第24話「羽咲(かのじょ)の心に希望的観測を?」
第二十四話「
「えーそれでは、改めまして、優勝者の
ーーー
ーー
「…………ご、ごめんなさい」
目線をやや下方に、マイクを通しても蚊の鳴くような小声で……俺は謝罪していた。
ーーなんでこうなった……?
俺はステージ上でただひたすら、この状況に耐えていた。
ーーザワザワ……ザワ……
適度に騒がしい会場。
そこに集まった参加者と関係者が、時折ヒソヒソと言葉を交わし、晒し者の俺に良からぬ視線を向けてくる……
「…………くっ」
俺は、俺達は、優勝した……
でも……
冷たい視線……なんていうか……呆れられたような……嫌な視線。
何でこんな事になった?
答えは、ほんの一時間ほど前だ。
あの
競技時間終了にはまだ早かったが、
まぁ実際、俺達のパーティーは店じまいで当然だった。
で、一応、成績チェックを受けたのだが、その結果が……
俺:ゼロ匹、
「…………」
そりゃ、大会委員のおっさん達も、出土した埴輪のように口を開けた間抜けなポーズで並ぶだろうよ。
一万……いや、桁が違いすぎる……
ていうかここまで数字が大きいと現実感が全くない。
「えーと……
大会委員のおっさんの一人が俺に声をかける。
「う、は、はい……」
「すごいねぇ……大会初だよ!この数値は……いやー大したものだ!」
ーーなんて遠回し的かつ直接的嫌みだ……
「いえ、それほどでも……」
俺は目をそらして言葉を返す。
「……」
「……」
「なめてんのか!ガキ!おおっぴらにイカサマしおって!!いや、イカサマするにしても、もうぅーちょっと、上手く出来んのかいっ!」
青筋を立てて怒鳴る普段は温和そうな雰囲気の中年男性。
いや、このおっさんの気持ちは十分わかるが……そんなこといわれてもなぁ。
「え、と……」
俺は困り果てて隣を見たが…………既に
ーー!
「き、消えやがった!またしても!おのれーー!いつもいつも雲行きが怪しくなったら消えやがって!脱兎の如くかよ!
俺が全く上手くないたとえを叫んでいる間にも、大会委員のおっさん達はあーだこーだと、向こうでもめている。
いや、俺だってこんな成績が通るとは思っていない……
一応、骨を折ってくれた
「…………」
まぁ、既にこの時点で、高級エステ並みに顔に泥を塗りまくりのような気もするが……
「おい、そこのキミ……なんと言ったかな、ちょっと来なさい」
「う……
俺は嫌な予感をヒシヒシと感じながら、呼ばれた先に居る一際偉そうな禿げたおっさんを見る。
「大会委員長がお呼びだ、こっちに来なさい、”ホラのき”くん」
ーー言った!いまドサクサに紛れて”ホラのき”って言ったよね!このおっさん!
「早くしなさい、”ホラのき”くん」
ーーくそっなんで俺だけ……くそっ!
俺は、内心文句たらたら、表面はお通夜のような神妙な顔でそこに向かう。
「えーと、アレだ、一応精査してみたのだが、カウンター計測器にも、周辺の監視員の報告でも、不正のあった報告は無い、であるからして……キミ達を優勝とすることにした」
……は?
優勝?……俺が?
「なに、少しばかり現実離れした成績ではあるが、胸を張りなさい青年よ!」
「た、大会委員長……」
ーーなんだよ……見てくれているひとは見てくれているもんだな……禿げとか言ってごめんなさい……ぐすっ
「ちなみに二位の成績は百三十四匹だ、ははは」
「そぉなんですか?ははは」
大会委員長のおっさんと和やかに談笑する俺。
「ははは」
「はは……」
「ははっ……なめてんのか小僧?」
「…………」
和やかな顔のまま、禿げた大会委員長はドスの効いた声で俺を睨む……人殺しの顔だ!
ーーう、うわーーん!やっぱり誰も信じてくれてないじゃないかぁっ!
この禿げ!つるっパゲ!
伝説の敬称、”委員長”って呼ばれても良いのは三つ編み眼鏡の美少女だけなんだよっ!
感動した俺の
「……まあいい、我々は”大人”であるし、結果は結果だ、この後予定通り表彰式を行う……」
項垂れながらそう告げるおっさ……禿げたおっさん。
ーーう……なんだか申し訳ないが……俺だってわざとじゃ無い
「……そうそう、
そう付け足すと、笑顔であるにもかかわらず、禿げおやじの全然笑っていない眼がキラリと光った。
ーー!?
