第2話「気になるものは仕方ないだろ?」

 第二話「気になるものは仕方ないだろ?」


 昼間、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルなる美少女の情報を求め、俺は在る場所を訪れた。

 経弦町きょうげんちょうにある幾万いくま 目貫めぬきのガラクタ店だ。


 そもそも、仕事関係の要件で奴に呼び出され、そこで偶然彼女と会って、半ば無理矢理に厄介ごとを引き受けさせられたのだから、質問をぶつける相手としてはこれ以上適任はないだろう。


 ーーで


 結果から言うと、俺は大いに衝撃を受けたのだが、その話の内容の整理はまた後日だ。


 なんせ俺は忙しい……今日は色々とやることがあるのだ。


 俺のやること?それはシンプルに、貧乏故に商売を休むわけにはいかないってことだ。

 

 俺は一つ目の用件を済ませた後、幾万いくま 目貫めぬきの店で対幻獣種げんじゅうしゅ用の武具作成に必要な材料を購入して帰宅した。


 幾万いくま 目貫めぬきの店は、怪しいアンダーグラウンドの店ではあるが、それ故に多くの商品を手広く扱っている。

 対幻獣種げんじゅうしゅ用の各種武具一式、それを製作するための材料、工具、そして多種多様な情報。


 普段から俺は、幻想職種カテゴリ職人フォルジュ系として、多種多様な武具を制作しては買い取ってもらい、生計を立てている。


 といっても、俺は本来の職人フォルジュ系ではない。


 ”シールド”なんて巫山戯た幻想職種カテゴリだからか、何故か武具製造ができるという非常にイレギュラーな境遇だ。


 そして当然、俺は職人フォルジュ系基準値を満たしていない。

 つまり政府には認められていないため、いわゆるライセンスってものが無いから、こういう怪しげな店を利用するしかない。


 人類の物理兵器を凌駕する幻獣種げんじゅうしゅに対峙できる能力者は、政府から重宝され、一般社会からも、さながら英雄扱いされている。


 それ故に各幻想職種カテゴリ階級ランクに応じた社会的地位や、補助金や幻想種討伐時の報奨金など様々な特権が在るのだが、能力値の不足した半端者達はライセンスが交付されないため、それを得ることは出来ない。


 まぁ、俺の場合、能力値の不足どころか、対幻想種技能別職種エシェックカテゴリ、事態が意味不明な特殊な出来損ないではあるが……


 因みに幾万いくま 目貫めぬきなる怪しげな人物は、自らを運命の案内人テラーまたは世界の傍観者アナザーワンと大層に自称しているが、俺はただの胡散臭い情報屋だと思っている。


 ーー

 ー


 まぁ、そんなこんなで、帰宅した俺は、購入した素材を前に、自宅の専用部屋でそれと睨めっこしていた。


 専用室と言っても平均的なマンションの一室、物置に使っていた空き部屋に、武器制作用の専用工具と中古のパソコン、簡易的なトレーニング機器が数点あるだけの普通の部屋だ。


 ーー!!

 「むむ……」


 目の前の”多重石パラレルストーン”をじっと睨む。


 「…………」


 断っておくが、別に俺は友達が居ないからと、多重石パラレルストーンという素っ気ない相手と睨めっこをしているわけでは無い。


 毎日行っている日課、能力向上のための錬磨。

 集中力をギリギリまで高めて石に注入し、その存在の有り様を具現化する。


 なんだか小難しい話のようだが、簡単に言ってしまえば、自分以外の存在に干渉するだけの意思力で、それの未来を変革させる。

 つまりその物質が持っていた別の可能性を見いだして俺の望む力を宿した原石に生まれ変わらせるのだ。


 多重石パラレルストーンとはそれに最も適した物質で、別名シュレディング・ストーンとも呼ばれる。

 要は多様な可能性を秘めた神秘の鉱石で、素材の要として職人フォルジュ系に利用されている基本素材だ。


 ここの工程は刀剣を作成するに辺り、一番、肝の部分でもある。

 後の加工や仕上げは技術的要因が大きいが、この部分は才能とそれを限界まで引き出せる日々の努力と言ったところか。


 俺は独学ではあるが、世間一般で言うところの職人フォルジュ系、階級ランクでは、三等級職人レベルであると自負している。


 ーーシュォォォォーー


 暫くして、石は蒸気に酷似した煙を若干発生させ、赤銅色に輝きだした。


 「ふぅ……」


 俺は一応イメージ通りの原石が作成できたことに満足し、その後、それを置いたまま、ゆっくりと伸びをしながら立ち上がった。


 「前のは結構自信作だったんだけどな……」


 俺は過日、満月の夜の出来事を思い出していた。


 月光の下、狼の幻獣種げんじゅうしゅを一撃のもとに切り伏せた、翠玉石エメラルドのような瞳とプラチナブロンドの髪が美しい少女。


 ……そして、彼女が左手に握った、無惨にも刃こぼれした銀色の片手剣。


 アレは俺の製造した剣だ……


 幾万いくま 目貫めぬきの店に納めた、足下を見られて二束三文で買い叩かれはしたが、俺の自信作でもあった。


 ……こんどこそは、もっと洗練されたものを!


