第6話「うさぎのお・ね・が・い?」

 第六話「うさぎのお・ね・が・い?」


 そんなこんなで、幾万いくま 目貫めぬきのガラクタ店で出会った男女の顛末は……ご存じの通りだ。


 ーーなにがなんだか解らないままに狼男との闘いに巻き込まれ……


 ーーなにがなんだか解らないまま、ボコスカ殴られ、囓られ……引っ掻かれ……


 ーーなにがなんだか解らないまま、出会ったばかりのプラチナブロンド美少女に命令され、罵られた……


 「……………………」


 いつも通り、幾万いくま 目貫めぬきのオンボロ店に作品を納品に行っただけの俺は……いつの間にか傍観者からプレイヤーに強制転換させられたのだった。


 なんだか改めて思い出したら、踏んだり蹴ったりだな……これじゃ得した事って言ったら、美少女に命令されて罵られた事ぐらい…………いや、違う違うっ!


 ーーコホン、……と、とにかくあの夜は大変だった訳だ。


 「どうしたの?私の顔をじっと見て、何か気になることでも?」


 今日、学校まで来て、そのまま俺の部屋を訪れた彼女の目的は……


 「…………」


 あの時の”片手剣”……結局、俺の作る対幻獣種げんじゅうしゅ用の武具だと言う事だろうな。


 「いや別に気になることは無い、あの夜以来だなと思っただけだ」


 「そうなんだ……うん、そうだね」


 「ああ、結局あの夜は、お前と本来無関係の俺が狼男に殴られたり、お前と知り合いでも何でも無い俺が狼男に咬まれたり、赤の他人の女を手伝ってやったはずの俺がそのプラチナブロンドの美少女に壁にぶつけられたり、あまつさえ、無関係この上ない被害者の俺が追い打ちのように翠玉石エメラルドの瞳の美少女に舌をかまされたり…………そう思っただけだ」


 「って、ウソばっかり!滅茶苦茶気にしてるじゃ無い!」


 「当たり前だ!下手したら死にかけてたんだぞ!ていうか嘘はついていない!”気になること”は無いが”気にしてる”……もとい!”気に入らない”事は山とあるわっ!」


 「…………うう……あやまったのに……」


 強気にも睨み返してくる少女だが、美しい翠玉石エメラルドの瞳がウルウルと揺れ、淡い桜色の可愛らしい唇がフルフルと震えている。


 「…………うっ!」


 ーーくっ……不味い!言い過ぎたか……


 学校での事もあるし、ついストレスが……うう……てかここまで可愛いってのは、ある意味正義だな……


 心の中の俺は既に白旗を振って、明らかに戦意喪失していた。


 「い、今、ちょっと仕事が立て込んでいるんで……工房で作業しながらで良いか?」


 へたれた俺は、うって変わり、出来るだけ優しく問いかける。


 「……う……うん、わかったわ」


 そして俺の提案に彼女は素直に頷いた。


 ーー

 ー


 結局さっきまでの瞳は何だったのか、嬉々として俺の工房に入るプラチナブロンドの美少女。


 俺的にはこんな場所で申し訳ないというつもりだったが、彼女は寧ろその工房が見たいと喜んだくらいだ。


 「ふふっ……」


 「…………」


 ーーまぁ……良いか……笑顔の美少女は良い目の保養にはなるしな……



 それで、今から始める俺の今度の仕事は……魔法珠まほうじゅの制作。


 実は対幻想種技能別職種エシェックカテゴリには戦士ソルデア系、職人フォルジュ系と並んでもう一つの幻想職種カテゴリが存在する。


 今までそれに触れなかったというのも、俺が戦士ソルデア系でも職人フォルジュ系でも無いと判明したときに、そのもう一つの可能性である幻想職種カテゴリが全く頭に浮かばなかったことが理由だ。


 もう一つの対幻想種技能別職種エシェックカテゴリ、それは魔導士ソルシエール系。


 読んで字の如し、魔法使いだ。


 魔法という、ダントツの特異性から”なり手”はかなり希少で、その条件には突出した頭脳が必要だという。


 突出した頭脳……これが俺が該当しないと、無意識下で選択肢から除外した理由だ。


 ーーべ、べつに俺が馬鹿だからじゃ無いぞ!


