第26話「手紙(ブリーフ)とお守り(アムレット)?」

 第二十六話「手紙ブリーフお守りアムレット?」


 「みつけた!あなた、鉾木ほこのきくんでしょ?、なに帰ろうとしてるのよ!」


 背後から見知らぬ女の声が響いて……


 「…………は?」


 そして俺は、恐る恐る振り向いた。


 そこには、すれ違ったばかりの女……


 スラリとしたモデル体型で、枸橘からたち女学院の上品なシルエットのプリーツスカートからのぞく美しい脚線美が眩しすぎる美少女。


 「…………」


 薄い茶色のカールされた髪をトップで纏めたサイドポニーテールの快活そうな美少女が、こちらに、ニッコリと惜しみない笑顔を向けて立っていたのだった。


 ーーいや、やっぱり知らない……


 俺の名を呼んだような気がしたが……いかんいかん、最近ちょっと自意識過剰だな……


 俺は再び前に向き直り、スタスタと帰路へ歩みを始める。


 「ちょっと、あなた鉾木ほこのき 盾也じゅんやじゃないの?」


 再び呼び止められる。


 俺は立ち止まり、一応振り返るが……やっぱり憶えが全くない。


 「…………」


  少し垂れ目気味の瞳と艶やかな唇が特徴の目鼻立ちのハッキリとしたポニーテールの美人。


 ーーこれほどの美少女なら、街ですれ違っただけでも憶えていそうなものだし……


 怪訝な顔で俺が対応に困っていると……


 「あっ!」


 ポニーテールの少女は急に何か思いついたように声を上げてから、こちらにニッコリと微笑んだ。


 「……?」


 ーーなんだ?今更、人間違いしたことに気づいたのか?いや、その割にはしっかりと俺の名を呼んでいたような……


 おもむろにスッとあがる彼女の右手……


 ほどなく、白い手のひらはそのまま左右に大きく揺れた。


 「おぉーーい、盾也じゅんやくぅぅーーーーん!」


 「なっーーーー!?」


 白い腕がリズミカルに左右に動く度に、サイドに垂らしたポニーテールもゆらゆら揺れる。


 なにを思ったのかポニーテールの美少女は、俺に向かって僅かにつま先立ちになり、頭の上で手を振っていた。


 ーーざわっ!


 どよめく野次馬達


 何故にこの距離でそのアクション?そしてその呼び方!?


 てか、なに!?この既視感デジャヴ


 ーーざわざわっ!


 う……不味い……俺は暫くは目立たないと決めたんだ……その矢先……


 「なっ!なんのつもりだ!ってか、なんの嫌がらせだ!」


 怒鳴る俺にポニーテールの少女は再度ニッコリと微笑む。


 「羽咲うさぎがね、こうやってあなたを呼べば……」


 ーーう、羽咲うさぎ……!?


 「…………」


 「…………」


 「…………呼べば?」


 言いかけて時が止まるポニーテール少女に俺は先を促した。


 「……えっと……あはっ!…………嫌がるって言ってた……かな?」


 最後は何だか”しまった!”というような表情になり、そのまま誤魔化すような笑みに移行するポニーテールの少女。


 「って!やっぱり嫌がらせかいっ!!」


 俺はつい、人目もはばからず怒鳴っていた。


 ーーざわざわっ


 そのやり取りに、何事かとざわめく野次馬達。


 「またアイツかよー!」

 「なんなんだよあいつー」


 人だかりに口々に文句が飛び交う。


 ーーくっ、不味まずいな……此所ここでは状況が悪化しかねない


 「……!」


 直ぐさま俺は、ポニーテールの少女に場所を変えるよう目配せする。


 「……いやよ、私だって忙しいのよ、彼に会いに来たんだし」


 だが、元凶であるはずのポニーテール少女はそう言うと、俺を睨んだ。


 ーーつ、通じてる……感動だ!羽咲うさぎなんか、あれだけ一緒にいても全然だもんなぁぁ


 いや、違う違う!そこじゃない!


 「だ・か・らぁぁ!」


 「彼を余り待たせられないし、お互い時間が勿体ないでしょ?」


 状況を説明しようとする俺に、ポニーテール少女はピシャリと言い放つ。


 ……彼?、この学校に彼氏がいるのか?


