第30話「ああ!望むところだよっ!?」

 第三十話「ああ!望むところだよっ!?」


 ーー相変わらず卑屈で卑怯だね、鉾木ほこのきくんは……寸分も変わって無くて安心したよ


 ーー鉾木ほこのき 盾也じゅんや!おまえは、知った風な顔でこれ以上、羽咲かのじょに関わるな!それが彼女の為……いや、おまえの矮小な人生を生きていくうえでの為でもある


 幾万いくま 目貫めぬきの言葉が俺の頭を一瞬よぎる。


 「……」


 いや、今は信じたい……桐堂とうどうと先生、二人の友人を……


 俺の考えた末の行動を……


 そして羽咲うさぎのことを……



 俺は頭を軽く左右に振り、よぎった黒頭巾を振り払い、目の前の骨董品に正面から向かい合う。


 「………………うぅ」


 あれから、明日のためにと色々と準備して帰宅した俺は、部屋にある古い固定電話……もはや博物館行きのような黒電話の前に小一時間は座っていた。


 電話なんてかける相手も掛かってくる相手も殆どいない俺には、格安携帯で十分なのだが、この部屋を借りたとき、固定電話回線がセットで入っていたのだから仕方が無い。


 放置するのもなんだか勿体ない気がして、前入居者が置いていったであろう、この骨董品を使うことにしたのだった。


 「…………」


 入居以来、一度も使ったことが無い電話……

 それがまさか、こんな事で使うことになろうとは……


 俺はポケットから、前に受け取ったポニテ娘のメモを取り出して番号を確認する。


 ーー携帯は使えないってどういうことだ?


 連絡先の書かれたメモに、注釈として記されていることに軽く疑問を抱きながらも、俺は重めの受話器を取る。


 「……」


 いや、なにここに来て躊躇してるんだ?俺!


 ーー誰?鉾木ほこのき?えっと仕事先まで困るのだけど……


 ーー少しくらい一緒にいたからって、あんまり馴れ馴れしくされても……


 俺の脳はなんだかネガティヴ思考全開であった。


 いやいや、流石にこの言い方は無いだろう、羽咲うさぎの性格から言って……うん無いはずだ。


 俺は受話器を置いたり、取ったり、そんな事を考えたり、何度かそれを繰り返した後、今度こそ本当に意を決してダイヤルを回した。


 ーージーコロコロ

 ーージーコロ


 人差し指でダイヤルを回した後の、それの戻るスピードがもどかしい。


 昔の電話って何だって、こんななんだ?


 たしか、緊急電話をかけるとき、心を落ち着かせる間をつくるとか聞いたことあるけど……この間……よけいドキドキしてくるだろ?


 ーープッーールルルルーーールルルルーー


 「……」


 ーールルルルーールルルル


 ーーカチャ!


 「!」


 お、おおっ……繋がった!


 「…………」


 「Kaiser-Orden……?Wer Sie sind?」


 「うおっ!え……えっと……あの……」


 ーーファンデンベルグ語?……そ、そりゃそうか……


 「?Wie heissen Sie?」


 ーーくっ全然解らん!……どうすれば……


 「う……ぐ……ぐ……ぐー」


 「goo?……Ist etwas passiert?」


 ーーええいっ!ままよ!


 「ぐ、ぐーてんあべんと?……」


 「……?」


 「……………………」


 ーーだ、だめだぁぁぁ!


 ーー俺には……俺にはハードルが……高すぎる……


 俺は諦めて受話器を置きーー


 「なの?……」


 ーー!


 「盾也じゅんやくんなの?もしもーし!?」


 お、おーーー!奇跡だ!奇跡が……


 「もしもし?盾也じゅんやくん!?……」


 いや、感動している場合じゃ無い、早く出なくては!


 「わ、わるい!羽咲うさぎなのか?」


 「え……やっぱり、盾也じゅんやくんなのね……呆れた……どうやって」


 幸運なことに電話に出たのは羽咲うさぎ本人だったみたいだ……


 ーー全っ然!わからなかった……というかよそ行きの声はあんな大人っぽいのか……


 「盾也じゅんやくん?」


 「あ、いや、何て言うか……ってか不味まずかったか?仕事先に……」


 勢いで行動に出てしまったものの、時差とか考えてなかった俺は、一体何時頃、ファンデンベルグの何処に繋がっているのかサッパリなのだ。


 「えっと……不味まずいって言うか、ここはファンデンベルグの近衛騎士団本部で……この回線は秘匿回線だから……普通なら国際問題っていうか……」


 ーー近衛騎士団本部!?


 ーー秘匿回線!?


 ーーこ、国際問題ぃぃっ?


