第23話「ヨーコ、妖狐(よーこ)?」

 第二十三話「ヨーコ、妖狐ようこ?」


 ーー頭上に立つ人物……女?


 そうだ!その女は……浮かんでいると言うよりも、虚空に佇んでいるという表現の方が相応しかった。


 「…………」


 俺はその相手を見上げたままでいる美少女の横顔を覗いながら考える。


 ーー羽咲うさぎ祖母ばあさん……?


 プラチナブロンドの美少女は確かにそう呟いた。


 「…………」


 ーーでも、あれは……アレはどう見ても……


 「久方ぶりで此方こちらを覗いてみれば、何やら趣深い状況ではないかえ、のう?羽咲まごよ」


 薄く紅を引いた口元を上げて、妖艶に微笑む美女の姿は……


 不思議だが、俺もどこかで既視感デジャヴを感じていた。


 この俺の既視感デジャヴはアレが羽咲うさぎと関係しているからなのか?それとも……


 ーー平安貴族のような艶やかな着物を身に纏った若い女


 たっぷりとした豊かな長い黒髪と、それと同色の切れ長の細い瞳……その二点を除けば、確かに羽咲うさぎと似ているような気もする。


 「お婆さま……どうして……」


 見上げたままの少女は、折れて原型を留めていない剣の柄を強く握りしめ、くだんの人物に問いかける。


 お婆さま……違和感の一つはこれだろう。


 突如現れたあやかしの美女は、そう呼ばれるには若すぎる。

 どう見ても二十台半ばから後半……


 ーーいやいや……そもそも、それよりも……


 空中に浮いている?


 ーーいやいや、そうで無い、それも非常識の一つではあるが些細なことだ。


 シャララーーーン


 「…………」


 澄んだ鈴の音のような、軽やかな音を響かせてソレはキラキラと煌めく


 ーーそうだ宙に浮くなんて些細なこと……だって……だって……


 「それっ尻尾だよねっ!は、生えてますよねっ!」


 妖艶な女性の後方、豪奢な着物の裾から背後に広がる白金プラチナの尻尾。


 複数本存在する、ソレは……

 木漏れ日を抱いた澄んだ湖面のように煌めいて、ゆっくりと揺らめいている。


 「ひー、ふー、みー、よー…………ここのつ……九本だ……全部で九本ある!」


 思わず指を折りながら数えてしまう俺。


 白金プラチナの尻尾は、開いたパラシュートの如き姿で女性の背後に雄大に展開していた。


 「なにかえ?……鉾木ほこのきとやらいう男子おのこよ……わらわの姿に魅蕩みとれておるのかぇ?」


 細い瞳を、さらに細めて俺を値踏みする美女。


 「う……!?」


 ゾクリとするような視線だ……


 そして……これは……


 細く少しつり上がった瞳……九本もの白金プラチナの尾……まず間違いないだろう……


 「金毛こんもう……キュウの狐……か?」


 ーー!


 俺の言葉に、羽咲うさぎは眉をひそめ、謎の美女は、細い瞳をさらに細めたまま、妖艶な口元を煌びやかな着物の袖で覆った。


 「存外、博識よな……鉾木ほこのきよ……我が俗称を存じておるのか」


 ーーいや、有名すぎる大妖怪だろ……


 ていうか、それが羽咲うさぎの祖母って事の方が驚きだ……どうなっているんだ?


 「…………」


 当の羽咲うさぎは相変わらずだ……

 そして相手は、未だ敵か味方かも不明のまま……


 ここはやはり、俺が対応するべきだろう……消去法で……


 「……さっきの人魂アウムは貴方の仕業か?」


 恐る恐る聞いてみる。


 「あうむ?」


 「ヒトダマのことだ、貴方が関わっていたのなら、さしずめアレは人魂アウムではなくて狐火きつねびってところか」


 軽く小首をかしげた後、俺の回答にあやかしの美女は薄く微笑わらう。


 ーー!


 俺は言葉を失った。


 一瞬で背骨に沿って感覚が失われ、そのままそれが、つっかえ棒のように固まった!

