第36話

「高志」


「紗弥……まだ居たのか?」


「うん、心配だから……ねぇ、何かあった?」


 紗弥は高志の机に座っていた。

 そこには、高志の鞄も置いてあり、高志は紗弥の元に行かなければ、鞄を取れない状況にあった。


「……いや、なんでもないよ。ちょっとぼーっとしてただけ」


 高志は紗弥に笑顔でそう言いながら近づく、高志は紗弥の脇に置いてある、自分の鞄に手を伸ばし鞄を持とうとした。

 しかし、そんな高志を紗弥は後ろから抱きしめた。


「えっと……どうかした?」


「………なんとなく、こうしたくて」


 誰も居ない教室。

 既に日は落ち始め、辺りは暗くなり始めていた。

 高志はそんな状況の中、保健室での先生の言葉を思い出し、紗弥に尋ねる。


「聞いても良い?」


「……うん」


 紗弥の抱きしめる力が強くなる。

 高志はそんな紗弥の手を握り、紗弥の正面を向いて尋ねる。


「屋上で一緒にいたのは……誰?」


 聞いた後、高志は激しく後悔した。

 何をいきなり本題から話しを聞いているのだ、もっと違う話をしてならした後でも良いだろう、などと自分を心の中で攻め続ける。

 すると、紗弥は目を丸くして高志に答える。


「居たの……あの場に…」


 その反応に、高志は一気に絶望を感じた。

 驚いたような表情の紗弥は、短くそう尋ね高志の答えを待つ。

 まるで見られてはいけないものを見られ、絶望しているかのような表情に、高志は自分の中から色々な物がこみ上げて来るのを感じた。

 怒り、悲しみ、感情だけではない、「なんで」「なにをしてたの?」そう言った言葉までもが溢れてしまいそうだった。


「あぁ……俺が見たときは………キス、してる見たいに見えた」


 高志は色々な溢れ出しそうな物を押さえ、途切れ途切れにそう言った。

 確定ではないが、高志は終わったと思っていた。

 放っておいた自分が悪い、そう自分に言い聞かせる反面、高志は紗弥に対する好きと言う気持ちを再確認する。

 そんな事を考えていると、紗弥はゆっくり口を開き答えた。


「はぁ……まさか見られてなんて……しかも高志に……最悪」


「それは……どう言う意味なの?」


「……そんな恐い顔をしないでよ……告白されてただけ、何もされてないから」


 高志は紗弥のその言葉を信じたかった。

 でも、見た物を思い出すと、信じて良いのかわからなかった。

 高志は紗弥にもう一度尋ねる。


「信じて……良いの?」


「……もしかして……ヤキモチ焼いてる?」


「………うん、多分……悪いか?」


 高志の不満そうな表情を見て、紗弥は高志の心情を察した。

 そして高志の答えに、胸が高鳴るのを感じた。

 いままで自分が誰と話そうと、誰と一緒だろうと、文句も言わず、ニコニコ笑っている

だけだった彼が、始めて自分にヤキモチを焼いた事が嬉しかった。

 同時に、自分は飽きられていた訳では無いという証明にもなり、紗弥の気分はどん底から、天にも昇る気持ちにまで回復した。


「本当に、告白されてただけなんだな……」


「うん、でも断ったわよ。だって、私には高志しか居ないから」


 満面の笑みを高志に向けて、紗弥は言う。

 そして、屋上での出来事を紗弥は高志に説明する。


「……そう言う事だったのか」


「うん……ま、文化祭で何をされても断るけどね」


「……でも、そいつカッコイイって有名な奴だろ?」


「私には高志が居ればそれで良いの……そんなに私は信用無い? それとも二股掛けるような女だと思ってる?」


「そ、そんな事は……でも、正直…俺が放っておいたから……誰かに心変わりしても仕方ないかと……」


「はぁ……高志」


「何?」


「今からキスしても良い?」


「はぁ!?」


 高志は突然の紗弥の言葉に驚き、紗弥から距離を取った。


「い、いきなりなんだよ!」


「だって、こうでもしないと信じてくれそうにないんだもん。本当は高志からして欲しかったけど……こうなったら仕方ないよね?」


 紗弥はそう言うと、高志の元に近づき高志の両頬に手を優しくあて、自分の顔を近づける。


「これ、私のファーストキスだから……」


「ちょ、ちょっと待った!」


「フグ……いきなりどうしたの? キス……嫌だった?」


「そ、そうじゃなくて!」


 高志は唇が当たる寸前で、紗弥の口を手で押さえた。

 キスを拒否されたと勘違いした紗弥は、しゅんとしてしまい。

 高志は紗弥に理由を説明し始めた。


「紗弥を俺は疑った訳だし……それにこう言うのは男からやるべきだと思うから……」


「え……それって……」


「紗弥……俺はお前の事が本当に好きになっちまった。だから………キスしても良いかな?」


 高志は紗弥を優しく抱きしめ、顔を真っ赤にしながら紗弥に尋ねる。


「え? な、なんで泣くの!? そんなに嫌だった?!」


 紗弥は高志の言葉を聞くと、涙を流し始めてしまった。


「ち……違うの……わ、私は……う……嬉しく……て」


 高志は紗弥の瞳から溢れる涙を指で拭き取る。

 紗弥の涙を見て、高志は理解した。

 不安だったのは、自分だけではなく、紗弥も一緒だった事を……。


「紗弥……」


「……高志…」


 二人の視線が会う。

 紗弥は目を瞑って高志を待つ。

 こんなにも誰かを愛おしいと感じたことが無かった高志は、紗弥を抱きしめる力を強め紗弥の顔に近づいて行く。

 もう少しで、唇が重なる……そんな時だった。


ガタン!


「あ! やっべ」


「馬鹿! 声出すんじゃないわよ!!」


 突然教室の教卓の後ろから音が聞こえ、聞き慣れた声が聞こえて来た。

 高志と紗弥は驚き、視線を教卓に向ける。


「誰だ!」


 高志は顔を真っ赤にしながら尋ねる。


「にゃ……にゃー」


「………なんだ猫か……なんて言うと思ったか? 優一!!」


「どわ! 馬鹿! 蹴るんじゃねー!!」


 高志は教卓まで歩き、教卓の側面を思いっきり蹴飛ばした。

 すると中から優一と由美華の二人が出てきた。


「何やってやがんだ! 帰ったんじゃねーのかよ!」


「いや……なんか面白いことになってたんで……出るに出られなくて」


「ごめんなさい……」


「ニヤニヤしながら言うな!!」


 恐らく一連の会話を見ていたのであろう、二人はニヤニヤした表情で高志と紗弥を見ていた。

 高志は見られていた事が恥ずかしく、顔を真っ赤にして二人を怒鳴り。

 紗弥はどこか不満そうな表情で、頬を赤く染めていた。


「お、俺たちに気をつかうなよ……ささ、は、早く続きを……」


「出来るか!!」


 高志は二人に説教を始めた。

 その間、優一も由美華もニヤニヤしっぱなしだった。

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