第37話

「はぁ……」


「もう、いつまで落ち込んでるの?」


「落ち込むだろ……あんな恥ずかしい事を……」


 高志と紗弥は久しぶりに一緒に帰宅していた。

 周りはすっかり暗くなり、歩いている人も少ない。


「……ねぇ、あの続きはいつしてくれるの?」


「え……いや……その、また今度……」


「や、待てない」


 住宅地の真ん中で、紗弥は高志の手をしっかりと握り、高志の目を見て言う。

 この言葉が、単なる紗弥の甘えでは無いことを高志は理解した。

 今日、ここでキスをして証明しなければいけない、高志はそう思った。

 そうしなければ、今日以上の勘違いを紗弥と高志のどちらかが、いつかしてしまう。

 高志はそう感じていた。


「あのさ……ちょっと遠回りだけど、すこしついて来てくれる?」


「うん……良いよ」


 高志が紗弥を連れて向かったのは、丘の上の公園だった。

 時間も時間なだけに、誰も居ない。

 ただ公園内を小さな街頭数個が照らしていた。


「ほら、ここからだと街が綺麗に見えるだろ?」


「本当ね……綺麗……」


 この公園からは、街を一望できた。

 今は夜なので街に明かりが灯り、綺麗な夜景が見える。


「き、キス……っていったら……雰囲気は大事だと思って……」


「その為にここに?」


「わ、悪いかよ……」


「ウフフ……ありがと。気をつかってくれて」


 紗弥はそう言うと、高志に抱きついた。

 暗い公園で、高志と紗弥は互いの顔を見ながら頬を赤く染める。


「紗弥……」


「……良いよ……高志」


 これ以上の言葉は、二人には最早いらなかった。

 気がつくと二人は唇を重ねていた。

 時間にしてほんの数秒だった、しかし二人には何分にも何時間にも感じられるほどだった。 

やがて二人は唇を離し、見つめ合う。


「……あ、えっと……」


 高志はこういうときなんと言えば良いのか、わからなかった。

 そんな高志を見て、紗弥は微笑みもう一度高志に抱きつく。


「高志……大好きだよ」


「……俺もだ」


 高志はそう言って、紗弥を抱きしめる。

 少し離れた事により、二人は互いにどれだけ必要しているのかを知った。

 高志は紗弥を本当の意味で愛し、紗弥は高志の本当の思いを受け取り、ようやく安心することが出来た。

 この日、二人は本当の意味で恋人同士になれた。





「ほぉ……そうか、そうか。それは良かったな、このリア充が、爆発して消えろ」


「しつこくあの後の事を聞いてきたから、嫌々答えたのに、なんで俺は罵倒されてんだか……」


 翌日、学校は一日文化祭の準備で、授業が無かった。

 高志と優一は二人揃って、クラスの宣伝ポスターを張りに、学校中を駆け回っていた。

 朝から優一は、昨日の帰りに紗弥と何か無かったかをしつこく高志に尋ね、高志はそんな優一がしつこいので、仕方なく昨日の帰りの出来事を話した。


「けっ! カップルの惚気話ほど、つまらない話しは無いからな!」


「じゃあ、聞くなよ……」


「それでも気になるだろ! 昨日の教室で、あんなもん見ちまったら!」


「じゃあ、覗かなければいいだろ……」


 優一のむちゃくちゃな話しを聞きながら、高志はクラスのポスターをテープで壁に貼っていく。


「大体お前だって、秋村さんと付き合えば、リア充だろ?」


「黙れ! 確かにあの子は可愛いが! 中身が変態だろうが!!」


「まぁ、それは否定しないが……それ以外は普通に良い子だろ?」


「あぁ! もう! 今は俺の事はいいだろ!? 次行くぞ!」


「はぁ……人には散々言ったくせに……はいはい」


 高志と優一は二人で次の場所に向かい始めた。







「紗弥、機嫌良いわね?」


「そうかしら? 別にいつも通りだと思うけど?」


「いや、明らかよ……だってなんかいつも以上に表情が豊かだもの……」


 紗弥と由美華は、教室の掃除と店のセッティングをしていた。

 箒でゴミを集めながら、由美華は紗弥の顔を見て言う。


「別に大した事じゃないわよ? ただ……ウフフ」


「え? なにその笑顔! 昨日あの後何があったのよー!」


「色々よ、い・ろ・い・ろ」


「う~……気になる~」


 紗弥の言葉を聞きながら、由美華は下唇を噛む。

 昨日の高志の言葉を思い出すと、紗弥は表情が緩むのを抑えることが出来なかった。


「さ、紗弥……も、もしかしてだけど……その……八重君とあの後……キス的な事でもした?」


「………由美華」


「な、なに?」


 由美華の問いに、紗弥は無表情で由美華の方をジッと見つめる。

 見つめられた由美華は思わず、頬を赤く染める。


「さ……紗弥?」


「………なんで知ってるの?」


