第21話 ふと考えた事

縁が生後七ヶ月を過ぎ、翔の幼稚園が春休みに入ったのに合わせて、俺達は一家全員で実家を訪れた。


「ミミ、ハナ! みてみて! きょうは縁をつれて来たよ!」

「なぅ~?」

「にゅあ~ん」

 玄関から上がり込むなり、佳代に抱かれた妹を手で指し示しながら満面の笑みで報告する翔。対するミミとハナは、初めてみる縁に首を傾げる。

 とは言っても、翔が赤ん坊の時より不思議そうな反応では無く、俺達と同じ人間だと分かっている気がする。

 あくまでも、そういう気がするだけだが。


「ほら、かわいいよね~? もうね、ねがえりもできるんだよ! ママ、下ろして」

「しょうがないわね。ちゃんと見ていてよ?」

「だいじょうぶ! ほら、縁、やってみせて!」

 リビングに入っても、翔の妹自慢は止まらず、佳代に頼んで縁を床に寝させる。そして翔が呼びかけると、最近寝返りを覚えて腹ばいになるのが面白くなっているらしい縁が、短い手足をばたつかせたと思ったら、見事に半回転して腹ばいになった。


「あうっ! ほうっ!」

「にゃうっ!」

「みゃあっ!」

「すごいよね~!」

 猫達の歓声に翔も満面の笑みで応じ、それを見ていた俺達は笑いを誘われた。


「盛り上がってるな」

「来た早々、騒がしくてすみません」

「元気で結構じゃないか」

「縁ちゃんも、手首や足首がむっちりして、健康的ね」

 そんな話をしていると、まだハイハイはできないものの、しっかり頭を上げ、手を伸ばして掴んだりできる縁が遊べるように、翔がミミの身体の向きを替え、縁の前で尻尾を左右に揺らして鬼ごっこをするように頼み込んでいた。


「あのね、ミミ。からだそっち向けて、しっぽをこうやって? それで縁、つかまえてあそぶから」

「なぅ」

 それから少しの間、ミミが言われた通り縁の目の前で尻尾を揺らし、縁は一生懸命その動きを目で追いながら手を伸ばしていた。


「にゃーにゃ! あうっ! なーっ!」

「あはは、縁、がんばれー!」

 そんな光景を見ながら、母さんが微笑ましそうに感想を述べる。


「翔君はすっかりお兄さんね」

「はい。縁の面倒を見てくれるので、助かっています。寝かしつけてくれますし、時々はオムツも替えてくれますから」

「そいつは凄いな」

「本当ね」

「ふぎゃあ~っ!」

「え?」

「何だ?」

「どうしたの?」

 そこでいきなりミミの悲鳴が上がり、俺達は驚いて視線を向けた。すると翔が慌てながら、縁の手からミミの尻尾を引き抜きつつ言い聞かせているところだった。


「あぁあ、縁! しっぽ食べちゃだめだから! めっ!」

「め?」

「そう、もぐもぐじゃなくて、ぱしっ! だけだよ!?」

「うっ!」

「ミミ、びっくりさせて、ごめんね?」

「にゅあぁ~」

 幾分強い口調で言い聞かされた縁は、翔を見上げながら力強く頷き、二人に向き直っていたミミは、尻尾を身体の後ろに隠しながら些か情けない声を上げた。それを目の当たりにした両親は、揃って苦笑する。


「縁ちゃんは、好奇心旺盛みたいね」

「ただでさえ、何でも口に入れたがる時期だろうしな。翔に見張っていて貰えば安心だな」

「はい。翔も凄く気をつけて、細かい物を片付けてくれているので。昨日も床に落ちていた煙草の箱を回収して『あぶないよ! 縁が口にしたらどうするんだよ!』と太郎にお説教していました」

「お前も相変わらずだな……」

「息子にまで、面倒をかけるなんてね……」

「…………」

 佳代……。お前どうして、ここでそのネタを出す……。やっぱり未だに怒ってるんだな?

 俺は両親から呆れ半分叱責半分の視線を向けられながら、これ以上の薮蛇にならないように口を噤んだ。


「よし、こんどはおにごっこ! ミミ、ハナ、にげて!」

「あ~うっ!」

「みゃうぅ~」

 初めてここに翔が来た時よりハイハイができない縁だったが、ズリハイでやる気満々の声を上げた。それにハナが応じて背後を振り返りつつ余裕で歩き出したが、何故かミミはその場にうずくまって丸くなる。


「あれ? ミミは行かないの? それじゃあミミは、ここでまっててね?」

 翔が断りを入れてハナと縁に付いて移動すると、ミミは窓際の日当たりの良い所まで歩いて行き、そこで再び丸くなった。


「うん? ミミ? お前行かないのか? お前の方が面倒見が良いと、思っていたんだが」

 縁と遊んで疲れたのなら悪かったなと思いつつ声をかけると、両親が困惑気味に顔を見合わせてから事情を説明してきた。


「実は、ミミは少し前から、あまり外に出なくなってな。食事の量も微妙に減ってきているし。動きたくない気分なのかもしれん」

「どこか具合が悪いのか?」

「動物病院で診て貰ったが、特に異常は無いそうだ。だがミミ達は、もう十二歳だからな」

「猫の年齢で言えば、私達以上のおばあさんなのよね」

「そう言えば、もうそんな年か……。貰われてきたのが、つい昨日のような気がするけどな」

 そこで俺はなんとなく立ち上がり、ミミの側まで行ってしゃがみこんだ。そして軽く、ミミの身体を撫でてみる。


「心なしか、毛艶が悪くなっている気がするな。大丈夫か?」

「にゅあぁ~ぅ」

 一声低く鳴いたそれは、「余計なお世話」とか「邪魔するな」と言う風に聞こえ、俺は苦笑せざるを得なかった。


「今日は美味い鮪を、土産に持って来たからな。味わって食べろよ?」

「みゃっ!」

 その途端、振り向いて俺を見上げながら、力強い返事を返してきたのを見て、俺はまだまだこいつはくたばったりはしないだろうと実感した。

 事実、夕食時に鮪のお相伴にありつけたミミとハナは、なかなかのスピードでそれを平らげていた。


「相変わらず、食い意地の張っている奴らだな」

「あれだけ食べていれば、心配無いんじゃない?」

「そうだな」

 最初は少し心配そうな顔をしていた佳代も同意見らしく、俺達は微笑ましく猫達の食事風景を見守った。


「ミミ、ハナ。いっしょに寝よう!」

「なぁう~」

「みゅあ~」

 一応、客間に猫達の寝床は移動させておいたが、翔が自分の左右を両手で軽く叩きながら声をかけると、二匹は素直に応じて翔の左右で布団に潜り込んだ。


「すっかり慣れているな」

「本当ね」

 一人と二匹で熟睡している光景は、見る人の心を和ませる光景だと思うが、後何年これを見る事ができるのだろうかと、俺はこの時初めて考えた。

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