第16話



 あっという間に時間は過ぎ、現在の時刻は夕方の五時。

 高志と紗弥は、帰りの電車に乗って、家に帰宅する途中だった。


「今日は楽しかったよ」


 電車に乗り、高志の隣に座った紗弥が笑顔で言う。

 自分はちゃんとデートが出来ていただろうか?

 そんな事を帰宅途中に振り返っていたが、紗弥の顔を見て、そんな心配が無いことを知る。

「なら良かったよ」


 安心したような柔らかい表情で、高志は紗弥に言う。

 すると、紗弥は映画館でしてきたように、高志の肩に頭を乗せ、寄りかかってきた。

 一日歩いたのだから、疲れたのだろう。

 高志はそう思い、紗弥に何も言わずに肩を貸した。

 少しして、紗弥は眠ってしまい、高志はそんな紗弥を見て笑みを浮かべていた。

 しかし、すぐに周囲の視線に気がつく。

 電車に乗っている人(男)が、鋭い視線を高志に向けていた。


「………」


(この視線にも慣れなきゃな……)


 隣で寝息を立てる紗弥を他所に、高志はそう思う。

 スマホを弄って、視線から気をそらし、高志は目的の駅に早く着いて欲しいと願った。


「紗弥、紗弥」


「ん? ……ごめん、寝てた……」


 駅に到着し、高志は紗弥を起こした。

 まだ寝ぼけている紗弥の手を引き、高志は電車を降りて駅のホームにあるベンチに紗弥を座らせる。


「そろそろ目覚ましたか?」


「うん、ちょっと疲れちゃって、早く帰ろっか」


 紗弥が完全に目を覚まし、高志と紗弥は再び帰り道を歩き始めた。

 高志は、紗弥を送って行こうと、紗弥の家に向かって足取りを進めたが、何故か紗弥がそれを拒んだ。


「え? 良いのか、送って行かなくて?」


「うん、て言うか……来ない方が良いかも……」


 何故か目を反らし、気まずそうな表情で話す紗弥。

 紗弥の家までは後数分、住宅外だし心配は無いが、高志は何故、今日は自分が家に来るのを拒むのかが気になった。


「まぁ、それならここで分かれるけど……ほんとにどうしたの?」


「えっと……そのうち教えるけど……今はちょっと……あ、嫌いになったとかじゃないから!」


 歯切れ悪く言う紗弥に、高志はそれ以上何も聞こうとは思わなかった。

 隠したい事もあるだろうと思い、高志は笑みを浮かべて紗弥に言う。


「わかってるよ、じゃあまたね」


「うん……最後に……」


 紗弥はそう言うと、顔を赤くしながら高志に向かって両手を広げる。

 

「ぎゅってして……」


「……えっと……ご近所で噂になったら大変では?」


「今は誰も居ないから……お願い」


「うっ……だから、その表情は卑怯だ……」


 高志は紗弥の上目遣いでのお願いに負け、紗弥を抱きしめようと近づく。

 しかし、誰も居ないと思われた周囲に、一人の人影があった。

 人影は、紗弥と高志を見つけると、二人の方に向かって全力でダッシュしてきた。


「紗弥ぁぁぁぁぁ!」


「「?!」」


 紗弥の名前を叫びながら、全速力でダッシュしてくる人影を発見し、紗弥と高志は驚いて離れる。

 そして、その人物の正体に気がついたらしい紗弥は、肩を落として溜息を吐き、呟く。


「パパ……」


「パパ!?」


 まさかの紗弥の父親の登場に、高志は驚く。

 紗弥の父は二人の前にやってくると、呼吸を整え高志に言う。


「貴様かぁ! うちの娘をたぶらかすクソ野郎はぁ!!!」


「えぇ……」


 初対面から、紗弥の父親の高志に対する好感度は最悪だった。

 ダンディーな感じの顔つきに、年相応のお洒落な服装。

 母親も美人だったが、父親も男前だなと高志は感じつつも、この状況をどうしたら良いか、わからずにいた。

 すると、さきほどまで落胆した様子だった紗弥が、父親に向かって口を開く。


「パパ! なんでここに居るのよ!」


「さやたん! なんでこんな奴と買い物なんかに! 買い物なんか、パパがどこでも好きなところに連れて行ってあげるのに!!」


「え? 紗弥…たん?」


 他の家の事情にあまり口を挟む気は無い高志だったが、流石に父親が娘をそう呼ぶのはまずいのでは無いかと思う高志。

 

「その呼び方やめてって行ってるでしょ! はぁ……これだから、今朝はお父さんが寝ているうちに家を出たのに……」


 なんとなく、今朝の出来事と紗弥の言っていた言葉の意味を理解し始める高志。

 恐らく、紗弥の父親は、紗弥を溺愛しているのであろう、彼氏なんか家につれて来た日には恐らく追い返す勢いなほどに。

 だから、紗弥は高志と父親を合わせないように、休日の今日はあまり高志を家に近づけたくなかったのだろう。


「貴様ぁぁぁぁ!! うちのエンジェルを一日中好き放題しやがって!! 許さん! 許さんぞ!!」


「お、お父さん…落ち着いて下さい!」


「誰がお父さんだ! 貴様にそう言われる覚えはない!!」


 紗弥の父親の怒りが、高志に向いた丁度その頃__。


「えい」


「ぐへっ! ……」


「もう、貴方ったら、何をやってるのかと思えば……高志君、大丈夫?」


「あ、紗弥のお母さん…」


 やってきたのは、紗弥の母親だった。

 右手にはフライパンを持っており、そのフライパンで紗弥の父親の頭を叩いた様子だった。 紗弥の父親は道路に倒れ、そのまま気絶した様子だった。


「全く、うちの人は未だに子離れ出来なくて困っちゃうわ~」


「だ、大丈夫なんですか……これ?」


「心配しなくても大丈夫よ、いつもの事だから」


(いつもって……)


 助けてくれたのはありがたかったが、フライパンを持って笑顔で話す紗弥の母親に、高志は少し恐怖を覚えた。


「じゃあ、私はこの人連れて行くから、紗弥と高志君はお別れ済ませてから来なさい」


 そう言って紗弥の母親は、紗弥の父親を引きずって家に帰って言った。

 残された高志と紗弥は気まずい空気になってしまった。


「ごめんね……高志…」


「さ、紗弥が謝る事じゃないだろ?」


「……うちのパパ、あんな感じで面倒臭いのよ……」


「う、うん……なんとなくわかった」


 少しの沈黙、高志はなんと声を掛けて良いかわからなかった。

 紗弥は俯き、寂しそうな表情を浮かべながら、高志に向けて口を開いた。


「……パパがあんなだから、合わせたくなかったの……嫌われるの……嫌だったから……」


 さっきまで笑顔だった紗弥の表情が曇る。

 高志はそんな紗弥を見て、笑顔を向ける。


「まぁ、びっくりしたけど……紗弥が悪いわけじゃないし……それに、こんなことぐらいで嫌いにならないから」


「……ホント?」


「うん、それに……今日は楽しかったし……また紗弥と出かけたいから……」


 頬を赤く染めながら高志は紗弥に言う。

 紗弥は高志の言葉を聞き、無言で高志に抱きつく。


「……ありがと」


「あ、あぁ…気にすんなって……」


 力一杯抱きしめられ、高志もドキドキしながら、ぎこちなく紗弥の体を抱きしめる。

 高志は、こうやってちゃんと紗弥を抱きしめるのは、初めてだった。

 

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