第29話「ひと狩りいくわよ?」
第二十九話「ひと狩りいくわよ?」
「うぉぉぉぉーーーー!」
ギィィーーン!
突進した俺は
ーーシャラララーー!
ソフトボールのボールくらいの金属製の珠……九つの
鏡のように磨かれた表面で見た目ほど重量を伴わないそれは、美女の白い手のひらの上から数十センチ程に浮き上がり、正円の外周に沿って回転している。
「先生っ!」
俺の後方、数メートルほど後ろには、ワンレングスの長い黒髪、気怠げで色っぽい、曰くありげな美女。
その美女の顔前には、九つの
そして、その中の赤い光を放つ
シュオン
赤い
フォォォン!
彼女の目の前数十センチ先の空中に展開した円の内側。
八つの珠が回転する白く半透明に輝く盤面の中心で、赤い
「
ズバァァァァァァーーーーーーーー!
「ギャギャァァァーーー!」
叫び声を上げて火だるまになる
「
女の声に今度は俺の後方、やや斜め左から大柄の男が飛び出し、両手に持った大型の両刃剣を振り下ろした。
ズシャァァーー!
「ギャフッ!」
たちまち炎の塊とかしていた
「ふっ、この最強の
「油断しない!次、後ろ!」
「ギャワワッ!」
「うわっ!」
決め台詞を高らかに発しようとしていた大男は、敵の棍棒を間抜けに躱すとゴロゴロと地面を転がっていた。
ザザザザッーーー!
直後、立て続けに草むらから木の陰から、十匹以上の
「先生……これはさすがに……」
数の不利を感じた俺は、リーダーたる気怠げな美女、もとい、担任の
「ええ、
ーーは?
彼女は色っぽい唇の端をあげて意味不明の返事を返してくる。
「いや、えーと……」
正反対の指示に困惑する俺……しかし彼女は親指を立てて良い顔で微笑んでいる。
「と、
ーーこの女は駄目だ……
咄嗟にそう判断した俺は、草まみれになった”でくの坊”こと
「うむ、ジュンジュンよ、キミの格好悪い
ーーちょちょっと待て!
「いけ!我が友よ!」
ーーいや、待てよ、このヤロ!ってかおまえ、さっき格好悪いとか言わなかったか?
「
ーーいやいや、何が出来る子なんだ?殴られても大丈夫な子ってことか?
「……」
「……」
無責任な笑顔で無言のプレッシャーをかける二人の薄情者。
「くっ……わかったよ!行けばいんだろ!行けばっ!」
おーーー!
そして無責任に拍手をする二人。
ーーちっ……後で覚えとけよ……
「ギャワワッ!」
「ギァッ!」
「ギシュッ!」
群れなす
「わぁぁぁぁぁーーーー」
俺は半ば自暴自棄になっていた。
ーーばきゃっ!
ーーどかっ!
ーーガジガジ!
「いてっ!ぐわっ!か、
ーーはやく、はやく、何とかしろ!
ーー先生!
ーーグギャ!
ーーガシィ!
ーーう……かはぁ……俺が……俺がピンチですよーーーーー!
ーーー
ーー
何故に俺がこんなところで
そもそも、俺がこんなことになったのは……
どうしようも無い状況に、精神的に完膚なきまでに叩きのめされていた。
ーー俺は聖剣が嫌いだ……だから最初から乗り気がしなかったんだ
でも、それでも
「…………」
だが、結果は……聖剣は
そして、それは恐らく
俺には……そんな過去の傷を
そもそもそれが彼女のためになるとも思えない……
それに俺は……俺は……そういう理由なら、俺にはなおさら……聖剣なるモノには関わりたくない俺は……資格が無い……嫌なんだ……。
「くそっ!」
だけど、
「…………」
俺はそういった葛藤に……情けない俺個人の事情も再発し……頭を悩ませ続けた。
かれこれ二週間以上彼女と会えていないことなども俺の心にある無力感に拍車をかけたのかもしれない……俺は……完全に塞ぎ込んでいた。
毎日欠かさず行ってきた日課もこなさず、無為の日々を送る……
なにか緊張の糸が切れてしまったようにふわふわとした日常を繰り返すだけの日々。
「まるで死人のような顔ね、
「……」
今日も特に何もせず、何も用件の無い帰路につく俺を呼び止めたのは、
「どうしたの?留年は免れたのに浮かない顔して」
「……」
どうしたの?……か、他人になんぞ話せるわけが無い。
「
「……」
その話題に俺の眉はピクリと反応した。
「図星ね……」
「なんで?……」
美女は意味ありげに微笑むと、クイクイッと、白い人差し指で、自分の首の所を指さす仕草をする。
「あっ!」
俺は自身の首にかけた、ネックレス……
露出した、鞣し革で出来た紐部分が
「彼女のプレゼント?いいわね……なんか貴方を包んでいる守護石の力を感じるわ」
「…………」
ーーなるほど、
「訳ありってことね、相談聞くわよ、一応人生も恋愛も先輩なんだから」
多くの男子学生を魅了する大人の女性の微笑みで俺に手を差し伸べる魅惑の担任教師。
「…………」
いや、だから、他人なんかに相談できるはずが無い。
大体、
最終的に何の責任も持たない、他人なんかには……
「……
ーーはぁ?
