第4話「英雄級(ロワクラス)のお嬢様?」

 第三話「英雄級ロワクラスのお嬢様?」


 「フデミダッハ!盾也たてなり


 店に入った俺に、その人物は元気な声で、開口一番そう言った。


 「俺は盾也じゅんやだ!盾也たてなりじゃない……何度言えばわかるんだよ」


 即座につっこむ俺、店に入るなりコレだ……だから此所ここには成る丈来たくないんだ。


 俺は年季の入った木製のドアを閉めてから店内を見渡した。


 「……なんだ、今日は妹の方か、あっちの幾万いくま 目貫めぬきはいないのか?」


 これまた年代物の木製カウンター向こうにちょこんと腰掛ける小柄な少女?

 奇異な格好をしているその人物は俺の言葉にあからさまに驚いた仕草をする。


 「ちょっとちょっと、お兄さん何のことですか?あっしはおなじみの幾万いくま 目貫めぬきでがすよ」


 目だけを露出した黒い頭巾の人物はあからさまに慌てた声で取り繕う。


 「…………」


 「ちょっ……盾也たてなりさん!なんで無言?」


 「おまえな、いい加減その設定やめたらどうだ?意味不明だし、面倒くさい、兄貴にもそう言っとけよ」


 「兄貴?設定?さて……あっしにはなんのことやら」


 少女?は頭巾から露出した眼をグルグル動かして、なにやらスースーと音を鳴らした。

 おそらく頭巾の下で口笛を空吹いているのだろう……不振すぎるだろ。



 俺の知る情報屋……もとい、なんでも屋、幾万いくま 目貫めぬきは二人いる。


 二人……というか、まあ、兄妹だろうが……何故だか解らないが、此奴等こいつらは二人で一人の人物、幾万いくま 目貫めぬきを演じているのだ。


 だいたい、顔は黒い目出し頭巾で隠しているが、それ以外はそのまま。

 身長も兄の時より明らかに小さいし、声色さえ使っていない、というか服装もタータンチェックの可愛らしいスカートという出で立ちで、隠す気があるのかさえ疑問だ。


 「変な言葉遣いで無理に個性出そうとするのもちょっとな……あと、意味不明のオランダ語挨拶も寒いな」


 「がーーん!」


 「口でがーーんとか言うのもやめた方が……」


 「非道い!非道すぎますよ!盾也たてなりさん!」


 立て続けに駄目出しされた妹版、幾万いくま 目貫めぬきは、よよよと大げさにカウンター机に突っ伏した。


 「あと、その呼び方もやめろ!俺は盾也じゅんやだ」


 彼女はいつも俺のことをそう呼ぶのだが、今日はその呼び方が何時いつにも増して非常に苛立たしい。


 「?」


 嘘泣きをしていた彼女はあっさりと頭をあげ、こっちを見た。

 頭巾から覗くつぶらな瞳がキョトンとしている。


 「ふうっ……デリケートな問題だ」


 理解できないのも無理も無い、人の複雑な心情をまだ理解できないお子様には……な。

 大人な俺は、影のあるニヒルな笑顔で諭す。


 「ああ!解りましたよ!理解しましたですよ!”盾人間”の盾也たてなりさんに、箪笥たんすとテーブルだけが友達の盾也たてなりさんに、恋人いない歴、イコール年齢の盾也たてなりさんに……”ヘンテコ幻想職種げんじつ”をつきつけるっていうのはこの最近の事情から気に障りましたかーー?」


 「滅茶苦茶理解してんじゃねぇか!ってか、エグるんじゃねぇ!」


 ーーこのあま!気を遣うどころかズケズケと……だいたい恋人云々うんぬんは関係無いだろうが!……くそ!


 「まあまあ、たて……”盾也じゅんや”さんは、怒りんぼさんですね……で今日は何用で?」


 俺が尋常じゃ無い目で睨んでいたため、白々しく呼び方を変える妹版、幾万いくま 目貫めぬき


 「…………」


 色々と納得は行かないが、幾万いくま 目貫めぬきという人物が、こういう人物だという事は今に始まったことでは無いので、諦めて本題に入ることにした。


 「枸橘からたち女学院の”羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル”という女生徒について情報はあるか?……おまえの兄貴がこの間、俺に押しつけた女なんだけど」


