『このライトノベルがすごい!2019』ランクイン記念特別掲載!

【特別掲載】告白の練習

みなさまの応援のおかげで、『三角の距離は限りないゼロ』は

『このライトノベルがすごい!2019』(宝島社 刊)

文庫部門 新作3位&総合8位にランクインすることができました。


彼らの恋を見守っていただいて、ありがとうございます!


あふれる感謝の気持ちをこめて、書き下ろしのSSを特別公開!

彼と彼女(たち)との恋路の、ワンシーンをお楽しみください!



 ――放課後の部室で、小説を読んでいた。

 普段はあまり読まない恋愛小説で、三角関係を題材としていて……なぜだろう、妙に僕はその内容に、身につまされる気分でいた。

 そんな僕に、


「……矢野やの君も、いつかは告白するんだよねえ」


 机の向かいで、少女マンガを読んでいた春珂はるかがふいに言う。


「今はまだ、片思いで、頑張ってる最中だけど……いつか秋玻あきはに、告白するんだよねえ」


 ……きっと、少女マンガにそういうシーンが出てきたんだろう。

 放課後の淡い光に照らされた春珂は、なぜかちょっと切なげな表情で、遠い目で窓の外に目をやっていた。

 ――水瀬秋玻みなせあきはと、水瀬春珂みなせはるか

 この春、僕は『一人の身体』の中に住む二人の少女に出会った。

 生真面目で、落ち着いていて、超然としたところのある人格、秋玻と――。

 抜けていて、おっとりしていて、人なつっこい人格、春珂――。

 彼女たちはいわゆる『二重人格』らしく、一定の時間で入れ替わりを繰り返している。

 そして僕はその片方の人格、秋玻に片思いをし……もう片方の人格、春珂にその相談をする、という、ちょっと不思議な状況に陥っていた。


「……どう? 矢野君、秋玻に上手く告白とか、できそう?」


 気遣わしげな表情で、そう尋ねてくる春珂。


「……うーん、ちょっと自信ないな」


 本に栞を挟みながら、僕はため息交じりに素直に答える。


「僕、これまで一度も告白したことないし……。だいたいああいうのって練習できないから、ぶっつけ本番になるだろ? そういうの、苦手でさ……。かといって、イメトレとか気持ちの準備とかすればするほど、逆に緊張しちゃいそうだし……」