「なんだこいつ?堂々とイカサマして、どんな顔でそこに立ってんだ?」
「うわー
「ほんと、最低!わたしぃー、あんな男が彼氏でなくてよかったーー!」
「……と言う衆人観衆の視線と罵詈雑言、それを一際高いあの
ーーうわーーー
なんだこのおっさん、若者言葉で一人三役、しかも女子はそれらしい声色まで使いこなして……そこまでして……そこまでして俺を……ってか、この対応!全然”大人”じゃねぇ!
ニヤリ!
したり顔で
ーーくそっ!……人が下手に出てりゃいい気になりやがって……そっちがその気なら!
「わかりました!お受けします!」
「なにぃ!」
「ぬぅ!」
俺の予期せぬ自信に満ちた返答に驚く禿げおやじ共。
ーー負けるかよっ!俺は何もやましいことはしていないんだ!そうだ俺は……
「ほぅ……因みに
「うわーーーん!やっぱり辞退させて下さいぃっ!」
ーー
ー
……てな感じのどうしようも無い馬鹿げた経緯があったのだが……
ーーくそ、思い出してもムカつくぜ……あの禿げ!なにが”我々は大人”だ!
「…………」
だが一悶着あったわりに、結局俺は舞台の表彰のステージ上に居る。
ーー
ー
「
そうだ!俺に微笑んでそう言ってくれた、プラチナブロンドの天使の笑顔が決め手だった。
天使……そう
俺が大会委員達から”いびられ”ていた時、どこかに姿を消していた天使。
表彰式の前に現れて、そう言葉をかけてくれた後、何故だかそそくさと観客の中に紛れた天使。
そして今また、なにくわぬ顔で観客達の中で見事に他人を決め込む天使。
「…………」
…………いや全然天使じゃねーよ!
あれは悪魔だ!とびきり可愛いけど、関係無い!プラチナの悪魔だっ!
……ぜったい、後で胸揉んでやる!
俺は針のむしろのステージ上から、涼しい顔で観客に紛れるプラチナブロンドの美少女を発見し、そう心に誓うのだった。
ーーザワザワ
相変わらず落ち着かない会場。
実際、ステージ上にいても、チラホラと俺の悪口が聞こえてくる。
「えーと、では優勝賞金の百万円と、副賞の”豪華リゾート施設マリンパレスの一日無料券とロイヤルベイホテル、スウィートルームペア宿泊券を進呈……くれてやります!」
くそ、もう、何でも好きなように言えよ……
ブゥゥゥゥーーー!
ブゥゥゥゥーーー!
そこで一際大きなブーイングが巻き起こった。
「…………くっ」
無理も無いな……この流れでは……
ってかここの委員、自ら騒ぎを大きくしてないか?
ーーふぅ……しかたないか……
俺は呆れながらも、一向に収まらないブーイングに、こうなっては辞退する他ないかと一歩手前に進み出た。
「えーと、誠に遺憾ながら、優勝の件ですが……」
「待って!その数値……わたしが出したんですっ!」
観衆の中から突然立ち上がる少女がひとり。
その少女は意を決した表情で立ち上がり、叫んでいた。
「数値が現実的で無い事は承知しています……皆さんが疑問に思うのも……でも……でも、ほんとうなんです!」
ーーザワザワッ!
先ほどまでとは違った意味でざわつく場内。
ーー
俺は言いかけていた言葉を飲み込み、そっと目頭を押さえる。
ーー
ーーそこまでして……
「副賞の”豪華リゾート施設マリンパレスの一日無料券とロイヤルベイホテル、スウィートルームペア宿泊券”が欲しいのかよぉぉっ!!」
俺は叫んでいた。
魂の叫びだ!
だって確かに見たのだ!
あの禿げが、副賞の発表をしたときの彼女の
「……」
遙かステージ上から睨む俺から、あからさまに目をそらすプラチナブロンドのツインテール美少女。
「おい!てめえ!なにイチャモンつけてんだよ!」
「そうだ!そうだ!こんな可愛い
そして騒ぎ出すバカ男共。
「見た目に騙されてんじゃねーー!お前らには解らんだろうが俺達は……」
ーーカン!
うおっ!
そこまで言いかけた俺に空き缶がぶつけられる。
ふざけんなーー!
ーーバシ!
いかさま野郎っ!
ーーカン!
美少女なめんなぁーー!
「うぉ!わわっ!」
ステージ上の俺めがけて飛来する罵詈雑言の数々と空き缶、ペットボトルのゴミ!
