『三角の距離は限りないゼロ3』発売記念短編

時子、脚本を書く(三角の距離は限りないゼロ3番外編)

「演劇をやりましょう――柊先輩の脚本で!」


 ――御殿山高校文化祭実行委員、庄司霧香さんにそう言われたのは、文化祭まで三週間しかない放課後のことでした。


「え、ええええ!?」


 オススメの本を貸そうと、春珂ちゃんに会いに来た二年四組の教室。授業が終わってすぐだから、回りにはまだ沢山の生徒がいます。

 そんな中、他のクラスから来たわたしが目立つようなことはしたくなかったのですが、


「え、演劇!? 脚本!? な、なんの話……?」


 初対面の人からの突然の提案に、自然と大きな声が出てしまいました。

 春珂ちゃん、矢野君、その他生徒の視線が自分に集中して、頬がかっと熱くなります。よそのクラスって、どうしてこうも周りの目が気になってしまうんでしょう……。

 けれど、目の前の女の子――庄司霧香さんは、あくまで軽い口調のままで、


「ですから~」なんて続けます。


「柊先輩のお話を劇にするんですよ~! 文化祭の共同ステージで!」


 ……ようやく少しずつ、頭が回り始めました。

 庄司さんの言っていることも見えてきた気がします。

 確か、先日春珂ちゃんと矢野君が文化祭実行委員に選ばれたという話を聞きました。だから今も、きっとその打ち合わせをしていたのでしょう。もう文化祭本番まで、二十日くらいしかありませんから。

 そして――共同ステージ。その言葉にも覚えがあります。

 毎年、我らが宮前高校は近隣にある御殿山高校と同じ日程で文化祭を開催します。そのため、多くの来場客は両校の文化祭をはしごするため、学校をまたいだコラボ企画が多数執り行われます。そして、その中でも最大のイベントが、共同ステージ。毎年何百人ものお客さんを集める、文化祭の華なのです。

 そんなステージに――わたしは今、脚本担当で誘われている……。


「あ、あの……そ、そんな急に……」


 言いながら、身体からどっと汗がにじむのを感じました。


「まだわたし、お話なんて、ちゃんと最後まで書けたこともないのに……」


 確かに、実はわたしはひっそりと小説を書いたりしています。ほんの小さな短編を、気の向くままにつらつらと。

 けれど、それを誰かに見せた事なんて一度もなかったし、お話を完結させたことだってありません。確か共同ステージは、毎年ハイレベルな企画が披露される実力主義の企画だったはず。のちにプロのミュージシャンやパフォーマーになるような人が出るステージに、本当にわたしが出ていいんでしょうか……?


「大丈夫ですよ~! その初々しさが、きっと春珂先輩の魅力と上手く噛み合うと思うんです!」

「う、初々しさ……?」

「そうそう。つまり、柊先輩はかわいいから大丈夫、ってことです~!」


 ……話が適当すぎないでしょうか。

 なんだかこの庄司さん、わたしとはノリが違うというか、ちょっと信頼がおけないというか……。

 けれど――わたしはそれを、即答で断ることができなくて。ひとこと「いやだ」と言えばすむのに、そう口にすることができなくて――。

 それを見抜いたのか――庄司さんはわたしの顔を覗き込むと、もう一度にやりと笑いました。







「――で、結果やることになったのか」

「うん……」


 あの後、結局話はとんとん拍子に進んでしまい。同じく春珂ちゃんの友達である氏家さん、与野さんを加えて計四人で、人形劇をやることになってしまいました。

 担当は、人形操作と脚本読み上げが春珂ちゃん。氏家さん、与野さんが人形と大道具、小道具の製作。そしてわたしが――脚本の執筆、となりました。


「……いいじゃん、そういうの」


 二人で並んで歩く帰り道。

 細野君は、なんだかワクワクし始めたような顔でそう言います。


「俺、柊の書いた話、見てみたいよ。楽しみだ……」


 細野君は去年、一年生の頃に色々あってお付き合いを始めたわたしの恋人です。

 ぶっきらぼうで素直じゃないところがあって一見取っつきづらいけれど、こういうときに好意を隠せなくなる辺りがとてもかわいいのです。

 そして、わたし自身も――春珂ちゃん達と劇をやること自体は、とても楽しみでもありました。

 ――水瀬春珂ちゃん。

 少し前に仲良くなったわたしの友人。

 彼女の身体の中には――春珂ちゃんの他にもう一人、秋玻ちゃんという女の子がいます。

 二人は一定の時間で人格が入れ替わる、いわゆる二重人格なのです。

 共通の友達を介して知り合って以来、わたしは春珂ちゃん、秋玻ちゃん二人と仲良くしてきましたし……これからもっと、仲良くなりたいと思っています。だからこれは、絶好の機会でもあります。