 突出した頭脳なんて、普通はそうはいないんだよ。

 それに魔導士ソルシエールは対人戦闘ならまだしも、対幻獣種げんじゅうしゅにはあまり決定打が無い。

 強靱な肉体と特殊な結界を持つ奴らには、魔法は相性が悪いのだ。


 だから魔導士ソルシエールとはどちらかというと戦士ソルデアの補助的存在というのが実際だろう。


 戦いの花形、戦士ソルデアの戦闘前段階での補助的存在、職人フォルジュ

 戦士ソルデアの戦闘中での補助的存在、魔導士ソルシエール


 と言ったところか。


 とはいえ、魔導士ソルシエールでも優秀なら全然単騎で戦える。

 戦士ソルデア系でいうところの聖騎士級パラティンクラスレベルなら戦士ソルデアと比べてもほぼ見劣りしないだろう。

 つまり戦闘能力が皆無なのは職人フォルジュ系だけって事だ……はぁ。



 ーーゴトッゴトッゴトッ


 俺はそんなことを考えながらも、しっかりした鉄製作業机の引き出しからいくつかの魔法珠まほうじゅの原型を作業台の上に並べていく。


 「…………」


 しかし、”九法正珠きゅうほうせいじゅ”……まさかそんなご大層な代物の制作依頼が俺に来るとはな……


 しかもあの幾万 目貫インチキずきんを通さない、中間マージン取っ払いの仕事だ。

 おいしい、おいしい仕事だが、その分難易度も高い。


 「……よしっ!」


 とりあえず基本構造は既に作製してあるんだ、問題はここからの……


 「へえ、今度は魔法珠まほうじゅを作るんだ?」


 いつの間にか、横から羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの瞳がそれを興味深げに眺めていた。


 「ま、まあな……」


 「ふぅん……どんな?」


 短く答えた俺に突っ込んで聞いてくるプラチナブロンドの美少女。


 「企業秘密だ……それより、そっちの話の方はいいのか?」


 本当は別にそれほどのモノでも無いのだが、やっぱり顧客の情報は簡単に他人に話すものでは無いだろう。


 「……そうだね……でも、面白そうだから暫く見学してるよ」


 「……」


 なんだ?家まで押しかけてくるからよっぽど切羽詰まった状況かとも考えたけど……唯のお嬢様の暇つぶしなのか?


 俺は引っかかりながらも、それはそれ、作業を続ける。


 ーーー

 ーー


 「…………」


 「ふーん、仕事の時はそんな顔するんだ」


 「?」


 「ううん、ちょっとだけ見惚みとれてただけ」


 ーーなっ!……へ!?


 「クス、なんて顔してるのよ……」


 そういう経験値の少ない男の間抜け面を見て、プラチナブロンドの美少女は屈託無く笑った。


 ーー

 ー


 そして、思わず作業の手が止まる俺を置いてきぼりに、既に彼女は部屋の中を歩き回っていた。


 「へぇ、こぢんまりしてるけど、結構本格的なのね」


 そう言いながら、興味深そうにあちこちの作業機械や道具を眺めている。


 「貧乏学生だからな……しょぼい工房だろ」


 俺は少し恥ずかしくなり、わざと自虐的に言った。


 「そんなこと無いと思うけど?そうね、どっちかというと可愛い工房だわ」


 ーー可愛い……工房に対して?斬新な表現だな……


 「わたしは、好きかなぁ……」


 ーーっ!好き?好きだと!


 俺はそれが”俺の工房”に対してだと理解しつつも思わず身を乗り出しそうになる。


 ーーその程度のことで?