 俺は決意を新たにする!



 「……まあ、それはそれとして、実際の製造は明日以降だな……」


 力の抜けた表情に戻った後、すぐ傍のデスク上にあるコーヒーカップを手に取る俺。

 基本俺は必要以上に無理をしない性格なのだった。


 まあ、実際俺はそれなりに忙しい。

 学業の予習や復習はしないし、塾などにも行っていない、クラブ活動も入っていないし……友達も無い。


 そんな俺が忙しい訳が無い?

 ほっといてくれ!

 

 なにかと自分に自信の無い人間は、自己研磨に忙しいのだ。


 「…………」


 そ、そのままだと不安でいてもたってもいられなくなるんだよーー


 ……ゴホン、えっと、何の話しだったっけか?


 あ、そうそう、実際、俺は、今からだって次の予定がしっかりとある。

 俺の次の予定は、もう一つの能力?、多分能力であろう、”シールド”のトレーニングだ。


 とは言っても、イレギュラーな職人フォルジュ系能力の方はともかく、”こっち”の方はどうやって鍛えたら良いのか、当初は見当がつかなかった。


 何しろ、恐らく誰もが聞いたことが無い対幻想種技能別職種エシェックカテゴリだ。


 とはいえ、俺は数年前から何とか自分なりにそれをこなしていた。

 やることといえば、イメージと肉体的なトレーニング……それと実践。


 ーー本当に役立っているのか……怪しいけどな

 

 俺は軽く頭を振ると余計な思考を追い出して、既に冷めたコーヒーを一気にあおった。


 「よし!」


 頬を両手でパンパンと叩いて今日も日課に挑む。


 「…………」


 人生色々、人間、まあ様々な人種がいるもんだ。

 俺みたいな平均以下の人間でも、かつては一人前に夢を見たことがある。


 ーー英雄になって世界を救い、見目麗しい美少女ヒロインと……


 なんてな……男の子らしい夢も見たもんだ。


 だいたい幻獣種げんじゅうしゅっていうモンスターが存在する世の中だから、それを討伐する”能力者”に憧れるのは、健全な男子としては無理の無い事だろ?


 まぁ、現実は能力者の適正があるのはごく一部の人間だし、俺が得た?能力はどうやら戦士ソルデア系のような華々しい戦闘を行えるものでは無く、かといって後方支援に必要な職人フォルジュ系でも無いらしい……。


 謎の能力と言えば、なんだか主人公ぽくってカッコイイが、実際は戦えない、武具アルムス職人フォルジュとしても偽物らしいので、いまいち能力の恩恵を得られない……


 ーー半端極まりない立ち位置だ。


 それでも俺は日々コツコツとこうやって自身の能力の研磨を繰り返している。

 最近思うのは、意外と俺は腐らない性格なのかもしれない。


 ……いや、ちがうな、なんていうか、俺はただの貧乏性なのだ。


 自分に自信が無い、だから、認めたくない反発したい現実でも、それさえも、少しでも磨こうとする。


 戦士ソルデア系には下から兵士級ポーンクラス騎士級シュヴァリエクラス聖騎士級パラティンクラス要塞級フォルトレスクラス、そして別格の、英雄級ロワクラスがある。


 同様に職人フォルジュ系には、准三等級、三等級、二等級、一等級、特等級が存在する。


 ……俺しかいないこのシールド系では、その階級ランクも呼び名も、俺が自由に決める資格があるといえよう。


 ーーおっ、なんだか気分がいいな。


 俺の俺による俺のための階級ランク…………いや、むなしくなんかないぞ。


 ゴホン、で、俺が考えた階級がこれだ。


 皮の盾級、青銅の盾級、鋼の盾級、金剛石ダイヤモンドの盾級、無敵の盾級……だ。


 「…………」


 ……皆まで言うな!

 俺にネーミングセンスを求められても困る!

 あと、勉強とか、スポーツとか、容姿とか、金……とか……


 「…………」


 いや、だから悲しくなんかないぞ!……涙はちょびっとだけ出てるけど……悲しくなんか……

 

 くそ、そんなこんなで、実際この鍛錬は、やる気を持続するのは大変だ!

 俺自身が戦える訳ではない、防御のみ……どこで役に立つのか不明な能力だからだ。



 ーー羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル……


 俺の脳裏に、またもや翠玉石エメラルドのような瞳とプラチナブロンドの髪が美しい少女が浮かんだ。


 あの夜から何度もそれは経験したことだ。


 「……やるだけ……やっとくか……」


 やる気なく呟いたわりには、いつも通りイメージトレーニングから始めたその日の”それ”は、深夜まで続くのだった。


 第二話「気になるものは仕方ないだろ?」END

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