 「……つまり、俺の用事はついでかよ」


 俺は少しがっかりしながら呟いていた。


 いやいや、別にこの女をどうこうは無いが、一応、こんな美少女に彼氏がいると聞いたら残念な気持ちになるだろ?普通……


 「ええ、ついでよ、でも、親友のお願いだから先に寄ってあげたのよ、ほら!」


 微笑んで頷いた彼女は、手に持った小さい紙袋を俺に手渡す。


 「これは?」


 「羽咲うさぎはちょっと実家の野暮用で暫くあなたに会えない事になったのよ、それで、それを渡しておいてくれと頼まれたの、なんかお守り的なモノだとか」


 ーーお守り……ね


 思い当たる事柄は、あの時の”キュウの狐”……

 自分がいない間、あれから身を守るために使えってことか?


 「えっと……ポニテさん、それで羽咲うさぎの野暮用って?」


 受け取った紙袋を右手に持ちつつ、俺はお守り云々では無く、そっちの事情を恐る恐る尋ねる。


 「……峰月ほうづきよ、峰月ほうづき 彩夏あやか


 ポニテ娘は峰月ほうづきと名乗り、改めてジロリと俺を値踏みするように見ていた。


 「じゃ、じゃあ、峰月ほうづきさん、羽咲うさぎの野暮用っていうのは?」


 まだなにやら思案中らしい相手に、俺はもう一度同じ質問をする。


 「今更だけど一応確認しておくわ!あなた、羽咲うさぎの事どう思ってるの?悪しきことに利用しようと近づいたんじゃ……」


 ーー!?


 そして彼女からは予期せぬ言葉が返ってくる。


 「し、失礼な、そもそも俺からは……!」


 「…………」


 少し垂れ目気味の瞳を光らせて、向けられるのは相変わらず値踏みするような感じのあまり良くない視線だ。


 ーーなるほど、懸念しているのはそれか?ついつい忘れがちだが、なにしろ羽咲うさぎはファンデンベルグ帝国の要人の娘だからなぁ……


 現実を再認識しながら俺は目の前のポニーテール少女に告げようとする。


 「俺からは……」


 「……」


 峰月ほうづきという少女はじっと探るように俺を見ている。


 俺からは近づいてない……巻き込まれたのは俺の方……


 そう言いかけて、俺は止めた。


 それは事実かも知れない、俺の邪心が無いことを証明できるのかもしれないが……


 ……俺は、そう言い切ってしまうのが、なんだか非道く寂しく感じたからだ。


 「…………いや、そんな気持ちはない、俺は……と、友達として……羽咲うさぎに協力したいと……」


 急遽、口から出る言葉を変えた俺は、どこかしどろもどろで、自信の無い回答だった。


 「…………ぎりぎり……」


 「へ?」


 「ぎりぎり合格ね……」


 「?」


 意味が解らない顔の俺に、”まあいいわ”と言わんばかりに微笑んだポニーテール美少女は、そのまま軽く頷いた。


 「……前に、あなた、鉾木ほこのきという輩が、変なことをしたら私が蹴り殺してあげようか?って聞いたことがあるのだけど……」


 ーーなんのことだ?聞くって誰に?羽咲うさぎに?蹴り殺す?蹴り殺すってこの娘、空手かキックボクシングでもやってるのか?


 「ううん、盾也じゅんやくんはそんなことしないよって、あの言ってたけど……」


 ポニーテールの美少女は、そう言いながら再び俺を遠慮無しにじろじろと見る。


 「うむ、中々、信頼があるな俺、まあ、これも二人で過ごした時間、その積み重ねの結晶だな」


 とにかく、羽咲うさぎがそんなことを言っていたとは……俺は満足げに頷いていた。


 「もしそんな事があったら、わたしが斬り殺すから必要無いよ!って、良い笑顔で言っていたわ」


 「信用無いなっ!俺!!」


 っていうか、なんだかすごく良い笑顔でその台詞を言う羽咲うさぎがとてつもなくリアルに想像できる自分が悲しい!


 「…………」


 峰月ほうづき 彩夏あやかという少女は、その後も、少しだけ考えた後、口を開く。


 「……ふぅ、ま、いっか、やっぱりギリギリ合格にしておくわ……なんか詳しいことは知らないけど、本国から急な呼び出しがあったとか……あの急ぎ様は、皇帝からかしら?……」


 「こ、皇帝!?」


 またもや思いも寄らない大層な単語が出たことに俺は目を丸くする。


 ーーざわっ!


 俺の大声とその単語に、周りの観衆がざわめいた。


 ーーうわっ!ついうっかり遠巻きにギャラリーがいることを忘れていた!