 いやいや、この場合、事実はそこで無い!


 羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルという可憐な美少女の可愛らしい桜色の唇から、お・れ・に向けて、その単語が発せられたことが全ての真実なのだぁ!!


 「う、羽咲うさぎあの……」


 「あ!」


 「!!」


 俺が何を血迷ったのか彼女に近寄ろうとしたとき、彼女は大きな声を上げる。


 ーーごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!

 ーーもうしません!もうしません!もうしません!


 そして俺はその声に縮こまり、心の中で身の程知らずを心底恥じながら平謝りする。


 「?」


 見た目上の俺は多分そのまま変な顔で固まっていたのだろう、彼女はキョトンと俺を見ていた。


 「あのね、これ……この剣……」


 そして怖ず怖ずと少女の白くなめらかな指先が部屋の隅に立てかけたモノを指さす。


 「…………」


 どうやら彼女は俺の奇行には気づいていなかったようだ。

 というか彼女の声は、工房の隅に置いてある一振りの剣を発見した事によるものらしい。


 「ああ……それは昨日出来上がった物だけど……」


 色々とやましい俺は助かったとばかりに即答する。


 そうだ、あれから俺は、幻想職種カテゴリ、”シールド”のトレーニングの後、結局”それ”を仕上げてしまっていたのだった。


 「へぇ…………」


 俺の返答に、彼女は翠玉石エメラルドの瞳を輝かせてこちらを見ている、いわゆる、おねだりの視線だ。


 うう、なんてキラキラしてやがるんだ……

 俺は操られたかのように、コクリと頷いていた。


 「やった!」


 途端にプラチナブロンドの美少女の顔は、ぱっと輝き、直ぐにその剣を手にとって縦に横に眺めだす。


 「…………この間のも良かったけど……これは、もっと良い感じだわ……」


 ーーシャラン!


 そう独り言を言いながら、剣を抜き放ち、おもむろに構える。


 「おい!」


 「…………」


 慌てて止めようとする俺にかまわず、一瞬で彼女の瞳は真剣そのものに変わっていた。


 ーーヒュン!ヒュン!


 ただでさえ狭い部屋の中に、ごちゃごちゃと作業道具が散乱する中で、それを全く気にさせないように銀色の剣は一閃、二閃する。


 ーーほぉ…………


 銀色の珠が幾度も幾度も、縦横無尽に散っては消える。


 すごい……狭いスペースにもかかわらず全く窮屈な感じがしない……いや、寧ろその剣は伸びやかに流麗に舞っているようだ。


 「……やっぱり……これだ」


 プラチナブロンドの美少女は、なんだか思慮深い表情から呟いていた。


 「…………」


 そして俺はと言えば、最初は驚いていたが、後半はすっかり魅せられている。

 俺はただその光景を前に、完全に作業の手を止め立ち尽くしていたのだ。


 「ねえ、盾也じゅんやくん……わたしを助けてみる気はない?」


 銀色の光を鞘に収めた希代の使い手は、俺を顧みてそう問いかける。


 「は?」


 えっと……今なんて……このプラチナブロンドの美少女は今なんて言ったんだ?


 助けてみるつもりは無いか?……それってお願いか?それとも依頼?いやどっちにしろ聞いたことが無い提案だ


 「……」


 間抜けな顔で少女を見る俺。


 「話が……みえないんだが?」


 「そう?単純だと思うんだけど?」


 「単純、どこが……」


 「だから、貴方は作った剣をわたしのために提供して、戦いではあの能力でわたしのサポートをする……単純でしょ?」


 ーー

 ー


 「……俺のメリットがどこら辺にあるのか理解できない」


 「わがままね」


 ーーどっちがだ!


 俺の人生は春の嵐のような、”どこか心地よくて”、それでいて”やっぱり大変な”プラチナブロンドの美少女に、またもや振り回されようとしていた。


 第六話「うさぎのお・ね・が・い?」END

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