「やっぱりかぁぁぁぁ!! なんかそんな気したよ? 絶対そんな感じの事があった雰囲気だったもん、今日の二人!!」


 由美華は自分の予想が当たってしまった事に全力でがっかりしていた。

 箒から手を離し、由美華は涙目で紗弥に抱きつく。


「うわぁぁん! 紗弥が汚された~」


「え! 紗弥が!」


「とうとう!?」


「なにがあったの!?」


 由美華の言葉に、クラスに居た女子生徒が反応し紗弥に詰め寄る。


「なに! とうとうやったの!」


「なに! ナニをしたの!?」


「あんた達ド直球に聞き過ぎよ。で! 紗弥どうなの!? 何処までやったの! 電気は消してくれたの!?」


「「アンタの方がド直球よ……」」


 紗弥はクラスの女子数人に囲まれ、質問攻めにあってしまった。

 興味津々な様子で聞いてくるクラスメイトの女子生徒達に、紗弥は若干戸惑いながらも昨日の事を話す。


「なかなか八重君、やるわね」


「てか、由美華! なんでバレちゃったのよ!」


「仕方ないでしょ、あの馬鹿が音を出しちゃったんだから……」


「でも、良いなぁ~夜景の見える公園で初キス……」


 紗弥の離しを聞き、クラスの女子生徒はキャーキャーと盛り上がっていた。

 そんな女子の会話を聞き、教室に男子生徒達は静かに嫉妬の怒りを燃やす。


「あの野郎……とうとうやりやがった……」


「まだ希望があったのに!!」


「くそ! あんなに可愛い宮岡と……羨ましい!」


「高志の奴は何処に行ったぁぁ!?」


「探せぇぇぇ! 文化祭前に、あいつを血祭りに上げてやる!!」


「行くぞお前ら!!」


「「「おぉぉぉ!!!!!」」」


 男子生徒達は、準備を放って高志を探しに行こうとする。


「おぉぉ! じゃ無いでしょ!! アンタら仕事に戻りなさい!」


「し、しかし……」


「はぁ……本当にうちの男子は……」


「これだからモテないのよね~」


「な、なんだと!?」


 教室を出ようとした男子を由美華が止める。

 男子は教室のドアで立ち止まり、由美華の方を見る。

 女子は嫉妬に燃える男子に冷たい視線を送り、男子はそんな女子の視線に戸惑う。


「文化祭って、一番カップル出来やすいって言うけど……」


「準備の段階じゃ、うちのクラスで良い感じになる男女って居なかったしね……」


「まぁ、偶然を装って接近してくる男子は何人か居たけど」


「「「ば、バレている……」」」


 女子の言葉に、男子が精神的にダメージを受けていると、クラスの宣伝ポスターを張りに行っていた、高志と優一が戻ってきた。


「戻ったぞ、教室の準備は順調か? ……って、どうしたお前ら?」


「う、うぅ……高志の馬鹿野郎!! 羨ましいんじゃこんちくしょう!!」


「夜景の見える公園でキスだとぉ!? ふざけるな! 俺もそんな素敵な体験してみたいわ!!」


 男子は涙目で高志を罵倒する。

 しかし、高志は罵倒された事よりも、昨日の話が広まっている事が恥ずかしくてたまらなかった。


「な、なんで……お前らが……」


「このモテない男の敵が!!」


「優一、いつの間にそっち側に行ったんだよ……」


 気がつくと優一は、涙目の男子達に混ざり、高志を罵倒していた。

 なぜ、こんな事になっているのか、高志はふと紗弥の方を見る。

 すると、紗弥は手を合わせ、ペロっと舌を出して高志に謝罪する。


「さ、紗弥……」


 高志はそんな紗弥を見ると、なんだかどうでも良くなってしまい、紗弥を許した。


「まぁ、良いか。それより、早く準備しないか?」


「は! そうだ!! 文化祭は負けられないんだ!!」


 高志の言葉に、優一は芹那との約束を思いだし、落ち込む男子達に言う。


「野郎共! さっさと作業に取りかかれ!! 明日が本番だぞ!! 絶対に勝つぞ!! 彼女なんて今は関係ねー!」


「ゆ、優一……急にどうした?」


「準備なんて出来るか! 俺は……俺は彼女が欲しい!!」


「俺もだ! 文化祭でがんばっても彼女なんて……」


 急激にやる気を無くすクラスメイト。

 そんなクラスメイトに、優一は声を大にして叫ぶ。


「馬鹿野郎! うちのクラスの見る目の無い女子なんかにモテてなにが嬉しい!!」


「「「あ?」」」


 優一の言葉は、クラスの女子全員を敵に回した。


「そして女子! このクラスの冴えない男にモテて嬉しいか!?」


「そんなわけ」


「ありえない」


「冗談は顔だけにしてくれる」


 優一の言葉に、女子達は不機嫌そうに答える。


「そうだろう! だから約束しよう!! クラスの出し物が成功した暁には……俺がクラスの男女全員にぴったりの相手を紹介しよう!!」