 ただ、


「そうは言っても……ううん……」


 呻くように言いながら、足下に視線を落としました。


「さすがに、時間がなさすぎだよ……」

「いつまでに、脚本仕上げなきゃいけないんだ?」

「……一週間後。それまでに、三十分くらいの劇の脚本を、一通り書かなきゃいけないの」


 文化祭本番まで、あと三週間。それまでに、わたしたちは人形劇を完成させなければいけません。

 それに加えて、与野さんと氏家さんはクラスの企画でも大忙し。

 春珂ちゃんにいたっては実行委員な上、表に出ている時間も二分の一だから……本当は一週間だって、時間がかかりすぎなんです。

 弱音を吐いている場合ではないのですが……さすがにこの状況には、どうしても気弱になってしまいます。


「……それは確かに、大変だな」


 事の重大さに気づいたのか、細野君は困ったように眉を寄せます。

 けれど、


「でも、なんだろ……柊なら、やれる気がする」

「……どうして?」

「だって、柊……結構頑張り屋なところがあるだろ?」

「そう、かな……?」

「うん……それこそ、ほら」


 そう前置きしてから、細野君はちょっとためらうそぶりを見せてから、


「……俺と初めて会ってからも、結構頑張ってくれてたみたいだったし……」


 ……その言葉に、心臓が小さく跳ねました。

 気恥ずかしさに顔が熱くなって、舌も上手く回らなくなります。


「それは、そうだけど……」


 確かに――わたしは細野君と出会ってから、ずいぶんと頑張ったのでした。

 距離を縮めたくて、近くにいたくて。そして――彼に好きになってもらいたくて。

 でも、ここで急にそんなことを言い出すなんて……。


「……とにかく」


 自分で言っておきながら照れくさかったらしく、細野君は視線をそらし頬をかいています。


「頑張ってみなよ。俺、応援してるから……」

「……そうだね」


 鞄を持ち直し、大きく息を吸い込み――わたしは気持ちを切り替えました。

 いつまでも、恥ずかしがっている場合じゃありません。

 わたしは暮れ始めた空を見上げると、自分に言い聞かせるように決意を口にしました。


「やれるだけ、やってみるよ」



 




 それから――わたしの脚本執筆生活が始まりました。

 放課後はもちろん、短い休み時間も全て使って物語を考えます。

 庄司さんからもらったオーダーは「ファンタジー」「癒やされるようなお話」の二つでした。確かに、せっかく人形劇にするのだから、舞台は現代日本ではなくファンタジー世界がいいでしょう。それから、わたしには喜劇や悲劇は書けそうにないので、癒やされるようなお話、というのもありがたいオーダーです。

 じゃあ――わたしは具体的に、どういうお話を書きたいのか。

 沢山の参考文献を読み、夜も眠れないほど考えに考えた結果――三つ、アイデアが浮かびました。



・魔法使いの女の子が王都でお店を開く話。

・剣士がモンスターと交流を深めて親友になる話。

・貧しい女の子がひょんなことからお姫様と入れ替わってしまう話。



 いかがでしょう?

 どれもそこそこ面白そうじゃない? と思いますし、演劇にすれば三十分くらいに収まりそうです。

 アイデアとプロットがまとまったのは、話をもらってから四日後。締切まであと三日、という日のことでした。思った以上にスムーズで、ちょっと自分で自分を褒めてあげたくなります。

