第25話 父と子の会話 

 翌日、出張明けと言う事もあり、早く帰宅できた俺は、家族全員で夕食を食べてから、佳代に尻を叩かれて子供部屋に向かった。

「翔。ちょっと話があるんだが、構わないか?」

 ドアを開けて顔を覗かせると、ブロックで遊んでいた翔が縁に言い聞かせる。


「いいよ。縁、ちょっと一人で遊んでいてくれる?」

「うん!」

「じゃあ縁があきるまでに、さっさと話をおわらせてくれる?」

「……ああ」

 そして男同士向かい合って座り、俺はまだ小さい翔にどう言い聞かせたものかと迷いながら口を開いた。


「その……、何だ。誰でも、運命とか宿命とかは持っているもので、それで人生が決まっているようなものなんだな……。生憎と、予めそれを知ることができないのが、とても厄介なんだが……」

「……だから?」

 翔。何やら、ものすごく胡散臭そうな目で見るのは止めてくれないかな?

 お父さん、結構心理的ダメージを受けるんだが……。


「勿論、それは人間に限らず、地球上に生きとし生けるものは全て、同じことが言えるんだが……」

「…………それで?」

「いや、その……、ちょっと言いにくいんだが……」

(さっきから、何をぐだぐた言ってるのよ!)

 翔が益々冷たい眼差しを向けてくるのに加えて、ドアの隙間からこちらを覗き込んでいる佳代が、怒りのオーラを放っているのは分かるが、俺にどうしろって言うんだよ!?

 内心でキレかけた俺だったが、そこで翔があっさり核心に触れた。


「ようするに、パパはミミがしんじゃったって言いたいの?」

「……ああ。簡単に言えばそう言う事だが、どうして分かった?」

「なつにおじいちゃんちに行ったとき、おとしよりだし弱ってるって言ってたよね?」

「それはそうだが……」

 おい、凄く淡々としてないか?

 本当に、死んだ意味が分かってるのか?

 あれだけなついていたのに、悲しくないのか?

 俺は頭の中で色々な考えを巡らせていたが、当の本人は見る限り平常運転だった。


「人がしんだらおそうしきをするけど、猫はしないのかな?」

「ええと……、ちゃんと花で飾って火葬したらしいぞ。母さんが写真を送ってきた」

「見せてもらっていい?」

「ああ」

 そこで佳代から俺のスマホに移して貰ったデータを見せると、翔は深く頷いて納得したようだった。


「猫さんのかんおけってあるんだね。人間用しかないとおもってた」

 突っ込む所はそこかよ!?

 正直そう思った俺だったが、そのまま話を続けた。


「今は、色々な動物用の物が揃っているらしいな。それによって焼却時の燃焼温度や時間も替えるらしいし」

「これ、おにわの木の下に、ほねや灰をうめてるの?」

「ああ。栗の木の所だな」

「そう……。そこがミミのおはかだね。こんどいった時に、おはか参りするよ。ところで、これで話はおわり?」

「そうだが……」

「じゃあもういいよね。縁、おまたせ。またいっしょにあそぼう」

「うん、にいに~」

「…………」

 そして予想に反して最後まで冷静に話を終わらせた翔は、笑顔で縁に向き直って再び一緒に遊び始めた。

 それに納得しかねた俺だったが、ドアの向こうから佳代が手招きしているのを見て、そのまま何も言わずに部屋を出た。


「太郎、お疲れ様」

 その労いの言葉に、俺は憮然としながら言い返す。


「何だか拍子抜けだな。もっと大泣きするかと思っていたのに」

「確かに、少しは動揺するかと思っていたけど、冷静よね。助かった事は助かったけど」

「意外に薄情な奴だったんだな。あんなになついて、散々遊び相手をして貰っていたのに」

「まだ子供だから、それは仕方がないんじゃない?」

「それはそうかもしれないがな……。少しミミが気の毒になってきた」

「ちょっと、今になって泣かないでよ」

 不覚にも涙が浮かんできて、佳代に慰められる事になってしまったが、実は俺達が考えている以上に、翔には色々と思うところがあったらしい。

 俺達がそれを知るのは、それから更に一年以上が経過してからだった。

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