 秋玻に気持ちを伝える――そんな場面は、僕だって何度も想像してきたのだ。

 けれど、そのたびに心臓は高鳴り身体にはじんわりと汗をかき、なんだか妙にうろたえてしまう。

 想像でこれなのだから、本番ではどうなってしまうのか本気で思いやられるところだった。


「……そうだよねえ」


 春珂も少女マンガを置き、困ったように眉を寄せた。


「難しいよねえ。せめて、納得いくまで練習できればいいんだけどねえ……」

「……そうなんだよなあ」


 ――それだけ言い合うと、部室はしんと静まりかえる。

 校庭からは運動部員のかけ声が、遠くの教室からは吹奏楽部のロングトーンが聞こえてきて――ままならないものだなあ、と僕はため息をつく。

 けれど――次の瞬間。




「……いや、できるじゃん!」




 春珂が突然――叫ぶようにそう言った。




「矢野君――告白の練習できるじゃん!」




「え、な、なんだよ……?」


 突然のその剣幕に、びくりとしてしまった。

 言っている意味が分からなくて、心臓が妙にドキドキする。


「練習できる……? ど、どういう意味だ……?」

「いや、だからわたし! わたしがいるじゃない!」


 春珂はそう言って――何度も自分自身を指差す。


「わたしは、言ってみれば秋玻本人だけど、本人じゃないんだよ! だから、わたし相手になら――告白の練習ができるんだよ!」

「……あ、ああ」


 そこまで言われて、ようやく理解できた。なるほど、確かにそれは、そうなのかもしれない……。

 秋玻の別人格である春珂相手であれば『告白の練習』ということができてしまうかも知れない。

 春珂も自分の思い付きにずいぶんと興奮しているようで、


「これは……これはすごいことだよ! 矢野君は今、世界でも数少ないチャンスを手に入れた人なんだよ……!」

「……まあ、それはそうだけどさ」


 ――けれど、僕はどうしてもその発想に抵抗を感じてしまう。


「そういうのって……どうなんだろうな。確かに身体は秋玻と同じだけど、中身は春珂なわけでさ……それなのに、告白の練習をするのって、どうなんだろう……」


 身体を共有しているのは確かだけれど、僕は秋玻と春珂を『別々の二人』として扱ってきた。

 性格が違えば考えることも違う。そんな二人は少なくとも――僕にとっては『秋玻』と『春珂』という別個の女の子だ。

 そして、僕は少しだけ声のトーンを落とし、


「それになんか……ちょっと、恥ずかしいし……」

「……ちょっと待って、矢野君」


 しかし――その言葉に春珂は。

 信じられないものでも見たような目をこちらに向ける。


「ねえ、矢野君……君の気持ちは、そんなものなの?」

「え、ど、どうしたんだよ……」

「そんな、恥ずかしいなんて理由で、秋玻への告白が微妙なものになってもいいの!?」

「そ、そりゃまあ、嫌だけどさ……」

「じゃあ! やろうよ!」


 普段のおっとり具合が嘘だったように、妙な熱血テンションで春珂は言う。


「ほら! 今だよ! 今、わたしを秋玻だと思って、気持ちを伝えてみてよ!?」


 ……な、なんなんだよほんとに。

 いつものおとなしさはどこに行ったんだよ……。

 でもこの子、前から恋バナに関してはちょっとテンションが上がりすぎるところがあるんだよな……。


「……はぁ……」


 ……もう、こうなっては仕方がない。

 ここから逃げ出すことはできないだろうし……適当に練習して場をやり過ごすしかない。

 もう一度あきらめのため息をつき、僕はこみ上げる恥ずかしさをぐっとかみ殺しながら、


「……す、好きで……す……」


 聞こえるか聞こえないかくらいの声で、そう言った。

 けれど――、


「ごまかさないの!」


 ――春珂の厳しい声が飛ぶ。


「今矢野君! 後半ちょっとフェードアウトしたでしょう!? そんなんじゃ、気持ち伝わらないよ!? ほらだから、最後までちゃんと言って!」

「じゃ、じゃあ……す、好きです……」

「声小さい!」

「……好きです」

「もっと大きな声で!!」

「好きです」

「全然声量足りないよ!! それが矢野君の本気!?」


 ……これは、一体何なんだろう。

 声量が足りないって、僕らは一体何の練習をしているんだ……。

 ただ――こうなったらもう仕方ない。

 一回だけ、本気の全力告白を見せてやるしかない――。

 そうしない限り春珂は納得しないだろうし、僕だってこれ以上こんなことを繰り返したくはない――。


「……あーもう……」


 小さく恨み言をつぶやいてから、僕は大きく息を吸い込む。

 そして、これまでにないほどに声を張って、




「――好きだ!」




「……え……?」


 ――呆けたような声に、視線を前に向けると。

 目の前の彼女は、驚きに目を見開いている。


「す、好き……? そ、それは……え……? 一体、どういう……」


 ――秋玻だった。

 いつの間にか――人格が春珂から秋玻に入れ替わっていた。

 弾かれたように、壁に掛けられた時計を見る。

 ……確かに時刻は、そろそろ人格が交代するころになっていた。


「……あ、あいつ!」


 こみ上げる焦りに、汗がぶわっと噴きだした。

 マジで何やってるんだよ春珂……! 入れ替えるタイミング、完全に忘れてただろ!

 完全に、一番最悪のタイミングで入れ替わっちゃったじゃないか……!

 ……もしかして、わざとか? 秋玻に告白させるために、わざと入れ替わりのタイミングを見計らってあんなことを言い出したのか……? 

 いや、春珂にそんなことできるはずない!

 本気であの子は、入れ替わりを忘れていただけだ!


「で、そ、その……」


 恐る恐る、と言った様子で秋玻が声を上げる。


「どういうこと、なのかしら……? 突然その、好きって……」


 彼女はずいぶんと混乱している様子だ。

 それもそうだろう、入れ替わった途端に目の前で、男子が大声で「好きだ!」とか言っているのだから。

 しかも、困ったことに……僕が口にしたその気持ちは、そもそも本当に秋玻に向けたものなのだ。


「……あ、あはは、それがさー!」


 テンパりまくった末に、僕は無理矢理言い訳をひねり出そうとする。


「春珂と色々話してて、ちょっとその……そういう話題になって……」


 けれど、それをどう受け取ったのか――、


「あ、そ、そう。春珂と……」


 秋玻は妙に動揺した様子で、ふらふらと視線を泳がせている。


「も、もしかして……急にわたしが出てきて、おじゃまだった……かしら……」

「……あっ! いやいや、そういうことじゃなくて!」


 ――いけない。

 勘違いをされている……!

 しかも、かなり困った感じの勘違いを……!


「……そういうことじゃないなら」


 秋玻はこちらを見て――動揺の残る表情で、小さく首をかしげた。


「じゃあ、何が好きだって、話だったの……?」


 ――君のことだ。

 なんて、到底言えやしない!

 だから僕は必死に思考をめぐらし、部屋中にあるものに視線をやり――、


「――こ、この小説の話だよ!」


 さっきまで読んでいた、三角関係の小説を手に取った。


「い、いやあ、最近なんか、すごくはまっちゃっててさ! 春珂にもこれをオススメしてたんだ!」

「そう、なの……。そんなに、声を大にするほど好きなのね……」

「う、うん。なんか、ちょっと最近話題になったらしくて……。『この小説がすごい!』みたいなランキングの、今年の新作3位とかにもなったらしくて……」

「……へえ」

「普段はあんまりこういうの読まないんだけどさ、なんかこう……気になって……」


 ――なぜか秋玻相手に、小説の解説を始めてしまった僕だった。

 そして、ひとまず説明が終わり「わたしも、気になり始めたかも……」なんて無駄に興味を持たせたところで、


「……それにしても」


 そう言って、秋玻は深く息を吐き出した。


「さっきは、びっくりしたわ……いきなり『好きだ』なんて、叫ぶから……」

「だ、だよな、ごめんな……」


 もう一度、背中に汗が伝うのを感じながら、僕は彼女に謝った。

 そして、


「……一瞬、告白されたのかと……」


 そう――つぶやくように言う秋玻。


「急に、告白されたのかと思って……驚いちゃった……」


 その声は、ずいぶんと落ち着いていて、普段通りの冷静さを取り戻していて――、


「……そっか、ごめんな」

「ううん、いいのよ……」


 そう言って、うつむく秋玻。

 だから、その頬が赤く染まって見えたのは……きっと、部室に差し込む夕日のせいなんだろうと思う。

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