第24話 大往生

 秋も深まった頃、帰宅すると実家から栗が詰まった小さめの段ボール箱が送り付けられており、それを佳代から聞いた俺は、着替えを済ませた直後に電話をかけた。

「母さん、太郎だけど。栗届いたよ、ありがとう。結構あるけど、イガを剥くのが大変だったろう?」

 その問いかけに、母さんが笑いを含んだ声で返してくる。


「慣れれば大した事は無いし、去年も翔君が喜んでくれたから、お父さんが頑張ったから気にしないで」

「そうか。確かに栗ご飯が気に入って、お礼の電話をしていたな。……そう言えば最近、猫達の様子はどうなんだ?」

 そこでリビングに隣接したキッチンにいる佳代と翔に聞こえないように、声を潜めて問いかけると、向こうも反射的に小声になりながら応じる。


「相変わらずね。ハナも滅多に外には出なくなったし」

「これから寒くなるし、猫の出入口はちゃんと閉じておけよ?」

「それはもう済ませてあるから大丈夫よ」

「それから良いが……。ああ、今年も年末年始のどこかで顔を出すから」

 ついでに思い出した事を口にしてみると、母さんが平然と言葉を返してくる。


「私達はいつでも良いわよ? どこにも出掛ける予定は無いし」

「それは分かっているけど、一応な。それじゃあ詳しい日付は、十二月に入ったら連絡する」

「そうして頂戴。それじゃあね」

「ああ」

 そこで話を終わらせて何気なくキッチンに目を向けると、楽しげな佳代達の声が聞こえてくる。


「じゃあ今夜のうちに準備をしておくから、明日は栗ご飯にするわね」

「やったー!」

「翔、俺から礼を言っておいたが、冬におじいちゃんの家に顔を出した時に、お前もちゃんとお礼を言うんだぞ?」

「うん、分かった!」

 俺の台詞にも翔は上機嫌に応じ、それからの話題は翌日の栗ご飯の事のみになった。


 ※※※


 何かと慌ただしい十二月に入り、泊まりがけの出張から帰って来ると、リビングで待ち構えていた佳代が真顔で言い出した。

「お帰りなさい。太郎、疲れているところ悪いけど、ちょっと話しておきたい事があるんだけど」

「何だよ? さっさと風呂に入って寝たいんだが」

 疲れているのに明日じゃ駄目なのかと言う空気を醸し出しながら、俺がソファーに乱暴にコートと上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外したが、佳代は構わずに話を続けた。


「昨日、お義母さんから連絡が来たの。太郎が出張中だと話したら、戻ったら伝えて欲しいと言われたんだけど」

「だから何を?」

「ミミが昨日死んで、今日火葬にしたそうよ」

「…………は?」

 言われた言葉がすんなり頭に入らず、俺は動きを止めて佳代を凝視した。そんな俺を見ながら、佳代が冷静に話を続ける。


「昨日の朝に寝床から起きてこなくて、声をかけても無反応で、その時点で脈も止まっていたらしいわ」

「マジで、眠るように死んだって?」

「お義母さんの話ではそうなの。異常を感じたらしいハナが、暫く背後から脚を回してミミに抱き付いて離れなかったけど、体温が下がって冷たくなったらさすがに死んだと察して離れたらしいわ。それから一応、獣医さんの所に連れて行ったそうよ。そこできちんと死亡が確認されたって」

「やっぱり、老衰って事か」

 最近は、ペットでも人間と同じように心臓病とか糖尿病に罹患して死ぬ場合もあるらしいし、寄生虫とかで死ぬ事もあるって聞くからな。人間じゃないが、大往生って奴なんじゃ無いだろうか。

 最後まで面倒をかけない奴だったなとしみじみ考える中、佳代の話は続いた。


「獣医さんの話では、変に病気にならずに済んで良かったらしいわ」

「良かったとか悪かったとかの話じゃないと思うがな……。大丈夫なのか、その獣医」

「それで、動物病院とか火葬場にミミだけ連れて行こうとしたら、ハナがまとわりついてお義父さん達から離れなかったみたい。仕方がなくて、一緒に連れて行ったそうよ」

「生まれた時から、ずっと二匹一緒だったからな……。猫でも、色々感じるものはあるんだろうな」

「それで、これがお義母さんから、諸々の説明き添付されてきた写真なの」

 しんみりした気持ちで、佳代のスマホに入っている画像を見せて貰った。

 そこにはミミの寝床に無理やり入り込み、横向きに寝ているミミの背後から抱き付くようにしているハナの写真。小さなペット用の棺桶に収まるミミの周囲に、花が並べられている写真。父さんが、どうやら骨と言うか灰を集めている写真。最後に何かの木の根元に穴を掘り、それを埋めている写真があった。


「これ……、遺骨と言うほど原形は残っていないが、庭の栗の木の根元に埋めたのか?」

 周りの様子から察しを付けると、佳代が軽く頷く。


「ええ。お墓代わりにするそうよ。それでね。どうしようかと思って」

「何を?」

「まだ翔に、何も言って無いのよ」

 そんな事を困り顔で言われた俺の顔が、盛大に引き攣った。


「……まさか出張から戻って来たばかりの俺に、翔に説明しろとか言うのか?」

「まさか、そんな事は言わないわよ。もう翔は寝ているから、明日説明してくれれば良いわ」

「どのみち俺が話すのか!?」

「だって太郎の実家の飼い猫だし、私達より遥かに付き合いが長いんだから当然よね?」

「いや、ちょっと待て。おかしいだろ? 翔と接する時間は、お前の方が遥かに長いだろうが?」

「父と息子のそんな疎遠な関係を濃密にする、またとない機会よ。人生とは何か、二人で熱く深く語り合って頂戴。止めないから」

「いや、それは絶対、単に自分が嫌な事を、俺に押し付けているだけだよな!?」

 それから俺達の不毛な押し付けあいの論争は三十分程続き、結局俺は口では佳代に勝てない事を、再認識する羽目になった。

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