第5話「お客さん装備品は持ってるだけじゃ意味がありませんぜ?」

 第五話「お客さん装備品は持ってるだけじゃ意味がありませんぜ?」


 「でだ、お嬢さん、あなたは狼の幻獣種げんじゅうしゅに追われているが、戦うための武器が無い……それで目に付いたわが城に飛び込んだと?」


 眼だけを露出した頭巾の怪しい男は、そう言いながら古びた木製のカウンター越しに、プラチナブロンドの少女に対して値踏みするような視線を向けている。


 「…………」


 ーーなにが我が城だ、ただのオンボロインチキ店の間違いだろ……


 カウンター前の少女は、華奢な肩を少し上下させていた。


 「はぁはぁ……は……はい……それで……」


 翠玉石エメラルドの瞳が美しい色白の少女。

 整った白い顎の下あたり、やや下方に纏められたプラチナブロンドのツインテールが特徴的な美少女は、淡い桜色の唇を小さく動かしながら少し乱れた呼吸を繰り返している。


 ーー外人?いや、ハーフか?ファンデンベルグ人の?


 「…………」


 ーーどっちにしても希に見る美少女だな……


 「今は……お金は無いの……でも、後で必ず持ってくるから……わたしは……」


 ガチャ!


 「!?」


 その少女が自らの名を名乗る前に、黒頭巾はそれを制するように一振りの剣を差し出す。


 「え……と」


 翠玉石エメラルドの瞳をぱちくりと瞬かせる少女。


 「持って行きなさいお嬢さん、お代は後日で結構!」


 幾万 目貫こいつにしてはヤケに気前が良いな……いや、商売っ気が服を着て……じゃない頭巾を被ってるような奴だ、彼女の身なりからその価値があると判断したのか?


 「えっと……ありがとうございます」


 少女の纏っているのは、清楚な淡いグレーのセーラー服。

 襟部分に可憐な白い花の刺繍が施されているところから、この界隈では有名なお嬢様学校である枸橘からたち女学院のものだということがわかる。


 ーー”枸橘からたち女学院”……超のつくお嬢様学校だな……


 あ……と、言っておくが俺は別に女子校マニアとかましてや制服マニアとかでは断じてない!

 ”枸橘からたち女学院”という学校はこの界隈では超有名なのだ。


 裕福で家柄も良く、ついでに容姿端麗な女子率が非常に高い、俺のような一介の学生には手の届かない想像上の秘密の花園。

 俺が通う庶民色たっぷりの一般校でさえ、女子とまともに口をきいたことの無い俺には当然知り合いなんて皆無のお嬢様学校の中のお嬢様学校……


 うむ……キング……いや、”臨海市の桃源郷クイーンオブパラダイス・イン・りんかい”と言っても良いだろう!


 「いや、良くないよ……鉾木ほこのきくん……」


 ーーはっ?


 「いや、だから、途中から声に出ているって……」


 「っ!?」


 ーーまっマジでっ!


 「……………………」


 うわっ!なんかプラチナの美少女が俺を微妙な目で……いや、違うんだっ!これは……


 俺はこの怪しくも胡散臭い店の店主、幾万いくま 目貫めぬきと謎のプラチナブロンドと翠玉石エメラルドの瞳が眩しい美少女の、そこまでのやり取りを店舗後ろのぼろい椅子にヒッソリと座りながら眺めていた。


 此所ここにはちょうど出来上がった品物の納品のために訪れていたのだ。


 「…………ありがとうございます、えっと?」


 「ああ、幾万いくま 目貫めぬきだよ、美しいお嬢さん、この店の主人マスターでもある」


 「はい、幾万いくまさん、お代は必ず明日持ってきます」


ーーくっ……完全に目が合っていたのに”居ない者扱いスルー”かよ……


 「あ、それとこれも持って行きなさい」


 俺を無視する二人、そして剣を受け取り、お辞儀をした少女に幾万いくま 目貫めぬきが追加で差し出した物は、コの字型の金属製の取手?