ーー駄目だ……理不尽極まりないが……美少女は……正義なんだ……
「ぷ、プラチナブロンド……天使だ!天使の降臨だ!」
ーーオォォォォォォーーーーー!
「俺は信じるぞ!なんだって、こんな美少女が嘘を言う訳が無い!」
「俺もだー!俺も全面的に信じる!」
「こんな美少女なら十万匹だって討伐可能だろーーー!」
ーーワァァァァァァーーーー!
何て現金な奴らだ……
「おまえらなー!この女は俺のパーティの一員なんだよ!後からしゃしゃり出て来て、適当に盛り上がってんじゃねぇ、有象無象が!」
俺はさっきまでの鬱憤が溜まっていたのだろうか?
普段の俺からは考えられないような、前線で戦うような目立つこと、柄に無い行動で必要の無い争いに参戦してしまっていた。
「…………」
ステージ上から、困り顔で佇む
……いや、だって、それは……仕方ないだろう?俺だって男の子なんだし
「うるせー!引っ込め、
「ほらのきーー!」
「
ーーそっこのけ!そっこのけ!そっこのけ!そっこのけ!そっこのけ!
ーーしかし、すごいシュプレヒコールだ……これ以上は
結局、俺は禿げた親父から賞金と副賞のチケットをふんだくる様に奪い取って、簡易舞台の袖に逃げ込んだのだった。
ーー
ー
「わたしがせっかく丸く収めよとしたのに……どうしてあなたは、あんな無茶をするかなー?」
あきれ顔で俺に話しかける少女。
大会委員会の控え室に一旦保護された俺達は、簡易なテント部屋に居た。
「おまえは副賞めあてだろうが……」
ボソリと呟く俺から途端に目をそらして誤魔化す
「とにかく……賞金は
「うん……良いと思うけど……
「俺はもともと単位が取れて、留年さえ無くなれば上出来だからな……」
疲れた顔で俺はそう答えた。
そうだ、疲れた、本当に今日はもう疲れた……
早く帰って……寝たい……
ーーギシッ!
俺の直ぐ横でパイプ椅子が軋み、ふわりと良い香りが鼻をくすぐる。
ーー!
ふいに俺の座るパイプ椅子の隣の椅子に腰掛ける少女。
「…………」
彼女は特に言葉無く
ーーだから近いって!
俺は心の中の動揺を隠しながらプラチナブロンドの少女の顔を見返した。
ーーうわぁ!
すぐ隣、体温さえ感じられそうな距離で、俺の隣から簡易な長テーブルに頬杖を突いて俺の顔をのぞき込んでくる美少女。
ーー近い!今までに無い、いやあったかもしれないが、無い心理的距離だ……
「…………」
この距離なら、もの凄く良く解る……陶器のように白い肌、潤んだ
ーーねぇ……
この距離なら、もの凄く良く解る……桜色の唇……もしかしたら、届きそうな……そんな感じさえ……
ーーゴクリッ
「ねぇって!」
ーー!?
そこで俺は初めて、俺が馬鹿のように見惚れていた相手に話しかけられていることに気づいた。
「う……な、なんだ?」
「……あのね、何であんなに必死になってたの?」
「!」
ーー必死?……あ、ああ……さっきのステージ上での事か……
「そりゃ……あれだ……何も知らない男共が、ええと……なんて言うか……」
「……」
じっと観察するような
いや、答えることが出来ない……
だって、本当のところ、それは俺にも解らないから。
「…………もしかして、やきもち……とか?」
「……」
自信無さげで、ぎこちない感じ……
問いかけられた言葉は、何だかいつもの彼女らしくない口調だった。
「…………あの……
それでも俺が、面白半分にそこにつっこまないのは……
彼女が俺によく見せる、”からかい半分の軽い冗談”とは違うと俺自身もどこかで望んでいたからだろうか?
「
「そ、そういえば、
「…………」
「ほら、
「…………」
ーーう……
「えっと……う……さぎさん?」
恐る恐る顔色を覗う俺に、彼女は呆れたように
「……帰りましょう、
そして微笑んだ少女は、優しく俺の手を取ったのだった。
ーーその日の帰り道
色々疲れ果てて無口な俺と、他愛も無い事を楽しそうに話す
どことなく彼女の機嫌が良いように感じたのはーー
きっと俺の希望的観測を都合良く解釈しようとする、能天気で利己的な脳みそのせいだったのだろう……な……。
第二十四話「
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