 ――しかし、その翌日。

 近所の図書館にこもりきり、三つのアイデアの中から「魔法使いの女の子」を選び、実際に脚本を書き終えたわたしは――、


「――面白いじゃん、何が不満なんだよ?」


 さっそく原稿を見せた細野君に、そう尋ねられていました。


「起承転結もしっかりしてるし、柊っぽい優しいお話だし……俺、これ見てみたいけど……」

「……ダメなの」


 いつも細野君と会う公園で。

 ベンチに腰掛けながら、わたしはスカートの裾をぎゅっと握ってしまいます。


「悪くはないけど……あくまで『悪くない』くらいなの」

「……それでも、初めて書いたんだろ? 大したもんじゃないか……」

「でも……!」


 思わず大きな声を出してしまって、慌てて口を手で押さえます。

 細野君も、ちょっとびっくりした様子で目を丸くしています。


「ごめん……でも、せっかく春珂ちゃん達と一緒にやるんだもん。共同ステージで、すごい人たちと肩を並べるんだもん……」


 確かに――今手元にある原稿は、まあまあの出来だと思います。

 見ている人を退屈にさせることはないでしょうし、感動させることもできるかもしれません。

 けれど――わたしにとって、今回の人形劇は特別なものになると思うのです。

 大切な友達と一緒に作り上げる、人生で一度だけの舞台。

 きっとずっと忘れないでしょうし、責任だってあります。


「だから……これだ! っていうお話じゃないと……。これしかない、っていうお話じゃないと、納得できないよ……」


 悔しさに、頬が冷たくなっていくのを感じます。

 納得はできません。けれど――あと残り二日しかない今、自分に何ができるでしょう。

 ここからどうすれば、もっといいお話を書くことができるんでしょう。

 現実的に考えれば――これで行くしかない。そう考えるしかありません。

 だからこそ、悔しくて悔しくてしょうがないのですが、


「……ふふっ」


 ――細野君が、ふいにそんな声をもらしました。

 見れば彼は、頬を緩め目を細め――小さくほほえんで、こちらを見ています。


「……なんで笑うの?」


 ちょっと不満げに尋ねると、細野君は短く咳払いし、


「んん……なんか、意外でさ」

「なにが?」

「柊が、こういうところで強情になるのは……」


 その言葉に……確かに、と思います。

 確かに、わたしは今ちょっと強情です。普段のわたしだったら、細野君がそう言うなら大丈夫だろう、くらいに思いそうなのに……。どうしたんでしょう。言われてみれば、自分でも不思議です……。


「だから、ちょっと思ったんだよ」


 そんなわたしに、細野君は続けます。


「ああ、柊も――やっぱり『あの人』の妹なんだなって」




 ――『あの人』の妹。




 確かに、そうかもしれません。わたしの姉は、ちょっと変わった仕事をしていて。だから妹であるわたしも、こういうところで譲れない性格なのかも――、


「……ああ!」


 ――そこまで考えて、ようやくわたしは思い付きました。

 そうだ――。

 脚本を書くなら、まずわたしは――真っ先にすべきことがあった。


「……ごめん、ちょっともう帰るね」


 わたしは荷物をまとめると、そそくさとベンチから立ち上がりました。


「急でごめん、やりたいことがあるの……。また今度、説明はするから」

「……うん、わかったよ」


 それだけで全てを察してくれたようで、細野君は笑顔でうなずいてくれました。

 そして彼はベンチから立つと、短くわたしの頭を撫で――もう一度ほほえみかけてくれました。


「頑張れ、柊――」







 細野君と別れ家に帰り着いたわたしは――家の奥にある、姉の部屋を訪れていました。


「お姉ちゃん、ちょっと相談があるんだけど……」

「……めずらしいね、どうしたんだい?」


 言いながら、姉は椅子を回転させこちらを振り返りました。

 彼女の目の前にあるのはデスクトップPCで、表示されているのはワープロソフト。

 どうやら、ちょうど仕事をしていたところのようです。

 デスクの周囲には本がうずたかく積み上げられ、壁という壁に張り巡らされた本棚にもびっしりと書籍が収められています。

 ――小説家、柊ところ。

 それが、わたしの姉の正体です。

 姉はデビューしてすでに五年ほどが経ち、最近少しずつ注目を集め始めた若手作家なのです。こんなに頼りになる相談相手が身近にいたことに、なぜわたしは今の今まで気づかなかったのでしょう……。