「「「「!!!!」」」」


 優一の一言で、その場に居た女子と男子は衝撃が走った。

 普通ならそんな事は信じないが、それが出来てしまうほど優一は顔が広く、色々な噂を知っている為に、いろいろな情報を持っている。

 優一が本気を出せば、クラス全員にぴったりの相手を見つける事も出来る可能性があると、クラスの全員がそう思った。


「そ、それは……」


「本当……なの?」


「あぁ、俺は嘘は言わない! 約束しよう!! 俺がお前らをリア充にしてやる!!」


「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」


 優一の言葉に、クラスメイト全員が叫ぶ。


「やるぞお前ら!! さっさと作業に戻れ!!」


 優一の言葉で、クラスの生徒一同は一つの目標(欲望)により力を合わせ準備を続ける。

 一連の流れを見ていた、紗弥と高志はそんなクラスメイトを見て肩を落とす。


「うちのクラスは……」


「みんな必死ね」


 やる気を出すクラスメイトを見ながら、優一はぽつりと小声で言葉を漏らす。


「チョロいな……」

 

 いつかこいつは痛い目を見るのでは無いかと思いながら、高志は作業に戻る。


「高志、私も手伝う」


「あぁ、ありがと紗弥」


 紗弥と高志は二人揃って、小道具の飾り付けを始める。 


「紗弥、そこのはさみ取ってくれ」


「わかったわ……はい、あ……」


「あ……」


 高志に紗弥がはさみを渡す、その時二人の手がわずかに触れた。

 その瞬間、二人は咄嗟に顔を赤らめ、お互いを見つめる。


「おいこらそこ!! なに良い感じの雰囲気になってんだ! イチャついてないで、手を動かせ! ぶっ殺すぞ高志!!」


「お前ら………」


 そんな感じで準備はどんどん進んで行った。






 準備が終わり、いよいよ明日が本番となった日の放課後、高志は一人とある人物に呼び出されていた。

 誰も居ない体育館裏、高志はとある男子生徒と向かい合っていた。


「……なんで呼び出したのか、わかるか?」


「……あぁ、なんとなくだけどな」


 高志と向かい会っている相手、それは昨日屋上で紗弥に告白していた男子生徒だった。


「俺は、文化祭でどれだけ宮岡の事が好きか証明する。そして、お前に勝つ」


「………」


「何か言ったらどうだ? それとも負けるのが恐くなったか?」


 笑みを浮かべながら尋ねる男子生徒に、高志は息を一つ吐いて答える。


「いや、正直どうでもいいなって……」


「な、なんだと! お前、どういうつもりだ!!」


「どういうつもりって?」


「自分の彼女が他の男に取られるかも知れないんだぞ!! もっとこう……あるだろ!!」


「そう言われてもなぁ……正直、お前が何をしようと紗弥がなびくとは思えないっていうか……」


「なんだと!!」


 高志はつまらなそうな顔で男子生徒に答える。

 男子生徒は、容姿も良いし、背も高い。

 よほどの自身があるのだろう、話しをする態度から、男子生徒の自信が伝わってくる。


「お前が考えてるほど、紗弥は簡単じゃ無いってこと」


「付き合ってるからって、油断するなよ!」


「何をやるか知らないけど、告白でも何でもやれば良い、それは個人の自由だし……でも、もし紗弥に何か迷惑を掛けた時は……」


「な、なんだよ……」


 高志は男子生徒をにらみつける。

 高志の気迫を感じたのか、男子生徒は若干後ずさる。

 そして高志は、男子生徒に言い放つ。


「きっと、俺はお前を全力でぶん殴りに行く」


「はっ! お前みたいなもやし野郎に負けるかよ」


「だろうな」


「認めるのかよ…」


「いや、俺喧嘩とかしたこと無いし」


「かっこよく決めてもこれじゃあ台無しだろ!」


「そう言えば、お前なんて言うんだ?」


「今更か! 光輝(こうき)だ! 三竹光輝(みたけこうき)!」


「三竹な、じゃあ三竹、俺は紗弥の彼氏だから、言うべき事は言っておく」


「いきなりシリアスに戻るなよ……」


 すっかりツッコミ疲れてしまった光輝に、高志は真剣な表情で言う。


「紗弥は渡さない」


「そうかよ……ま、それくらい言える奴で良かったぜ、じゃないと張り合いがないからな」


 二人は互いを睨み、それ以上は何も言わずに、互いに反対方向に帰って行った。

 高志は昨日の一件が無ければ、こんな事は言えなかっただろうと思いながら、家路につく。

もう高志に迷いも、不安もない。

紗弥の気持ちを知り、自分の気持ちに気づいた高志は、何があっても紗弥を手放さないと決める。


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