第31話「捜しものはなんですか?」

 第三十一話「捜しものはなんですか?」


 ーー恐らく現在いま幾万いくま 目貫めぬきの店に”聖剣あれ”はいる……


 ーー或いは”キュウの狐”、或いは”羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルの祖母”として


 俺は目的地を目指しながら頭の中を整理する。


 ”聖剣”、”妖狐ようこ”……つまりヨーコは別に敵では無い。


 羽咲うさぎの祖母(正確には残留思念)だし、彼女の創り出した”聖剣”でもあるからだ。


 討魔競争バトルラリーでちょっかいを出してきたのも、今考えれば今の羽咲うさぎの状態を確認するためだろう……


 あの時ヨーコは言った。


 第一に……


 「”聖剣”の可否は判断出来なんだが……」


 ”聖剣”の可否、つまり、直接羽咲うさぎに接触しても、自身が”聖剣”では無く、キュウであったこと……羽咲うさぎは未だにそれを捨てたままの状態であると。


 第二に……


 「わが孫よ……わが二つ身よ……否定ばかりでは得るものは何もありはせぬぞ」


 わが孫は勿論、羽咲うさぎのこと。


 わが二つ身は……これも羽咲うさぎのこと……だろうな……多分。


 羽咲うさぎが”聖剣”を捨てたことが否定ならば、この発言はヨーコも羽咲うさぎが再び”聖剣”を所持することを望んでいるということを示しているはず。


 そして最後に……


 「ほほっ、次こそは、我に心地良き証を示してみせよ……」


 これはそのままだ、次会うときまでには、”証”つまり記憶を取り戻し、自分を”聖剣”に戻して見せろと言ったのだ。


 これらの発言からも、ヨーコ自身が羽咲うさぎの”聖剣”に戻ることを望んでいるのがうかがえるし、そうなら俺とヨーコの目的は一致しているはずだ。


 「…………」


 あとは……ヨーコを”聖剣”に戻す方法だが……


 幾つか考えつく方法はあるにはあるが……ここはやはり”聖剣”本人であるヨーコと話し合った方が良いだろう。


 「よし!」


 考えの纏まった俺は、歩きながらパンパンと顔をたたいて気合いを入れ直し、幾万いくま 目貫めぬきの店を目指す。


 「彼女から貰ったお守りは持ってる?」


 「!?」


 不意に俺の後ろから女性の声がかかる。


 「ふふっ、大切な物でしょう?」


 微笑む大人の女性は、御前崎おまえざき 瑞乃みずの


 ワンレングスの黒髪ロングヘア、前髪をかきあげたヘアスタイルがなんとも気怠げで色っぽい大人の美女、俺のクラス担任だ。


 彼女は俺の相談に応じてくれ、アドバイスもくれた、そしてもしもの場合に備えて自身も同行してくれるという。


 正直そこまで巻き込むのは……とも考えもしたが、万が一荒事になったら俺には抗える手段が無い、一時退散する事も先ず無理だろう。


 そのため手練れの魔導士ソルシエールである御前崎おまえざき 瑞乃みずのの協力申し出は非常にありがたかった。


 協力と言えば、実は桐堂とうどうも同行を申し出てくれたのだが、それは断った。


 戦士ソルデア系なんていうあからさまな攻撃系職種クラスを同行させている時点で、相手に要らぬ警戒心を与えるだろうし、それは得策で無いと思ったためだ。


 桐堂とうどうはガックリと肩を落とし少し気の毒だったので、直ぐ近くのカフェで待機して貰っている。


 いざという時のために……まず、必要ないだろうが……


 「先生、あまり冷やかさないでくれ」


 俺は首にかけた守護石アムレットをシャツから引っ張り出して後ろの美女に見せる。


 「ふふ、うぶな感じが微笑ましいわ、じゃあ、行きましょうか?」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのは”それ”を確認して紅い唇の端をあげた。


 ーー

 ー


 「お主は何か勘違いしておるようじゃな」


 開口一番、”キュウの狐”ヨーコは言った。


 「……?どういうことだ、貴方は”聖剣”には戻りたくないということか?」


 俺の問いかけに、時代がかった豪奢な和装姿の美女は首を横に振る。


 「強大な力を放棄するということ、その理由が必ずしも心的要因トラウマでは無いと言う事じゃ……それと、もうひとつ……」


 「羽咲うさぎは過去に心に傷を受けたんじゃないのかっ!」


 まだ他に何か続きがありそうな口ぶりのヨーコの言葉を遮って俺は質問していた。


 ーー俺には心的要因トラウマしか……思い当たらない……いやそれ以外あるっていうのかっ!