「あの……わたし、文化祭で演劇の脚本を書くことになってね……」

「ほう!」


 それだけの説明で、姉はこちらに身を乗り出します。


「それで、色々書いてるんだけど上手くいかなくて……どうすればいいかなって」

「……なるほどなるほど! いいね! 時子が物語を書くのか!」


 あからさまにテンションの上がった様子で、何度もうなずいているお姉ちゃん。お恥ずかしながら、この人はちょっとシスコンの気があります……。


「もちろん、わたしにできることならさせてもらうよ! どういうことに困っているんだい?」


 すごい勢いで食いついてくるお姉ちゃんに、わたしは状況を説明しました。

 もう時間がないのに、書き上げた脚本が納得いかないこと。良いお話を書きたいし、このメンバーでやってよかった、と思えるものをやりたいということ。


「……ふむふむ。ちなみに」


 腕を組みながら、姉が尋ねてきます。


「その演劇で演者をやるのは、どんな子なんだい?」

「えっと、それがね……」


 わたしは少しためらってから、姉に伝えました。


「二重人格の……女の子なの」

「……ほう」


 昔はそのことを隠していたようですが、今の秋玻ちゃん、春珂ちゃんはそれをオープンに人に話しています。きっとここで姉に話すのも、許してもらえるはず……。


「それで、お互いのことをとっても大事にしているんだけど、ときどき問題が起きることもあって……でも、とって大事な友達なの」

「……なるほどね。だとしたら、オススメのやり方がある」

「……どんなやり方?」


 尋ねると、お姉ちゃんはニヤリと笑い、提案を始めました――。




「――そっか……そっか……」


 数分後。お姉ちゃんの説明を聞き終えて。

 うなずきながら――早くもわたしは、自分の中に物語が芽吹き始めているのを感じました。

 小さくてかすかな、けれど、確実に感じるはっきりとした手触り――。

 ……さすがだなあ、と感心してしまいました。

 たったこれだけの時間で、そんな「アイデア」を出してくれるだなんて。しかもそれが、こんなにも……わたしの心に強く響くなんて。


「……わかった、ありがとうお姉ちゃん。なんだか、やれそうな気がしてきたよ」


 ――早くこのアイデアを形にしたい。

 お礼を言いながらも、その強い欲求に身体がそわそわしてしまいます。


「力になれたなら良かったよ」

「うまく出来たら、本番見に来てね」


 部屋を出ながら振り返ると、お姉ちゃんはこちらに手を振りながら微笑みました。


「もちろんさ、時子の初舞台だ、しかと見届けさせてもらうよ――」







「――ど、どうかな……」


 そして――二日後。

 徹夜で新たな脚本を書き終えたわたしは、眠気と緊張感の狭間で今にも倒れてしまいそうでした。

 スペースをお借りしている、手芸部部室の片隅。

 わたしの前では――春珂ちゃん、氏家さん、与野さんが、わたしの書いた脚本を読み終えたところです。

 ――結局あれから。姉の部屋を出たわたしは、一晩でお話を書き上げました。

 はっきり言って――自信作です。

 わたしたちにとって特別な、誰にも真似できない脚本になったと思います。

 けれど、不安だって拭いきれません。

 春珂ちゃん達が気に入ってくれるだろうか……。自信作ではあるけれど、徹夜したテンションで過大評価してしまっていないだろうか……。

 ちゃんと、誰が見ても良いお話になっているのか……。

 そして、


「……す、すごく良いと思う」


 最初にそう声を震わせたのは――氏家さんでした。


「柊さん、本当にこれが初めてなの? ちょっと、本当にびっくりなんだけど……」


 そして、隣で与野さんもページを何度も繰りながら、


「うん……うん。本当に、プロの人が書いたみたい。面白いし、独特の雰囲気があるし……」

「ほ、ほんと……?」


 予想を超える絶賛に、我ながら驚いてしまいます。まさか、そこまで褒めてもらえるなんて……。

 そして――最後までじっと脚本を見ていた春珂ちゃんは、


「……良いと思う」


 小さくそう言いながら、顔を上げました。

 彼女のつぶらな目には――涙が光っているように見えました。


「あ、ご、ごめんね……」


 慌ててそれをぬぐいながら、彼女はわたしに笑って見せます。


「なんだか、変に登場人物に感情移入しちゃって……なんだろうね、うん。すごく、すごく感動したよ! ありがとう、こんな素敵な脚本書いてくれて!」


 その言葉に――飛び上がりそうな程にうれしくなりました。

 ――ありがとう、お姉ちゃん。

 ――お姉ちゃんのアドバイス通り、上手くいったみたいだよ――。




「――その友達を、主人公のモデルにするんだ」


 ――お姉ちゃんが提案したのは、そんなアイデアでした。

「なにも、そのまま二重人格の話を書こう、ということではないよ。けれど、良い演劇の条件として、演者が本当に感情移入できている、ということがあるように思うんだ。その本人にとって、特別な脚本である必要がね。だから、その子たちに起きていること、起きたことを、時子の願いを込めながら書くんだよ。そうすればきっと――特別なお話になるんじゃないかと思うよ」