 ……そう取っ手だ、ドアに付いているような。


 「あの……ありがとうございます……でも……これは?」


 プラチナブロンドの少女の疑問は当然だ、俺にもさっぱり解らない。


 だが、幾万いくま 目貫めぬきはニヤリと嫌な笑みを浮かべた……

 いや、黒頭巾で殆ど顔は隠れているが、その眼が全てを物語っていたのだ。


 「お見受けしたところ、かなりの高階級ランクでいらっしゃると……ですが愛剣を所持しておられない以上このような片手剣そまつなものでは戦いに支障がでるかもしれないでしょう……その保険です」


 「ほけん?」


 細い首を少しかしげる少女。


 可愛らしく小さい耳の下あたりで束ねられたツインテールが、さらさらと光の筋となって煌めきながら零れた。


 ーー”そまつなもの”で悪かったな!くそ、安値で買い叩いたくせに……ってか小首をかしげたあの仕草、表情、滅茶苦茶可愛いじゃないか……


 完全に傍観者たる俺の野次馬的脳みそは結構忙しい。


 「そう保険です、何というかこれは、”シールド”ですよ、貴方の命を守る」


 「シールド?」


 ーーシールド……

 ーーシールド……たて?

 ーー…………


 「!」


 ーーちょっちょっとまて!それってまさか……


 不幸なことに、その時の俺の予想は的中していた。


 「お嬢さん、これで、”あるシールド”を扱うことが出来ます、矢鱈やたらと文句が多いですが、そこそこ使える商品ですよ…………ねぇ、鉾木ほこのきくんっと!」


 最後はかけ声のように、黒頭巾は手に持った取手を手前にたぐり寄せるように振った。


 ーーーうわっっ!


 ガタガタガタッッ!!ーーードシャッ!


 途端に俺の身体からだは何かに引っ張られるように椅子から放り出され、そのまま二人がいるカウンターに激突して尻餅を着いた。


 「ぐっ……ってぇー、なんだってんだいったい」


 俺はしこたま打ちつけた腰の辺りを摩りながら頭上の黒頭巾を睨む。


 「鉾木ほこのき 盾也じゅんやくん、彼の幻想職種カテゴリは”シールド”、まぁぶっちゃけ、この剣と同じ、ただの装備品だと思って持って行くといい」


 「幻想職種カテゴリ……”シールド”…………」


 「そうです、”シールド”……彼はウチに色々と借金がありますし、お気になさらずこの片手剣のおまけだとでも思って存分に……あっ、装備はちゃんとするように」


 「装備……彼を?」


 予想も出来ない事態から対応に苦慮するプラチナ美少女に、怪しげな黒頭巾は例の”コの字型の金属製の取手”をそっと手渡す。


 「ああ、つまりこうですよ……」


 「?」


 幾万いくま 目貫めぬきは一瞬だけチラリと床にへたばる俺を見た。


 「お客さん装備品は持ってるだけじゃ意味がありませんぜ?」


 ーーっておまえ、それ言いたいだけだろうがっ!


 嬉々として唯一露出した顔のパーツを輝かせる巫山戯た黒頭巾。


 幾万いくま 目貫めぬきから、半ば強引に金属製のコの字型取手を受け取らされた少女は、男の悪ノリについていけず翠玉石エメラルドの瞳を丸くしてこちらを見ていた。


 驚いて開かれた翠玉石エメラルドの瞳……白い肌に、少し高揚して色づく頬と小さく開いた桜色の唇、キョトンとした無防備な表情でこちらを伺う美少女。


 「…………」


 ーーうぉっ!……近くで見ると更に可愛いな……


 俺は何故、そう言う状況になるのか?

 その”取手”は一体何なのか?


 ざっと見積もるだけでも突っ込みどころが多々あるだろうに、すぐ目の前、俺の人生で存在しなかった砂かぶり席から見る希有な美少女に、俺は唯々そんなことを考えていた。


 「…………」


 「…………」


 「……えっと……ぐ、ぐーてんあべんど…?」


 そして、何故か俺は先ほどまで日本語で話していた相手に、片言のファンデンベルグ語とぎこちない作り笑いで挨拶していたのだった。


 第五話「お客さん装備品は持ってるだけじゃ意味がありませんぜ?」END

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