 「…………」


 自身の惨めな経験から勝手に答えを決めつけていた俺は……そこにこだわってしまった……後から思い起こせばこの件の最初からそうだった……


 ーーそう……だから周りが見えていなかったんだ


 「…………」


 和装美女の細い瞳は、何故か俺では無く俺の”後ろ”に注がれている。


 ーーしかし俺は……この期に及んで俺は……


 「自ら英雄級ロワクラスの象徴たる”聖剣”を捨てる、あまつさえ自身の記憶を改ざんしてまで……そんな事を選択する状況など、俺にはひとつしか想像できない!」


 俺の考えはこうだ。


 羽咲うさぎはかつて、その強力すぎる力で味方……つまり仲間や身内、もしくはそれに類する大事な存在を傷つけた。


 余りにも大きな力は存在自体が悪だ!


 制御できるか云々うんぬんの問題じゃ無い、人には過ぎたる力は最終的に悲劇しか生まない。


 軍隊、核兵器、独裁政治、狂信的な宗教、禁忌の大魔術、そして……聖剣。


 それは人類の歴史を紐解いても実証されている……はずだ。


 「…………誰しもがお主の如き経験をし、考えをもつ訳ではないぞよ……鉾木ほこのきよ」


 「!」


 頭の中を見透かされたかのような言葉に、俺は眼前の”キュウ”を見た。


 「……幾万いくま 目貫めぬきに聞いたのか……俺の事を……」


 そのときの俺の目は殺気立っていただろう。


 およそ、平和的交渉にきたとは思えないほどに。


 ーー周りが全く見えていない……それほどまでにその時の俺は愚かだった


 「イライラしてますねータテナリさん、タリウム足りてますか?」


 「!」


 ーーそれを言うならカルシウムだ!……そんなもん足りてたら危ないだろうがっ!


 いつも通りの黒頭巾の口調が、不安定な俺の苛立ちを更に加速させる。


 「クククッははっ!タテナリさんは怒りん坊将軍ですにゃー!」


 店の奥に座り、宙に浮かせた足を楽しそうにバタバタさせているオンボロ店の主。


 幾万いくま 目貫めぬき、妹バージョンは、完全なる傍観者を決め込んで面白おかしくこちらを眺めていた。


 ーー

 ー


 只今、幾万いくま 目貫めぬきの店内には、俺を含め四人の人物がいる。


 ヨーコを睨む俺、俺の眼前のヨーコ、俺の後ろに控える同行者の御前崎おまえざき 瑞乃みずの、そしてこの店の主たる幾万いくま 目貫めぬき妹バージョン。


 「……答えろよ!幾万いくま 目貫めぬきに聞いたのか……俺の事を……」


 俺の性格キャラクターに無い柄の悪い目で和装美女を睨んでもう一度問いただす俺。


 「……さての、じゃが、羽咲うさぎは決して恐怖や後悔……それに類する負の感情で”聖剣”を手放したのでは無いのじゃ、真の強者たる武士もののぶの矜持は、燕雀えんじゃくには理解できぬものと知れ」


 ーー燕雀えんじゃくっ!


 凄む俺などには、全く怯む事無く答えるヨーコの言葉が更に俺の感情を逆なでする。


 ーー燕雀えんじゃく……”燕雀えんじゃくいずくんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや”か!


 地べたを這いずり回る俺みたいな小人には、大人物の心は理解できないってことかよ!


 「そう険しい顔をするな、鉾木ほこのきよ、燕雀えんじゃくとは何も、お主のことのみを指して言ったのではない、わらわも同様よ」


 「……羽咲うさぎが特別だと?」


 未熟な俺の顔はきっと不満タラタラだ。


 「そうじゃ、あれは真の強者、希にさえ見ることのない”覇王の器”よ」


 「…………」


 羽咲うさぎが強いのは誰でも解る、なんてったって英雄級ロワクラスだしな……しかし、今の論点は物理的強さでは無いだろう……


 ーーじゃあ……?