 とはいえ、あの位置からなら、俺とポニテ美少女の通常の会話までは聞き取れていないだろうが……


 それでも俺は慌てて口を塞ぐ。


 「そんなに驚く?羽咲あのこのクイーゼル家はファンデンベルグ帝国の伯爵家で、羽咲あのこ自身も帝国の騎士、それにクイーゼル家は遠縁だけど現皇帝の血筋だから」


 「……」


 俺は黙ってしまった、ていうか言葉が出ない。


 皇帝の遠縁……貴族とは聞いていたけど……


 「解ってると思うけど、携帯電話とかは既に繋がらないわよ、国家の重要案件で帰国したのだから……」


 ーーコクリ


 俺は無言で頷く事しか出来ない。


 こういう話を聞くと羽咲うさぎという少女は別世界の人間だと、現実を再認識させられる。


 「……じゃあ、私は行くけど?」


 「……ああ」


 俺は、あっさりと別れを告げる相手を、なんだかもう、ただ呆然と見送る。


 「そうそう、そのお守り、”わたしだと思って、肌身離さず持っていてね、大好きな盾也じゅんやくんへ”って、事らしいから!」


 ーーざわわっ!


 去り際、大声でそう言って校舎の中に消えていくポニーテールの美少女は、楽しそうに、ちょっとだけ意地の悪い笑みを浮かべていた。


 ーーざわざわっ!


 三度……いや四度か……とにかくざわめく聴衆!


 「な……」


 ーーざわわっ!


 もちろん俺に対する嫉妬とやっかみの罵声がオンパレードだ!


 「なんだってんだぁぁ!状況解ってんのかよぉぉ!」


 既に校舎に入って見えなくなった、ポニーテール美少女に向けて俺のむなしい叫びが木霊する。


 「…………くそ」


 ーーいや、むしろ解っててだろう……性悪ポニテ娘め!


 野次馬達はあらぬ誤解を持って口々に俺の悪口をわめき、睨んでいた。


 「…………」


 でも、後に残された俺の表情が暗いのは、そんな罵詈雑言のせいじゃない……


 「”大好きな盾也じゅんやくんへ”……か……ふっ……」


 俺の乾いた唇は、なんとも空しい失笑を浮かべていた。


 それは、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルというとびきりのプラチナブロンド美少女が、そんなことを言う可能性は間違いなくゼロだという事実を……悲しいかな俺は確信しているからだった。



 ーーー

 ーー



 結局、俺はそのまま野次馬でざわめく校門前から足早に立ち去り、少し歩いたところで立ち止まった。


 「……」


 そして、じっと手に持った紙袋を見て……


 ーーガサゴソ


 路上にもかかわらず、ポニーテールの美少女に手渡された紙袋を開ける。


 ーーいや、お守りだから!早めに確認した方が身の安全のために良いから!……ですよ


 「…………」


 うう……決して帰るまで待ちきれない子供のような心境では無いぞ。


 誰に言い訳しているのか、俺はゴソゴソとソレを開ける。


 「!…………これは」


 袋の中に入っていたのは、なめした革紐の先に鈍い光を放つ小粒の石が着いたネックレス。


 それと自筆で二枚のメモ書き。



 ーー盾也じゅんやくんへ

 ーーごめんね急に、でも、あまり時間が無くて、それでこの”お守りアムレット”をプレゼントするので、出来たら肌身離さず持っていて下さい。

 ーーあと、あまり無茶はしちゃ駄目だよ。



 メモ書きにはそう書いてあった。


 ……”わたしだと思って”云々うんぬんと、”大好きな”のくだりはもちろん記述が無い。


 「…………」


 いや、一応だよ!一応確認だけしとこうかなーって思っただけ!アハハハ……あは……はぁ……


 「……コホン」


 そして気を取り直して二枚目……


 ーーん!?これは明らかに筆跡が違う?



 ーー羽咲うさぎの親友の彩夏あやかだけど

 ーー一応、羽咲うさぎの緊急連絡先を書いておくわ、悪用はしないように

 ーーあと、あくまで緊急連絡先だから、愛の囁きとかでは使わないように



 くっ……なんて、奔放な人なんだ……あのポニテ娘は……


 しかし、ファンデンベルグでの羽咲うさぎの連絡先を入手できるなんて、あの峰月ほうづき 彩夏あやかって女も恐らくかなりの身分なんだろう……ほんと枸橘からたち女学院恐るべし……


 俺は羽咲うさぎの緊急連絡先とやらが記述された用紙をポケットに丸め込み、溜息を吐いた。


 「なんか……疲れた」


 とぼとぼと歩き始めた俺は、その重い足取りとは裏腹に、帰路では無く何故か幾万いくま 目貫めぬきの店に向かっていたのだった。


 第二十六話「手紙ブリーフお守りアムレット?」END

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