第15話 未知との遭遇

生後十ヶ月の翔を連れて実家に出向いた時、さすがにバスだと色々不安だったので最寄り駅からタクシーを使ったが、俺の心配は杞憂で終わりそうだった。


「そろそろ着くぞ」

「翔、もうすぐにゃんにゃんに会えるわよ~」

「にゃ~にゃ!」

 分かっているのかいないのか、佳代の呼びかけに上機嫌で応える翔。

 翔にはこれまで、母さんから送られてきたミミとハナの画像や動画を折に触れ見せていたが、果たしてきちんと認識できているかどうかは、怪しいところだ。


「いらっしゃい。小さな子供連れで、道中大変だったでしょう?」

「良く来てくれたな。さあ、上がって上がって」

「お久しぶりです。お邪魔します」

 玄関で出迎えてくれた両親は、佳代に抱かれた翔を見て笑み崩れる。それに苦笑しながら俺は足元に視線を向け、両親と同様に俺達を出迎えてくれたミミとハナに声をかけた。


「おう、お前達も達者で何より。元気なのは良いが、暴れすぎるなよ?」

「にゃう~ん」

「なぁ~ご」

 まるで「分かってるわよ」「余計なお世話」とでも言っているようにミミ達が応じ、俺は苦笑を深めた。すると佳代が抱きかかえる向きを変えた拍子に、視界に猫達が入った翔が、佳代の腕の中から身を乗り出すようにしながら甲高いを上げる。


「にゃにゃ~!」

「あ、ちょっと翔! 大人しくして!」

「みゃっ?」

「うみゅ?」

 慌てて佳代がしっかり抱きかかえるのと、ミミとハナが反射的に見上げたのがほぼ同時だった。そして佳代の腕の中の翔を見て、何やら対応に困ったように動きを止める。


「翔は父さんと母さんには生後五日目の時と、二ヶ月前に会っているが、お前達とは感動の初対面だな。佳代、翔を下ろせ」

「ここで? リビングに入ってからでも良いじゃない」

「いいから」

「全くもう」

 ぶちぶち言いながら、佳代は玄関の上がり口に翔を下ろして座らせた。とっくに首が座り、腰も安定している翔は、身体の斜め前に両脚を出して、危なげなくお座りしている。


「ミミ、ハナ。俺の息子の翔だ。よろしくな」

「にゃ~!」

「……なぅ?」

「にゅぁ……」

 軽く翔の頭を撫でながら声をかけると、翔は機嫌良く声を上げた。対する二匹は真正面に座りながら、自分達と座高がさほど変わらない新たな登場人物について、理解不能な様子で視線を彷徨わせている。

 そんな一人と二匹の対比をみた両親は、笑いを堪える表情で囁き合った。


「二匹とも、随分戸惑っているな」

「本当ね。これまで赤ちゃんは見た事が無い筈だし。無理もないわ」

「私達とは全く違う生物だと、思っているかもしれませんね」

「そうかもしれないな。取り敢えず、さほど警戒はしてはいないと思うが」

 佳代も交えてそんな会話をしながら様子を眺めていると、ハナが行動を起こした。


「にゃ~にゃ!」

「なうっ!」

「にゃ~?」

 手を振った自分を無視し、背を向けて奥のリビングに向かって歩き出したハナを見て、翔が不思議そうに小首を傾げる。それを見た佳代が小さく笑った。


「あらあら……。ハナは、端から翔を相手にする気は無いみたいね」

「佳代……。誰が上手い事を言えと……」

「え? 何が?」

「……何でもない」

 素でキョトンとした顔になった佳代から、俺はさり気なく視線を逸らした。

 そうか……、さっきの台詞は無意識だったか。


「にゃんにゃ」

「なうっ」

 それから全員でリビングに移動したが、ハナとは逆に、ミミは興味津々で俺達に付いて来た。その前に再度翔をお座りさせてみると、少しの間両者はまじまじと見つめ合ってから、お互いに手と足を出したり引っ込めたりして遊び始める。


「にゃっ」

「てって」

「にゅあっ」

「とうっ」

「お、二人で遊び出したぞ?」

「父さん、一人と一匹だ」

「やっぱりミミの方が、面倒見が良いみたいね」

 しかし本当に、あっという間に意気投合したな。種族を超越した交流の始まりか? 


「にゅぅ」

「にゃんにゃ~、みゃあ~」

 手足を取り合う遊びに飽きたのか、翔がいきなり前傾姿勢になり、ミミに抱き付く。当然支えきれなかったミミは抱き込まれ、翔はそのまま床に横から転がった。


「みゅぎゃ!?」

「にゃっ! きゃははははっ!」

「にゃうっ!」

「にゃんにゃ?」

 ミミを両腕で抱えたまま、上機嫌で床に転がる翔。さすがにミミも迷惑そうな顔になって、スルリと翔の腕から抜け出した。

 しかしその際にも、翔の様子を見ていると、引っかかれたり噛みつかれたりはしていないらしい。……ミミ、やはりお前はできる女だな。


「あらあら、楽しそうね」

「翔も、猫を間近で見るのは初めてだから。生き物では無くて、動くおもちゃだと思っているのかもな」

「動くおもちゃか。そいつはいい!」

「本当に、ミミが一匹欲しいです。翔の世話と家事で、猫の手も借りたいですし」

「太郎の手は文字通り、猫の手以下でしょうからね」

「違いない!」

「……悪かったな」

 父さんと母さんが爆笑し、佳代が若干冷めた目を俺に向ける……。

 ここで下手に弁解すると確実に立場が悪化するのが分かっていた俺は、余計な事は口にせずにやり過ごした。


「にゃんにゃ~」

「みゃ~っ」

 ここで翔がまた捕まえようとハイハイでミミに近寄ったが、ミミは絶妙な距離を保ちつつ歩き始める。


「お、動き出したぞ?」

「翔君、ハイハイが随分速いわね」

「少し前から伝い歩きも始めましたが、まだ速く移動するのは無理ですから」

「しかし飽きもせず、良く動き回るよな」

「今のうちに佳代さんは、一息入れて頂戴」

「そうさせて貰います」

 どうやらミミは迷惑をかけられても、翔の相手をするのは続けてくれるつもりらしい。

 俺達が座っているソファーセットの周りを、ひたすらぐるぐると回り始めるミミと翔。

 お前は本当に世話焼きだな、ミミ……。偉いぞ。そう言えばハナの奴、自分一人だけどこにトンズラしやがった?

 のんびりとそんな事を考えながら、暫くの間他愛もない事を話しつつ茶を飲んでいると、俺達にとって完全に予想外の事が起こった。

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