 俺の疑問を察したヨーコは静かに頷く。


 「羽咲うさぎはの、ファンデンベルグ帝国、最強にして、最高の騎士よ、それ故にその強力な力ゆえに宿敵はおろか、一合と剣をあわせられる者とて居りはせなんだ……」


 「……幻獣種げんじゅうしゅの中にはとんでもない輩もいるはずだぞ」


 ーー俺は反論する。


 いまさら羽咲うさぎの強さに異論があるわけでは無いが、あまりにも極論過ぎる。

 優れた身内へのひいき目があると思ったからだ。


 「羽咲うさぎの前では魔王クラスでさえ、一粒のつゆの如き存在よ」


 「……言うねぇ、そんなに強いなら、強すぎるなら、とうに世界は楽園だ、俺にもそれくらいは理解できるぞ、あんたの目は、多少曇ってる」


 俺は続けて反論する。


 俺の過去をっているかも知れないヨーコに見透かされたかのような物言いをされ、羽咲うさぎと比べられているような気がして、ムキになっていたのかも知れない。


 「戦士ソルデアとして生まれ、敵がいない、勝負すらまともに出来ない……真の強者たる者の次なる行動は何ぞ?……」


 ーー解るかよ……俺なんかにそんな贅沢な悩みが!


 「……何者も我が身に追いつけぬのなら我が落ちてゆけばよい、牙を失い、脆弱になり、僅かばかりの力で必死の闘争を経験し尽くして、その末に命を落とす……そこにこそ戦士ソルデアの生きがいを見いだしたのじゃ……理解できるかの?鉾木ほこのきとやら」


 ーー!


 理解……できるわけがない……そんな理由……


 「……きおく……は……?」


 思いもかけない衝撃的な事実に、俺はかろうじてそう返す。


 「記憶は自身で封印した、どんな窮地でも自身が命を落とすような時でも、仲間が、友人が、恋人が、我が子が、悪鬼羅刹に引き裂かれようとする瞬間ときでも、その力が行使されぬように……それこそが、真に弱者の苦悩を体現することが、真の強者の矜持なのじゃ」


 「…………」


 ーー強気きょうき……いや、狂気きょうきだ……


 真の強者とは……孤高の武とはそこまで……させるものなのか……?


 自ら封印した……つまり羽咲かのじょさえその気ならいつでも”聖剣”は復活する。


 だけど……それじゃあ、羽咲うさぎが自ら望んで”聖剣”を 再び手にすることは絶望的じゃないか……


 俺は完全に目標を見失っていた。


 それが理由なら、そんな理由でなら、俺にはどうすることも出来ない。


 たとえ聖剣ヨーコと協力したからといって、どうやって……



 「……鉾木ほこのきよ、わらわの苦労が理解できたか?わらわとて孫の身を案じておる、じゃからこそ、こうして不完全な姿を現してでも……」


 「…………」


 俺はウンともスンとも答えられない……だってこれではあまりにも……


 ーー

 ー


 「そうっ!不完全!!不完全だからこそ現在いまが最高の好機チャンスなのよっ!」


 ーー!


 手詰まりになった俺の後ろから高らかに女の声が響いた。


 ーーな、なんだ?……御前崎おまえざき……先生?


 俺とヨーコの会話への突然の乱入者に、俺は唯々目を丸くし、ヨーコは表情を変えずに俺の後ろに立つ”その女”を見据えていた。


 「伝説の大妖”キュウの狐”!いえ、世紀の大魔導士と呼んだ方が良いかしら……玉藻御前たまもごぜんっ!!」


 そう言って御前崎おまえざき 瑞乃みずのは紅い唇を歪めて笑っていた。


 「せ、先生?」


 「ああ……こんな好機チャンスが、あふぅ……こんな心躍る瞬間が訪れるなんて……」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのは豊満な身体からだをくねらせて、およそ教育者とは思えないような、快感に溺れたような状態で、愛おしそうに両腕で自身を抱きしめている。


 「御前崎おまえざき先生?」


 「ふふふっ……あははは……あははははっ!」


 ワンレングスの黒髪を振り乱して、俺のよく知る女性は……俺の後ろで……まったく知らない女の顔で狂ったようにわらっていた。


 第三十一話「捜しものはなんですか?」END

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