「……わたしの、願いをこめて……」

「ああ、そうだ。ちなみにコツは、ギリギリ本人に『わたしがモデルだ』とバレないようにすることだ。バレてしまうと、変に意識してしまうからね。なぜか妙に感情移入できる、という位の塩梅が一番良いと思うよ――」


 だから、わたしは書き上げたのです。小さな家に住む、双子の兄弟の話を。

 悩みながらもお互いを大切にする、二人の男の子の話を。

 いつまでも、春珂ちゃんと秋玻ちゃんが楽しく暮らせるようにと願いを込めて――。

 タイトルは――『ロムルとレムスと青い屋根の家』。




「――じゃあ、これにあわせて人形を作っていかないとね!」


 さっそく、与野さんと氏家さんが打ち合わせを始めます。


「そうだね……どういうのがいいかな」

「それぞれのキャラに合わせて、イメージカラーを作るのはどうかな――」

「あー、わたしも読むの練習しないとなあ……」


 言いながら、春珂ちゃんは脚本のページを何度も行き来しています。


「今から緊張してきた……時子ちゃん、読み方おかしいところあったら教えてね? あの、こういうの初めてだから、意見もらえないと不安で……」

「うん、もちろんだよ」


 うなずきながら――わたしはなんだか、胸がドキドキするのを感じていました。

 いいものができそうな、みんなにとって大切なものが作れそうな、そんな予感……。


「――あ、ねえねえ!」


 と、ふいに春珂ちゃんがそんな声を上げます。


「ちょっとこの辺で、一回円陣でも組んでおかない?」

「え、円陣?」

「えいえいおー、みたいな?」

「そうそう。せっかくみんなでやるんだからさ、なんか……気合い入れて、頑張るぞ! ってしたくて……」

「うん、いいねいいね」

「やろう!」


 氏家さんと与野さんがうなずいて、わたしたちは円を描くように集合しました。

 そして、春珂ちゃんのかけ声にあわせて、


「よーし、じゃあ初めての人形劇! 時間もないけど、最後まで頑張りましょう! おー!」

「おー!」


 ――そんな風に声を上げながら、それぞれ手に持った脚本を高く掲げたのでした。







 そして、共同ステージの本番当日。

 ついに出番の直前となり――わたしたちは、薄暗い舞台袖で緊張に打ち震えていました。


「――ど、どどど、どうしよう……」

「他の人たち、ほとんどプロじゃない……」


 わたしたちの出番は三番手。最初に演奏したバンドとその次にパフォーマンスしたダンスグループは、あきらかにプロ志向のハイレベルなグループで。どう考えたってわたしたちは浮いてしまっています。

 薄暗い舞台袖で、実行委員の人たち手助けしてもらいながら準備を進めつつも、足の震えが止まりません。

 そっと客席を覗くと、細野君や伊津佳、修司君。姉の姿も見えました。

 皆一様に、その顔に興奮と期待の色を浮かべていて、キリキリと胃が痛み始めます。

 けれど――、


「――大丈夫だよ」


 先頭に立つ春珂ちゃんが、こちらを振り返りそう言いました。


「きっと大丈夫だよ。うまくいくはず」


 ――正直、ちょっと意外でした。

 控えめで、おとなしくて、ちょっと自信がないタイプの春珂ちゃん。

 この子は、こういう場面では誰よりも緊張しそうだとばかり……。

 けれど、春珂ちゃんはその顔に、自信に満ちた笑みを浮かべて言います。


「だって――このお話は、わたしたちのお話なんだもの。わたしたちが作った、わたしたちのお話なんだもの。だから――みんな、思いっきり本番を楽しもう!」


 ――その言葉に。胸に自信がふつふつと湧くのを感じました。

 そうだ、きっと大丈夫。

 わたしの脚本だけじゃない。氏家さんと与野さんの人形も、春珂ちゃんの演技も、他の誰でもないわたしたちだけのものなんだ。

 だからあとは、それをきちんとお客さんに伝えるだけ。

 場内にアナウンスが流れて、ついにわたしたちの出番です。


「……じゃあ、行くね」


 そう言って、ステージに上る春珂ちゃんを見送りながら、わたしは心の中でもう一度願います。

 どうか、この人形劇が成功しますように。

 そして、春珂ちゃんと秋玻ちゃんが、いつまでも幸せでありますように――。

 そんな祈りを載せて。わたしたちの、舞台の幕が上がりました――。

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