第19話 自立への第一歩
ミミ達と夢中で遊んでいる翔を眺めていると、いきなりしゃがんでミミ達に背中を向けた。
「じゃあ、ハナ。おんぶ」
「にゃう~?」
そんな事を言われても、ハナは勿論、ミミにも意味が分からんぞ? やっぱり二匹揃って、首を傾げているし。
「ほぅ、偉いな翔。お兄ちゃんの練習か?」
「うん! おんぶ、してあげる!」
「そうかそうか。それならハナ、ちょっと付き合ってくれ」
「みゅうぅ~」
父さんがハナを両手で持ち上げ、両腕を背後に回している翔の背中に乗せた。すると翔は両手でハナの身体を支えつつ、ゆっくり立ち上がって歩き始める。
……何とも、調子っぱずれな歌と共に。
「お~んぶ、おん~ぶ、お~ん~ぶ~」
子守歌を聞いた時にも思ったが、元々の歌が破天荒な代物なのか、それとも翔の音感に著しく問題があるのか……。
翔自身の為に、後者ではない事を切に願う。
「にゅ~、うにゃっ!」
「え? なに?」
そこで自分だけ除け者とでも思ったのか、ミミが一鳴きして翔に駆け寄った。と思った次の瞬間、ハナが収まっていた背中に、かなり強引に飛び乗る。
「にゃっ!?」
「みぎゃっ!」
「うわわ、おっとっと」
ハナの肩越しに、翔の肩に掴まるミミ。その体重がかかるハナは、機嫌悪そうに声を上げたが、翔は急に重量が増えてよろめきながらも踏ん張った。
「あらあら、ミミまで乗って来ちゃったわ」
「翔、重くないか?」
「だいじょーぶ! しょー、おにーちゃんだもん! がんばる!」
「よしよし、頑張れ」
「ミミ、ハナ、しっかり掴まっていなさいね」
両親がそう声をかけると、翔はしっかりハナ達の身体を支えておんぶを続けた。
「お~んぶ、おん~ぶ、お~ん~ぶ~」
「翔君はやる気満々ね」
「お前よりはるかに、赤ん坊の世話をしそうだな」
「……そうかもな」
苦笑いしながらからかってくる両親に憮然としていると、翔がいきなり何かに気付いたように立ち止まり、ミミ達から手を離した。
「あ、わすれてた!」
「うにゃっ!?」
「にゃぅっ!?」
必然的に床に落ちるミミとハナ。しかしさすがに猫であり、動揺した声を上げたものの、危なげなく床に降り立った。
やっぱり子供だ。危ないだろ。完璧なお兄ちゃんへの道は、まだまだ遠そうだな。
そんな事を考えながら、翔が何を思い出したのか眺めていると、持って来たリュックサックの中から何かを引っ張り出し、両親に向かって差し出した。
「おじーちゃん、おばーちゃん、しょー、おやすみちゅう、これするの」
「あら、何かしら?」
「ええと……、ひとりでねる。ひとりでおきる。ひとりできがえる。ねこにごはん」
真剣な顔で手にした紙を凝視しながら、読み上げる翔。さすがに驚いたが、俺が口にする前に父さんが翔に尋ねた。
「翔は、もうひらがなが読めるのか?」
「うん。ママ、おしえた」
「そうか、凄いぞ」
「それにしても、随分難しいわね。一人で寝られるかしら?」
「あのね、ミミとハナ、いいんだって。にひきだから」
それを聞いた両親は、揃って苦笑した。
「確かに一緒に寝ても、一人と二匹だな」
「なるほどね。じゃあミミとハナの寝床は、翔君の部屋に置くわね」
「うん、おねがい」
確かに下に子供ができて手がかかるから、この際少しでも翔に自立させようって気持ちは分かるが、少々厳しくないか?
どうせ俺が頼りにならないからって、言っているようにも聞こえるんだが……。これは俺のひがみでは無い筈だ。
「これ、パジャマ。これ、あしたのふく。よし、つぎ、おふろだ!」
「じゃあ翔、今日はお祖父ちゃんと入るか」
「うん、はいろう!」
夜になって、敷いて貰った布団の横で、荷物の中から必要な物を取り出し、枕元に並べる翔。そしてパジャマを抱えて父さんと脱衣場へと向かうのを見送ってから、母さんがしみじみと言い出した。
「翔君は、しっかりしているわね。着替えも、自分で揃える事ができるなんて」
「俺も驚いたよ。全然知らなかった」
「そんな事だから、お父さん役をしたくないなんて言われるんじゃない?」 痛い所を突かれて、俺は溜め息を吐いた。
「……少しは反省してる」
「じゃあ反省ついでに、ミミ達の寝床を客間に運んで頂戴」
「ああ、分かった」
仕方がないかと腰を上げ、両親の寝室に向かった。そして寝床でうずくまり、既にうとうとしていたらしいミミに、控え目に声をかけながら寝床ごと抱え上げる。
「ミミ、まったりしているところ悪いが、ちょっと移動するぞ?」
「なぅっ!? にゅあぁ~」
ちょっと驚いた顔になったミミだったが、ぐらぐらしている原因が俺だと分かってからは、おとなしく再び就寝モードに入った。
「ハナ、お前もだ」
「みゅあぁ~ぅ」
そして無事に二匹の寝床を客間に移し終えてから、翔達が風呂から上がって戻って来た。
「ほっかほか~。あ、ミミ、ハナ。ねようね」
「にゅぅ~」
「なぅ」
そして機嫌良く二匹に声をかけ、嬉々として布団に潜り込む翔。……そして一分経たずに爆睡。
いやいや、幾ら何でも早くないか? 普段はもう少し起きているし、佳代が寝かしつけているよな?
遊びすぎて疲れていたのか? それとも俺相手だと、ぐずるのも面倒とか言う訳じゃあるまいな!?
翌日。帰宅する俺を見送る為、玄関に勢揃いした一同を見回してから、俺は翔に念を押した。
「そろそろ、行くが。翔。本当に一人で大丈夫か?」
「うん! ひとりじゃない! ミミとハナいるもん! だいじょーぶ! へいき! ばっちり!」
「なうっ!」
「にゃおん!」
「……そうか」
自信満々で頷く翔に、絶妙な合いの手を入れるミミとハナ。泣いてぐずるのは困るが、随分あっさりしているのもどうかと思っていると、翔が慌てて顔をあげ、両親に向かって付け加えた。
「あ、おじーちゃん、おばーちゃんいるから、だいじょーぶ!」
その訴えを聞いた両親は、笑顔で翔を褒め称えた。
「おう、翔は気配りもできる、良い子だな!」
「本当に。ミミとハナの次でも、おばあちゃん達を忘れないでくれて、嬉しいわ」
微妙にいたたまれなくなった俺は、再び翔に声をかけた。
「………それじゃあ行くぞ」
「うん! パパ、おしごと、がんばれー!」
「にぁお~ん!」
「みぎゃあぁ~!」
力強い翔のエールに、二匹の鳴き声が重なる。そして玄関の外に出てドアを閉めても、内側から泣き声などは一切聞こえなかった。
微塵も引き留められない、別れも惜しまれない、俺の存在意義って……。
ちょっと傷つきながら、俺はバス停までの道のりを一人でとぼとぼと歩き出した。
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