 そこまで言いかけて、俺は妹版、幾万いくま 目貫めぬきの視線に気づく。


 「なんだ?」


 「いえ……」


 「?言いたいことがあるならハッキリと言えよ」


 「……なんていうか……あっしも、色々と手広くやらせて頂いてますですが、なんて言うか」


 「なんだ?情報が無いのか……だったら」


 俺は、性格はこんなだが情報屋としては優秀な幾万いくま 目貫めぬきにしては珍しいなと思いながらも、無い物は仕方が無いと諦めようとしていた……


 しかし、彼女は言いにくそうに視線を逸らしながら続ける。


 「えいと、つまりですね……」


 「なんだよ、回りくどいな、言いたいことがあるならハッキリ言えよ、遠慮して喋る性格じゃないだろ」


 俺の言葉に彼女は小さくコクリと頷いてから言い放った。


 「性犯罪の片棒を担ぐのはさすがに……」


 「遠慮して喋れっ!」


 「……」


 「……」


 ーー睨み合う二人


 「……つまり美少女の拉致監禁が目的では無いと?」


 無礼極まりない女は、疑わしさの消えない眼で俺を見ながら聞いてくる。


 そうだった、こういうヤツだった。

 こんなことにいちいち腹を立てていては、此奴こいつとはつきあえない。

 ここは冷静に……俺は幾万 目貫こいつと違って大人なんだから。


 「おまえ……普段俺をどんな目で見てるんだ……」


 「友達いない、彼女いない、へたれ根暗な性犯罪者予備軍……」


 「お・ま・え・をっ!その餌食第一号にしてやろうかっ!!」


 大人になりきれない俺はカウンターの上に乗り出していた。


 「……おまけにロリコンと」


 そんな俺には全く動じず、大まじめな目で俺の鼻先にペンを突きつけてなにやらメモを取る仕草をする妹版、幾万いくま 目貫めぬき


 「…………」


 くそっ!トコトンからかいやがって、多分覆面の下の口元は俺を嘲笑あざわらっているのだろう。


 「……もういい、お前ら兄妹を頼ろうと思った俺が馬鹿だった」

 

 俺は項垂れながら性悪黒頭巾に背中を向け、後方のドアノブに手を掛けた。


 「ちょっちょとお兄さん!」


 慌てて引き留められるが、俺は無視してドアノブを回す。


 「羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル!枸橘からたち女学院に通う容姿端麗、成績優秀なクウォーターの美少女!」


 「…………」


 その言葉に俺の足はピタリと床に張り付いた。


 「有名……なのか?」


 悔しいかな、興味を隠せない俺の言葉に彼女はコクリコクリと頷いた。


 「なにしろ父親がファンデンベルグ帝国の貴族で仕事は外交官、母親は日本の……なんか女優とかやってたみたいですよ昔……何より彼女自身の美貌と優秀さ、正真正銘のお嬢様でがすよ」


 「……」


 ーーふいに過日の彼女を思い浮かべる


 たしかに……頷ける話だ、お嬢様と言うには少し口が悪い気もしないでも無いが。


 「彼女は戦士ソルデア系で……聖騎士級パラティンクラスなのか?」


 俺の質問に黒頭巾から覗く目を丸くさせる少女。


 「見たんですか?戦ってるところ」


 「ていうか共闘させられた……おまえの兄貴のせいでな!」


 あれが共闘といえるような代物だったらだが……


 ふうとあからさまにため息をつく黒頭巾。


 「”月華の騎士グレンツェン・リッター羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルは”英雄級ロワクラス”でがす……世界に八人しかいない」



 ーーー

 ーー


 ーーこれが俺がつい昨日の昼に知った事実だ。


 で、ファンデンベルグ帝国の至宝、”英雄級ロワクラス”の羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル様はただいま何故か俺の部屋にられる……


 「…………」


 兎に角、相手がそんな大物だったら話は別だ。

 いくら滅多に無い見目麗しき美少女でも、俺には手に余る厄介ゴトに巻き込まれぬうちに早々にお帰り願って、これっきりに……


 「わたし、一人暮らしの男性の部屋に入るのは初めてかも」


 ーーま、マジで!?


 「…………」


 ーーいや、関係ない、早々にお借り願……


 ーーニッコリ


 「…………えっと、お茶でもどうですか、クイーゼルさん!」


 こうなるだろう……そりゃ……彼女いない歴=年齢の俺としては……


 「え?あ、うん、ありがと……えっと、その……その呼び方はちょっと……」


 見目麗しきプラチナブロンドの美少女は少し遠慮がちに答える。


 「そうなのか?じゃあ」

 

 「そうね、どうしよう?”親しい人”にはファーストネームで呼ばれてるけど……それはちょっといきなり距離が……」


 ーー!


 「”羽咲うさぎ”!!おまたせ、スーパー丸源の特売ダージリンが今まさに入ったぞ!」


 俺は即座にそれをカチャリと卓袱台の上に置く。


 「……近すぎるよね……って……えっ?えっ?」

 

 少女の美しい翠玉石エメラルドの瞳がぱちくりと俺を見る。


 「で、今日は何の用だ、”羽咲うさぎ”!確かにこの間、話は聞くと言ったものの結局時間が無くて後日って事になったが、その事なのか”羽咲うさぎ”!どうなんだ”羽咲うさぎ”!ん?」


 俺はこんなビッグチャンスを逃す男では無かった。


 「……もうその呼び方で良いよ……えっと、ほこ……盾也じゅんやくん」


 彼女は半ば呆れながらも、その端正な口元を多少綻ばせてそう応えてくれた。


 ーーうう……なんて良い娘なんだ……


 俺はグッジョブ!と彼女に親指を立てる。


 ーー

 ー


 「あのね、盾也じゅんやくん、わたし、この間の闘いで幾万いくまさんから預かっていた剣を壊してしまったじゃない……それで、そのお詫びと弁償に伺ったのだけど……」


 それから……暫し自己紹介のようなものと雑談を躱した後、彼女はそう切り出した。


 「……」


 なんだか、言いにくそうにそう言う彼女を見て、俺はピンときた。

 ああ、なるほど、彼女の目的はそっちか……と。


 「……幾万いくま 目貫めぬきに”それ”が俺の納品した剣だって聞いたのか?」


 俺の問いかけに、プラチナブロンドの少女少しだけ気まずげにコクリと頷いた。


 「そうか……」


 そして俺はあの時の状況を思い出していた。


 ーーあんまり思い出したくないけどなぁ……


 第三話「英雄級ロワクラスのお嬢様?」END

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