第28話「取るに足らない愚物だよ?」

 第二十八話「取るに足らない愚物だよ?」


 あの討魔競争バトルラリーの件で感じた疑問……俺は単身その心当たりである幾万いくま 目貫めぬきの店を訪れ、ついに核心に迫る。


 「うむ、そもそもわらわは千年ほど前に……」


 ーーー

 ーー

 ー


 彼女の話を要約するとこうだった。


 千年ほど前、京の都に生まれた、えっと……ここでは便宜上、九尾きゅうびの狐、つまり妖狐ようこだから”ヨーコ”としておくが……そのヨーコは下級貴族の家に生まれた。


 その後、女ながらに圧倒的な陰陽道の才で宮廷内、時の政府の中枢へと頭角とうかくを現すが、いつの時代も出る杭は打たれる。


 時代柄、女であったことも相まって、世の人々の恐れと嫉妬を受けて失脚……結果、左遷され隠遁生活を送ることになる。


 その後は元々の陰陽師としての研鑽に勤めていたが、術を極める過程で”ある秘術”を取得し、事実上の不死を手に入れたらしい。


 ーーで、近年、羽咲うさぎの祖父と出会うまでは表舞台に出ることは無かったが、彼女の起こした幾つかの事件と事象は、歴史の中で伝説やお伽噺に変わって伝えられていった……という事らしい。


 ーーなんか……思った以上に壮大な話だ……


 彼女の伝説の一つ、それが”キュウの狐伝説”らしいが……


 この話は実際、創作部分が大部分であるものの、後世までの知名度と人々の印象が特に強いため、現在の彼女はその姿と能力を保っているらしい。


 ーー現在の彼女……つまり、彼女の秘術、”不死”とは肉体を捨てて精神体となること。


 そして、その存在を維持するために、ある程度以上の人々の”認識”が必要だという事だ。


 ーー”世の如何なるモノも、その存在は認識されてこそ、その存在たり得る”


 とでも解釈すればいいのだろうか。


 正直この概念は俺の思考するところとも一致する。

 俺も武具職人アルムスフォルジュとして常々そう考え、多重石パラレルストーンを変貌させる一助としているからだ。


 この点は同じ道の先達……ある意味、求道者としての大先輩として、実証された例を目の当たりに出来るのは、ひとりの武具職人アルムスフォルジュとして非常に僥倖であっただろう。


 で、その他の事はというと……


 「…………」


 まぁ、色々と突っ込みどころは多いとは思うが、事実そういう状態で彼女が存在しているのだから、しょうがない。


 「じゃあ、羽咲うさぎの祖母だというのは……」


 俺は簡単に此所ここまでの話を整理すると、更に疑問をぶつける。


 そもそも彼女の昔話の真偽なんて俺には関係無いし、俺が知りたいのは、むしろここから先の話だ。


 羽咲うさぎの……彼女の探している”聖剣”の存在、その在処ありかについてが、差し迫った俺と彼女に必要とされている問題だからだ。


 「それは事実じゃ、しかしの、子を成すほどの自己存在を確立させるためには、わらわの残りの全てをかき集める必要があった……よってわらわ羽咲あやつの父を産んだ後、十年ほどで本当の死を迎えたのよ……」


 「…………」


 俺は沈黙する。


 「……ほほっ、恐らくその後はぬしの考え通りじゃろう……」


 俺の考え通り……


 羽咲うさぎの祖母は……このヨーコは……優れた陰陽師、そう、歴史上最も優れたと思われる偉大な……今で言うところの魔導士ソルシエールだろうか?


 そして、その祖母を誇りに育った羽咲うさぎは、英雄級ロワクラスの潜在能力を持つ希有な存在。


 ーー英雄級ロワクラスの”聖剣”


 彼ら、彼女らが自らの力で生み出して戦うという神器。


 それは”聖剣の召喚”とも呼ばれるらしいが……


 そもそも……召喚?……それってどこから?


 「…………」


 答えは簡単、自身の内からだ。


 自身の優れた潜在能力を形にし、具現化させる。


 職人フォルジュ多重石パラレルストーンに干渉し、その未来を決定づけて武具を作製するように、英雄級ロワクラスは自身の膨大な能力を自身の望む”理不尽”に変換する……それも無意識に。


 「…………ちっ」


 ーーたちの悪い力だ

 ーー極めて悪質で、最悪な力


 それを考える俺の口元は、きっと歪んでいただろう。


 世界で最も力のある存在が、その力を歯止め無く、余すこと無く、際限なく、無力でちっぽけな世界に解き放つ……


 それはある意味、悪夢と言い換えても良いだろう。


 「…………」



 ーー……俺はその”聖剣”なる不遜な存在に一家言がある。


 ーー見たことも無い存在に何故?


 ーー俺の言い様はまるで聖剣の存在を疎ましく思っているようだ?


