第22話 予感 

 翌日もうずくまったミミの前で、同様に腹這いになりつつ、興味津々で凝視している縁。 

 縁の好奇心旺盛な所と、逃げないミミの我慢強さに感心していると、翔が横に座りながら尋ねた。


「縁、ミミが気にいった?」

「あうっ! なぁ~にゃ!」

「そうか。おともだちだね」

「なっ! だあ~」

「にゃうぅ~!」

 兄の問いかけに元気良く頷き、笑顔でミミに手を伸ばす縁。しかし顔面に伸ばされたそれからミミは嫌そうに顔を背け、似たような事をこれまでにやってきた翔は、慌てて注意した。


「あ、しっぽやはな、ダメ。あたまはいいよ?」

「め?」

「そう。これはいい、これはダメ。わかった?」

「あうっ!」

 縁の手を持って、教育的指導を徹底していく翔。

 凄いな、翔。俺にはお前が、眩しく見える……。


「にぃ~、ふぅ~」

 まだあまり腕の力が強くない縁が、上半身を持ち上げておくのが限界になったらしく、ぺたりとうつ伏せになったのを見て、翔は苦笑しながら縁の位置を動かした。


「つかれた? ごろんしていいよ?」

「うぅ~」

「なぅう~」

 そして二列になったミミと縁が横向きで見詰め合うなか、やはり仲間外れが嫌なのか、様子を見に来たハナを翔が手招きする。


「ハナもおいで~。縁、いいこだよ~」

「みゃ~う」

「よいしょ、っと。ポカポカだねぇ」

「みゃうぅ~」

 ハナは縁の頭の辺りで丸くなり、翔もミミを見ている縁の背中側でごろ寝を始め、一帯にはまったりとした空気が漂っていた。

 そんな光景を眺めながら、俺達が語り合う。


「縁も違和感なく、猫達と馴染んだな」

「本当ね。それに縁に合わせてくれたのか、あまり歩き回ったりしないし」

「まあ、ミミがあまり歩き回りたくないって言うのが、大きいとは思うがな」

「縁ちゃんが大きくなっても、外を駆け回る事は無さそうで、ある意味安心だけどね」

「違いない」

 あまり笑い話にもならないが、確かに縁まで引き連れて探検に出られたら、心配で堪らないだろう。父さん達の口調や表情だと、翔だけを預けた時は結構やんちゃな事をやらかしていたみたいだからな。

 俺達の前で、そんな風に暫くゴロゴロしていた二人と二匹だったが、また動き出した。


「なうっ!」

 ミミと一緒に転がっていたハナが、一声叫んで立ち上がり、数歩ドアに向かって歩いてから立ち止まって振り返った。それを見た翔が、ハナに向かって確認を入れる。


「ハナ、今日もいっしょにおにごっこしてくれるの?」

「うにゃあ~ん」

「よし、縁。ハナをおいかけるよ!」

「あ~っ!」

 どこかのんびりと(仕方がないから付き合ってやるか)的な空気を醸し出しながらハナが応じると、翔と縁は嬉々としてハナの後を追った。しかし当然縁に合わせてその進みは遅く、ゆっくりと一塊になってビングを出て行く。

 しかし予め階段や段差、危険物のある所には行けないようにしていた為、俺達は翔に縁を任せて、安心して見送った。そして佳代が両親と世間話を再開させる中、俺は単独でその場に残ったミミに目を留め、無言で彼女に歩み寄った。


「翔の時には散々面倒見てくれたのに、寄る年波には勝てないってか? 切ないな」

「……なぅ」

 しゃがみながら蹲っているミミに声をかけると、面白く無さそうな声が短く返ってくる。俺は口元を僅かに歪めながら、両手を伸ばした。


「よし、そんなに動きたくないなら、俺が抱えて散歩でもしてやるか?」

 そう言いながら俺はミミの前脚の後ろに両手を差し入れ、その身体を掴んで立ち上がりつつ抱え上げた。

 すると記憶にあった重量より軽く感じたミミの身体が、床に向かってだらーんと力なく垂れ下がったのを見て、俺は密かに衝撃を覚えた。


「うなぁ~」

「お前……、昔はもっとデブ猫でも、身体が引き締まってもっちりしてたのにな……。なんだよ、この骨と皮だけっぽい、ペラペラの身体は……」

 何するんだ。余計な事をした上に勝手な事をほざくなと、恨みがましい目で見られたが、昔のミミだったらこんな風におとなしくしていたりはせず、暴れて俺の手から抜け出して逃走した筈だ。

 もうあんなずっしりくる重みを体感できないのかと思うと、不覚にも涙が出そうになった。しかしそんな事で湿っぽくなっているようでは、絶対親や佳代に馬鹿にされると思い、何とか堪える。

 そして何事も無かったようにミミを再び床に下ろすと、タイミング良くそこら辺を一回りした翔達が戻って来た。


「ただいま! たんけん終わり! きゅうけい!」

「にゅあぁ~」

「あぁ~!」

 俺達が元気良く挨拶した二人と一匹に「おかえり」と声をかけると、そのまま元通りミミの周りに集まった。


「にゃん、にゃん、にゃあぁ~ん!」

「にゅぁ~」

 ミミの隣に転がり、縁がその前脚を掴んで上機嫌に上下に振る。それに相変わらず辛抱強く付き合っているミミ。

 ひょっとしたら縁は大きくなった時にお前の事を覚えていないかもしれないが、もう少し付き合ってやってくれと、俺は心の中でミミに声をかけた。

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