第35話



「おい……おい!」


「え……あぁ、優一か……どうした?」


「どうしたじゃねぇ!! 指から血があふれてんぞ!!」


「え……あぁ、なんか指が暖かいと思った……」


「馬鹿野郎! 早く押さえろ!! おい! 誰かハンカチとか持ってねーか!」


 高志は屋上から戻り、作業をしていた。

 しかし、ぼーっとしていたせいか、指を切ってしまった。

 本人は血が垂れているなんて気がつかず、横を通り掛かった優一が異変に気がつき、高志の指を押さえたのだ。


「何やってんだよ、危ねーだろ?!」


「あぁ……わりい……」


「どうかしたか? なんかぼーっとしてるみてーだけど……」


「……いや……なんでもねーよ」


 高志は優一に笑顔で答える。

 そんな高志の笑顔に、優一は違和感を覚える。


「疲れてるのか? それとも、何か嫌な事でもあったか?」


「大丈夫だって。ほら、早く進めないと、準備終わらないぜ?」


「……まぁ、お前が大丈夫なら良いけどよ…」


 優一はそう言って、高志に絆創膏を渡して自分の作業に戻っていった。

 高志は指に出来た切り傷を見ながら思う。 

 あの屋上での出来事は、現実だったのだろうか?

 紗弥は、自分に嘘をついていたのだろうか?

 ようやく自分の気持ちがわかっただけに、高志はあの光景を思い出す度に、胸がちくりと痛んだ。


「おーい、男子! そっちはどんな感じ?」


「なんだ、御門か」


「なんだとは何よ! 女子の方は大体終わったわ、何か手伝うことはある?」


「いや、こっちも皆頑張ってくれてるからな、別に何もないな」


「そう。じゃあ、私たちは……って八重君!? 何してるの!」


「ん? お、おい高志!! 今度は腕から血が垂れてんぞ!!」


「え? あぁ……ホントだ」


 高志はまたしてもぼーっとして、切り傷を作ってしまった。

 話しをしていた優一と由美華は驚き、高志の元に近づいて、傷口を押さえる。


「おい、本当にどうした? お前らしくないぞ?」


「いや、ちょっと手を滑らせただけだ……」


「手を滑らせて、こんなに深く傷が付く?! しかも気がつかなかったって、八重君何かあったの?」


 由美華に言われ、高志はまたしても思い出してしまった。

 あの嫌な光景を……。


「高志? どうしたの、その怪我?! 血まみれじゃない!!」


「!! ……紗弥」


 由美華の声を聞いてやってきたのだろう、紗弥はやってくるなり、血まみれの高志に視線を向け、心配そうな表情で近づいてきた。

 いつもの高志なら、紗弥に笑顔で「大丈夫だよ」と言って、安心させるところなのだが、あの光景を思い出し、高志は紗弥から離れるように立ち上がり、傷口を押さえながら逃げるように教室を後にする。


「保健室に行ってくる……」


「あ、あぁ……行ってこいよ。今日の作業は終わりだからよ」


「あ、じゃあ紗弥、付いて行ってあげたら? どうせ心配でしょ?」


 由美華の提案に、高志は三人に背を向けて答える。


「いや、大丈夫……三人とも先に帰ってくれ……」


 高志はそれだけ言い残すと、保健室に一人で歩いて行った。


「高志! 本当に大丈夫?!」


 後ろから、紗弥の不安そうな声が聞こえてきた。

 高志はその言葉に立ち止まり、無理矢理に笑顔をを作り、彼女に言う。


「大丈夫」


 高志はその一言だけを言い残し、保健室に向かった。

 紗弥はその笑顔を見ても、安心することが出来なかった。

 逆に、紗弥はなんだか嫌な予感がした。

 どんどん離れて行く高志を見て、なんだかすごく不安になった。

 このまま高志が、自分の元から離れて行ってしまうような気がした。


(追いかけなくちゃ!)


 紗弥はそう思って、高志の後を追った。


「あ、宮岡さん」


「せ、先生。何か用ですか?」


「えぇ、ちょっとお願いがあるんだけど、今良いかしら?」


 紗弥は世界史の先生に捕まってしまった。

 先生の話しを聞いている間も、高志はどんどん離れて行く。


「すいません、急いでいるので」


「あら、ごめんなさい、じゃあ他の人にお願いするわ」


「失礼します」


 紗弥はそう言って先生に頭を下げ、高志を追う。

 しかし、高志の姿は既に何処にも無かった。

 目的地はわかっているので、紗弥は保険室に急いだ。

 追いかけなければ、何かとんでも無いことになる予感がした。


「失礼します!」


「おや? どうかしたのかい?」


「先生、さっき男子生徒が来ませんでしたか?!」


「あぁ、来たよ。でも絆創膏をあげたらすぐに帰っちゃったよ」


「そう……ですか……」


 保険室の男性教師は、紗弥に笑顔で答える。

 紗弥は先生の話を聞きくと、保健室を後にした。


「……これでいいの?」


「はい、ありがとうございます」


 紗弥が保険室を後にした後、高志はベッドのカーテンから姿を現した。

 高志は先生にお礼を言うと、近くの椅子に座って傷を先生に見せる。


「急に来て、隠れさせてくれ、なんていうから、何事かと思ったよ……彼女と喧嘩でもしたのかい?」


「いえ……ただ、今は会いたく無くて…」


「それを喧嘩って言うんじゃないのかな?」


 先生は高志の腕の傷を見ながら答える。


「随分ざっくりいったんだねぇ、痛くなかったのかい?」


「……それ以上に、なんか色々気になっちゃって…」


「なるほど、深い傷を負ったのは心の方だったって事か……」


 先生は高志に笑みを浮かべながら話す。

 そんな先生に、高志はおもわず尋ねる。


「先生は……浮気とかされたことありますか?」


「君は彼女に浮気されたのかい?」


「………確定ではありませんが……」


「ハハハ、そうかい、そりゃあ災難だったね」


「笑い事じゃ無いですよ……」


「ごめんごめん、浮気か~……僕はそう言う経験は無いよ」


「そうですか……」


「でも、一つ言えるとしたら……ちゃんと話しをしないと、わからないよね」


「………そうですよね」


「現実から目を背けたい気持ちもわかるけど、彼女とちゃんと話しをしないと、解決しないよ?」


「わかっては……いるんですが……」


「まぁ、そりゃあ聞きづらいよね」


「はい……」


 聞いて、もしも高志の予想通りの答えが返ってきたらと思うと、高志は恐かった。


「もうすぐ文化祭だし、そのときにでも聞いてみたらどうだい?」


「……そうですね、聞かないと始まりませんもんね」


「そうそう……はい、完成」


 話している間に、処置は終わっていた。


「ありがとうございます。じゃあ、失礼します」


「頑張ってね、応援してるからさ」


「はい」


 高志は先生にお礼を言い、保険室を後にした。

 鞄を取りに教室に戻ると、そこには紗弥が一人で待っていた。

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