 「だから、ファンデンベルグ帝国うちを通じて、日本そっちの特殊部隊に拘束されて……」


 「さ、されて……?」


 「…………」


 ーーな、なんだ……この沈黙……


 「う、羽咲うさぎさん?」


 「えっと……最悪、死罪かなぁ……あはは」


 「……………………」


 ーー峰月ほうづき 彩夏あやか……あのポニテ娘……絶対殺す!


 俺は時代遅れの大きな受話器を握る手に嫌な汗をかいていた。


 「だ、大丈夫だよ、今はわたししか居ないし、電話に出たのもわたしで良かったよ、ほんとう!」


 ーーほんとうだ……本当に……うぅ……


 運が良いのか悪いのか……いや、悪いのは解っている……あのポニテ娘……ちょっと美人だからって……くそっ!


 「…………その……あの……それで盾也じゅんやくん?」


 「そ、そうか、仕事どんな感じなんだ?」


 彼女の疑問にを誤魔化すように、俺は本来の用件を暈かして話す。


 ーーそう……まるで初対面の男女のように、ぎこちなく……


 それは距離の問題だろうか?


 それとも、羽咲うさぎを前にして俺がなかなか本題を切り出せないため?


 「…………」


 どちらにしても電話の向こうの羽咲うさぎの声は、二週間ほど会っていないというだけなのに、やけに懐かしく聞こえた。


 「うん、まぁなんとか一段落ついたから、近いうちに日本に戻れそうだよ……その、詳しいことは話せないけど……」


 それはそうだろうな、軍事機密とか色々絡んでそうだしな。


 「……そ、それで?」


 少し間を開けてから、羽咲うさぎは、なんだか頼りない声で再び尋ねてきた。


 「…………特に用事は無いんだ、ちょっとな……どうしてるかなぁーとか気になってな……」


 ーーやはり……今は具体的なことは話さない事にしよう……うん……


 ”聖剣”の事は今のところどうなるか解らないし、羽咲うさぎの記憶のこともある……


 変に意識させて仕事に支障がでるのも不味いだろうし……


 「…………」


 ーーだったら、なんで電話なんか、かけたんだ?


 「うん、わたしは変わりないよ、ちょっと疲れてるかもだけど、お仕事だしね……」


 「そうか……」


 「……うん」


 いまいち、会話が続かない……俺達ってこんな話題無かったっけ?……


 「えーと、じゃ、じゃあな、あんま長くなると誰か来るかも知れないんだろ?俺もまだ命は惜しいしな」


 なんだか、清水の舞台から飛び降りる心境で行動したにもかかわらず、間が持たない俺は、そう言って会話を終わらせる事にした。


 ーーそうだ、事後報告で十分だ


 ーー期待させて、実は駄目でしたって事になってガッカリさせるのもアレだしな……


 「……」


 「じゃ、じゃあな、残りの仕事もがんばれよ」


 社交辞令ともとれるような、お決まりの言葉で締めた俺は受話器を……


 「あ、あのね!」


 「!」


 だが羽咲うさぎがそれに待ったをかけた。


 「……」


 「……羽咲うさぎ?」


 「あの……あのね、わたしも、実はそうだったんだ……それで……」


 ーーそうだった?


 ……ああ!気になったんで電話したって俺の台詞か。


 「会ってないのって二週間くらいなのに……なんか盾也じゅんやくんの声……懐かしくて……その……安心した……」


 ーー!?それって……


 俺の受話器を握る手に自然と力が籠もる……


 「それで……あと、電話……してくれて、その、うれしかったよ……」


 「……」


 いや……まて……これは破壊力ありすぎだろう……


 電話の向こうで、白い頬を染めて俯いているプラチナブロンドの美少女。


 俺の妄想に過ぎないかもしれないが、俺にはその可憐な姿がハッキリと脳裏に浮かんでいた。


 「……」


 「あの……盾也じゅんや……くん?」


 「……あのな、羽咲うさぎ……」


 「?」


 ーーああ……駄目だ……俺という男はなんてチョロいんだ……


 ーーいや違うな……ただこの少女に……格好をつけたいだけなのだろう……


 「できるだけ早く帰ってこい!おまえに、つまり、おまえの……えっと、とにかく驚くような凄いサプライズを用意してあるから!」


 「え!?」


 「じゃ、じゃあな!」


 ーーガチャリ!


 俺はそれだけを、最後にねじ込んで、一方的に電話を切った。


 ーー結局……結局話してやがる……俺って奴は……


 まぁ、具体的内容自体には触れなかったが、兎に角……これで後には引けないよな……


 俺は自室で独り項垂れながら、先走る感情を暫し整理していた。


 ーー

 ー


 「…………望むところだ」


 「ああ!望むところだよっ!」


 俺は独りっきりの部屋で突如叫んで立ち上がると、直ぐにそそくさと明日の準備を始める。


 ーー上等だ!”聖剣グリュヒサイト”必ず手に入れてやるよ!


 第三十話「ああ!望むところだよっ!?」END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る