり伸びていた。


 「…………」


 首回りがダランと下がり、その腰の辺りを両手でしっかりと掴んだ少女は、訳がわからないと言うような、怪訝そうな瞳で俺を見上げている。


 「み……」


 「み?」


 「みっしょんいんぽっしぶるーーー!!」


 スウィートルームで魂の叫びを響かせる独りのおとこを……


 「な、なんなの?いったい……」


 プラチナブロンドの美少女の戸惑った瞳が見上げていた。




 ーー当ホテルには、源泉掛け流しの天然温泉、”天狗の隠れ湯”がご利用頂けます。

 ーー鎌倉時代の高僧”山念さんねん”が全国行脚の修行中に発見したと云われ……


 ーー以下、云々かんぬん


 「山念さんねん?まったくだよ、残念だよ!”天狗の隠れ湯”?余計なもん発見してんじゃねぇ!」


 鉾木ほこのき 盾也じゅんやはまんまと部屋を追い出され、ホテル内にある大浴場の前に佇んでいた。


「暇なのか?えぇ!鎌倉時代って暇だったのかよぉ!大体だ!隠してるの暴いてやるなよ、かわいそうだろ、天狗が!ええ、山念さんねんさんよぉーー!」


 大浴場入り口の”温泉由来表示板”前で、入浴セット片手に噛みつくロンリーウルフ……


 ーー俺だ


 「随分と荒れてるのね……」


 「あぁ?」


 ーーなんだ?苦情か?今の俺はちいとばかり機嫌が悪いぞ!


 俺は背後からの声に対して、挑戦的に振り返る。


 ーーー!!


 「おっ……おっおぉーー!?」


 ーーそこには……


 「なあに?混浴して欲しいの?鉾木ほこのきくん」


 そう言って微笑む人物は……


 通路の壁に背中を預けて立つ、豊かな胸の前で腕を組んだ大人の美人……


 「おっ御前崎おまえざき 瑞乃みずのぉぉっ!」


 あまりにも予期できない意外な相手に俺は絶叫する。


 「あら?呼び捨ては駄目じゃない、鉾木ほこのきくん……瑞乃みずのせ・ん・せ・い、でしょ?」


 ーーちっ!


 俺は咄嗟にそこから飛び退いて……


 ーーガタッ!


 「いてっ……」


 廊下の壁にかかとをぶつけていた。


 「……駄目ねぇ、動くときは絶えず自身の可動域と領域状況の把握をしていないと」


 そう言って朱い唇の端をチロリと舐めた美女は相変わらずの格好でこちらを眺めている。


 「うっ……」


 ーーなんなんだ……いったい……くそ、ヤバイ……よな絶対……


 「ねぇ、あのと泊まってるんだって?もうしちゃった?」


 ーーはっ?


 いきなりな質問内容に、俺は壁際で思わず、ズッコケそうになる。


 「お、御前崎おまえざき先生……その発言は、教育者としてどうなんだよ」


 学校での会話のように自然に話す彼女に、俺はつい普通につっこんでしまう。


 それを受けて女は”ふふふ”と愉しそうに笑った。


 「元よ、元教育者……っと冗談はさておき、貴方に忠告に来たのよ、解るでしょ?」


 「……」


 俺は黙って警戒態勢のままだ。


 「ふぅ……」


 俺の態度に御前崎おまえざき 瑞乃みずのはあからさまに呆れた溜息をつくと、前髪を描き上げた。


 ーーゴクリッ!


 温泉前、場所が場所だけに、大人の色香漂う何とも言われぬ色気があった。


 「ジャンジャック・ド・クーベルタン男爵のことよ……接触したのでしょ?」


 「!?」


 そして、美女の口からその人物の名前が出る……まさに先ほどまで羽咲うさぎと話題にしていた問題だ!


 「知ってるわよ、私の雇い主、正確には雇い主の組織の人間だから」


 ーーやとい……ぬし……?


 「……先生はフィラシス公国と内通して……?」


 だとしたら、事も無げに結構なことを告白する美女。


 「……言ったでしょ、ただの雇い主、傭兵みたいなものよ、利害が一致しただけ、私の事より、貴方の事よ、鉾木ほこのきくん」


 「……」


 「ジャンジャック・ド・クーベルタン男爵は危険な相手だわ、冗談抜きで命が無い、貴方は元々ただの学生なんだから、いい加減この件からは手を引いて、普通の学生生活をエンジョイしなさい」


 ーーよく言うな……俺を巻き込んだ張本人が……


 「普通の……学生生活?」


 「そうよ、例えば、普通の彼女を作って、夏休みを満喫するとか」


 「俺は……」


 「羽咲うさぎさんが大切?」


 「……」


 瑞乃みずのは見透かしたように指摘して口元を上げる。


 「あのは特別よ、ああ見えてファンデンベルグ帝国最強の騎士……”聖剣”が無くとも簡単には殺られはしないでしょうよ」


 ーーかもしれない……かもしれないけど俺は!


 「俺は俺のやりたいようにするだけだ、あんたの指図は……」


 ーーザザッ!


 「!?」


 俺が言い終わる前に瑞乃みずの身体からだが視界から消えていた!


 ーー速いっ!?いや……なんてトリッキーな動きだっ!


 直前まで、腕を組んで壁にもたれていた女は、そのまま寸分と変わらぬポーズのまま、沈むように膝を落とし、膝のみのバネで横に飛ぶ!


 ーーそしてその右手には例の歪な真緑のやいば


 俺は咄嗟には一歩も動くことが出来ず……


 そのまま、そこで”シールド”の強度を上げるのが精一杯だった。


 ーーし、しまった!痛恨のミスだ!


 瑞乃かのじょの”魔剣カリギュラ”は致死の魔剣!


 どのような障害物をも素通りして対象に穿たれる死へのリザーブチケット!


 現に俺は前の戦いで、俺のシールドを突破されヨーコに致命傷を与えられた経験がある。


 ーーくっ!


 思わず目を閉じる俺。


 ーーガキィィン!


 「…………っ!」


 ーーえ?


 ーーガキィン?


 ーーグサッとか、ズブッで無くて?


 予想外の音に俺は閉じた目をうっすらと開けた。


 「……」


 全身の筋肉という筋肉を廊下の壁に背中を張り付かせる体勢で強ばらせている俺。


 しかし、ある意味観念した俺の周辺には人っ子ひとり存在しない……


 ーーあ……れ……?


 そこには、そういう端から見ると、ちょっと間抜けな男がひとり居るだけだった。


 「お、御前崎おまえざき……せんせい?」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのの姿は何処にも無い。


 「……なんだったんだ、いったい?」


 少し呆けていた俺は、”ふぅ”と安堵とも拍子抜けとも言えぬ息を吐いてから……”のうりょく”を解除した。


 ーー

 ーえーーと……


 「風呂……入るか……」


 ーーコツン!


 「っ!?」


 取りあえず当初の目的に戻ろうとした俺。

 ようやく一歩踏み出したスリッパ履きの足先に、何かが当たる感触がした。


 ……歪な緑の短剣ダガー……


「これは……”魔剣カリギュラ”?」


 ーーえ……と……


 俺はキョロキョロと左右を見てから、暫く考える。


 足元には多分俺の能力に弾かれて落ちた、瑞乃みずのの魔剣……


 ーーあ……えーと……うーん?……


 俺は誰も居ない廊下で手を口に添えて誰にいうでも無く声を上げた。


 「おーーい、”魔剣”の落とし物ですよ!」


 第四十六話「落とし物ですよ?」END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る