俺が黙りを決め込んだせいか、急に変えられる話題に俺はあからさまな不満顔をしていた。
「ふぅ、その顔は忘れているようね……」
呆れた表情で俺を見る担任教師。
「貴方、資格のうえでは
ーーあっ!?
……そういえばそうだった!あの
ーーしかし、俺って一人で討伐なんてしたこと無いぞ、そもそも能力的には全然
「…………」
すっかり失念していたことを顔に出し、あからさまに思案する俺を、気怠げな美女は穏やかな瞳で見つめている。
その眼差しは、なんというか、穏やかではあるのだが、母性とはほど遠い、なんだか意味ありげな……なんとなくだが、他意が潜んでいそうな……
「せ、先生?」
俺が困惑の言葉を口にしようとしたとき……
「よし、ひと狩り行くわよ!」
大人の女性特有の色っぽさを忘れさせないまま、無邪気な笑顔でそう言ったのだった。
ーーー
ーー
ーーはぁはぁはぁはぁ…………
俺は草むらに大の字に転がっていた。
大きく空気を出し入れし、青い空を眺めている。
「おーい、大丈夫かい?
少し向こうから、でくの坊の”のほほん”とした声が聞こえる。
「……」
俺は黙ったまま引き続き空を眺めていた。
汗の引いた肌に通る風と、草の青臭い臭いが何となく気持ち良い。
考えてみれば……気を遣われたんだよな、先生に……
それに、
あいつも、奴なりに俺を気遣ってくれたってことか……
そんな事を考えている間に、気怠げな美女とでくの坊は俺の近くまで来ていた。
「大丈夫?
「怪我はしていないようだが?」
俺は寝っ転がったまま、傍らに立ってのぞき込む二人を睨んだ。
「…………」
自分が”いっぱいいっぱい”の時は……周りがこんなにも見えないモノか……
ーーそんな事を実感しながらも、俺が二人を睨んだのは……
きっと未熟な自分の恥ずかしさを誤魔化す為だったのだろう。
ちなみに、十匹ほどいた
「ジュンジュン?」
「鉾木くん?」
「…………うるさい、薄情者ども!」
素直になれない子供な俺は……仏頂面で吐き捨てる。
ーーそして……
「ははっ、キミはCMで見るような”なんとか物置”並に頑丈だな」
「ふふふっ……」
そして……俺の返事に二人の即席パーティ仲間は楽しそうに笑ったのだった。
「じゃあ、報酬は三等分で、良いわね」
「そうですね、相手は
「…………」
そう言うやり取りをする二人を見ながら俺は考えていた。
過去にどんなトラウマがあったのか知らないが、俺が出会った彼女の願いはそれだったんだ……
ーーなら兎に角、先ずはそれを成すのが先じゃ無いのか……
「…………」
そう言うことなら、あの
なんたって奴は”聖剣”そのものなんだから。
…………どっちにしても、もう一度会って、話した方が良いな。
俺は
「…………」
討伐の事後処理を話す二人を眺めながら……俺はちょっとした決断をする。
今までの俺には無かった……ちょっとした意識改革だ……
ーーよしっ!
「先生!
俺は意を決して、”仲間”の二人に声をかけていた。
第二十九話「ひと狩りいくわよ?」END
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