 つまり、案山子かかしのように動けなくなったのだ。


 「な……が……!」


 「盾也じゅんやくん!」


 俺の異変に、羽咲うさぎが駆け寄ろうとする。


 「羽咲うさぎよ!流石じゃな……」


 「…………」


 空中からかけられた声に羽咲うさぎは立ち止まり、キュウ……祖母の方を見上げていた。


 「くっ……!」


 指一本動かせない俺は、ただその光景を傍観する。


 「お婆さま……いったい」


 「いったい?何を今更……ほほっ、それより流石はわが傍系ぼうけい……わが孫よ……男を見比る良いまなこをもっておる」


 「っ!」


 その言葉に、およそ肉親を見るような感じでは無い鋭い視線を向ける羽咲うさぎ


 「よい、よい……本日は只の様子見に参っただけじゃ……が……”聖剣”の可否は判断出来なんだが、中々の代物を観ることが出来た、鉾木ほこのきとやら、感謝するよえ……」


 そう言って一人納得顔の美女は、再び俺に視線を向けていた。


 「く……なんの……ことだかっ!……それより、あんた本当に……羽咲うさぎの?」


 藻掻きながらの懸命な俺の質問を、持ち前の妖艶な笑みで一笑に付してから俺達を見下ろして言葉を紡ぐ。


 「わが孫よ、わが二つ身よ……否定ばかりでは得るものは何もありはせぬぞ……」


 ーーなんだ?……何を言って?……


 意味が解らない!?……

 しかし、その言葉に羽咲うさぎの表情は明らかに強ばっていた。


 「まあよい、タビはなかなかのモノであった、また会おうぞ、鉾木ほこのきとやら……そして我が孫よ…………」


 ボゥ!

 ボゥ!

 ボゥ!


 シュオォォーーン


 再び人魂アウム……いや、狐火きつねびが数十体ほど出現し、その光は妖艶な美女の全身に寄り添うように纏わり付いていく……


 「ち……ちょ……っと……ま……」


 声を絞り出すが……やはり俺の身体からだ木偶でくのままだ。



 「ほほっ、次こそは、我に心地良き証を示してみせよ……」


 シュオォォォーーーーン!


 ーーー

 ーー

 ー


 ボゥッ…………


 美女に纏わり付いた光は線香花火の最後のように一度だけ輝くと、直ぐにかき消え、その後には何も無い虚空が残った。

 

 そうだ……そもそも初めからそこには、何者も居なかったかの様に。



 「はぁっ!……はっ、はっ……」


 俺の呪縛は解け、息苦しさから解放される。


 「何だったんだ……いったい……」


 そして残された俺達は……


 「……ごめんね……盾也じゅんやくん……あの……」


 申し訳なさそうに、沈んだ瞳で俺に近寄る少女。


 「……」


 俺は彼女を見る。


 正直聞きたいことは山ほどある。


 アレは何だ?、本当におまえの祖母なのか?、”聖剣”の事で他に何か、俺に言っていない重大な事があるんじゃ無いか?


 などなど……


 当然だろう、あのあやかしの美女の口ぶりから、俺も実際巻き込まれたっぽいしな。


 「あの……盾也じゅんやくん……」


 相変わらず申し訳なさそうな瞳で俺を覗っている少女。


 状況的に問い詰めれば、誤魔化されることは……つまり彼女からしてみれば逃げ場は無いと言うことに……


 「…………」


 「……あの……あの……ね……じゅん……」


 「帰るぞ!てか、桐堂このバカを拾って、大会本部に戻らなきゃな」


 俺は大声でそう言うと、倒れたままの桐堂とうどうを担ごうと、倒れたままの間抜けなでくの坊の方へ歩いて行く。


 「じゅ、盾也じゅんや……く……ん?」


 「なんだ、なんか文句でもあるのか?悪いが聞いてやらんぞ、今は俺の留年が掛かってるんだからな!」


 ……仕方ないだろ、羽咲うさぎのあんな言いにくそうな顔を見たらな……


 「ごめんね……ありがとう」


 彼女はそう言って、タタッと小走りに歩み寄って来た。


 「……まあ、あれだ、でも、なんか相談とかしたくなったら、聞いてやらんことも無い……俺も今回、色々手伝ってもらったしな」


 「うん……」


 俺の背中におでこを預けて彼女は返事する。


 ーー

 ー


 ーーかつて無い良い雰囲気…………


 男の度量を見せつけた俺にはもう怖い物は無いのか!?


 俺は背中に彼女の体温を感じながら、そのまま決意する!


 「う……え、と……あと、報酬も……」


 「それはイヤ!」


 即断だ!


 即刻、却下された!


 どさくさ紛れに何とかなるかもと……


 俺の男の度量は、二秒でどっかへ飛んでいったのだった。


 「…………羽咲うさぎ……」


 「……ん?」


 「…………撤収するか……」


 俺は項垂れて背中の美少女にそう告げていた。


 第二十三話「ヨーコ、妖狐ようこ?」END

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