 ーーその通りだ、俺は”聖剣”なる存在を嫌悪している。



 「……羽咲うさぎの聖剣は、彼女が英雄級ロワクラスとして目覚めたとき、幼き日に憧れた破格の才能に恵まれた偉大な祖母をイメージした最強の証として顕現した、そして、そのイメージに取り込まれる形で…………」


 俺は目の前のヨーコを睨みながら予測した考えを披露する。


 「うむ……死……過去に霧散しておったわらわの残留思念が一時的に肉体を得た……羽咲うさぎの強大な能力ちからにより、わらわの残りカスは聖剣の一部と化した、”ぐりゅひさいと”とはそう言う聖剣シロモノじゃ」


 あやかしの美女、ヨーコは、俺の推測にそう答えていた。


 ヨーコという桁外れの人物、その下地があったとはいえ、不完全とはいえ……既に消え去った死人をも蘇らせ、自らの剣の糧にする……


 その”グリュヒサイト”なる論外の存在は……”聖剣”のその理不尽な破壊力たるや、想像に難くない。


 「それが……なんで」


 俺の声は震えていた。


 多分、嫌悪から来る感情の昂ぶりがそうさせていたのだろう。


 正直、”聖剣”という巫山戯ふざけた存在の話しなんてもう、一ミリも聞きたくないし、詮索もしたくない。


 しかし、俺はそれを尋ねる。


 羽咲うさぎとの関係上、俺は彼女の手助けをするべきなのだろうから……


 「羽咲うさぎが”聖剣わらわ”を呼び出せなくなった訳か?簡単じゃろ?」


 「……」


 そう、簡単だ、実は想像することは難しくない……

 でも、だったら……彼女は……


 「羽咲うさぎ本人がそれを切り離したからじゃ」


 「……」


 そうだ……そこまでは予測出来た事だ、だから、ヨーコはここに存在する。


 ”聖剣グリュヒサイト”としてでは無く、妖狐ヨーコとして、羽咲うさぎの祖母として……ここに存在している。


 「けど、羽咲うさぎは、解らないと……あんたに会った時もお婆さまと……」


 「自分に都合の悪い事実を消し去る……自身の記憶の改ざんなど、よくある事では無いのかえ?」


 「!」


 やはり……最悪だ……


 彼女の身に、それを手放すほどのトラウマが降りかかりその記憶を封印した……


 彼女の今の目的、”聖剣”を再び取り戻すこと、それはそれを掘り起こすことであり、彼女にとってそれが良い事の訳が無い。


 もともと”聖剣”絡み、この俺にとっては……関わりたくない案件のダントツ一位だったが……これは……ここに来てこれは……


 「……………………ふぅ」


 俺は大きく息を吐いて天を……ほこり臭いボロい天井を仰いでいた。


 ーーそもそも、見つかるわけがないんだよ……

 ーー自身が切り離したモノを……捨てたモノを……


 ーー他に求めても、見つかるわけがないんだ……羽咲うさぎ


 「…………」


 黙り込む俺をじっと観察するような瞳で見るヨーコ。


 彼女はその持ち前の異能で俺の思考……思い出したくも無い、惨めな負け犬の過去さえもお見通しなのだろうか?


 「……羽咲うさぎが”聖剣わらわ”を手放し、自らの記憶を封印した訳も聞きたいかえ?」


 「……」


 しかし、ヨーコが口にしたのはやはり羽咲うさぎの事だった……あたりまえか……


 俺はそのまま下を向き、首を横に振る。


 「俺が関わるような問題じゃ無い……それは、もう既に俺の管轄外だ」


 ーー…………


 古びた店舗内を思い沈黙が支配していた。


 「そうかえ……なら、話はここまでじゃな……」


 ヨーコはどういった感情かも解らない瞳で……それだけ口にする。


 「ははっ、相変わらず卑屈で卑怯だね、鉾木ほこのきくんは……寸分も変わって無くて安心したよ」


 そこまで存在なりを潜めていた幾万いくま 目貫めぬきは、黒頭巾から出した双眼を漆黒に光らせ、愉快そうな声で嗤う。


 「…………」


 「鉾木ほこのき 盾也じゅんやっ!!お前は知った風な顔でこれ以上、羽咲かのじょに関わるな!それが彼女の為……いや、それがおまえの、その矮小な人生を生きていくうえでの為でもある!」


 「……」


 俺は黒頭巾の罵倒とも、侮蔑ともとれる……いや、そうとしかとれない言葉を背に……


 言葉の主のボロイ店を後にしていた。


 ーーー

 ーー


 「随分と辛辣じゃな……傍観者よ」


 「そうかい?たまちゃんは随分とあの男に期待しているみたいだけど……解っただろう?あの男は論外だよ、只の屑、ゴミ以下の存在、取るに足らない愚物だよ……」


 「ふふっ……」


 あきれ果てたてい幾万いくま 目貫めぬきを眺め、笑みを浮かべる薄い唇。


 「?」


 「傍観者たる貴様が、随分と肩入れするものじゃな、幾万いくま 目貫めぬきよ、とるに足らぬモノとは”語る価値も無い”モノのことじゃぞ」


 ”語る価値も無い”、幾万いくま 目貫めぬきは語るはおろか、わざわざ罵倒し、あまつさえ、第三者ヨーコに忠告までする始末。


 「……」


 黒頭巾はその指摘にも、それが?と言うような雰囲気だ。


 「まぁ、それでもわらわは期待するとしようか、そのゴミ以下の存在に……お主ほどでは無いにしろのぅ?」


 それを認識しつつも、ヨーコは意地悪く、妖艶な紅い唇の端を上げていた。


 「……」


 ーーそして


 ”傍観者”、幾万いくま 目貫めぬきの露出した瞳は…………珍しく、何色かの色を含んで細められていたのだった。


 第二十八話「取るに足らない愚物だよ?」END

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