第14話 キャットファースト

「ミミ~、ハナ~、いらっしゃ~い」

「にゅあぁ~」

「なぁ~ご」

 奴らは、所詮獣だ……。ちょっと美味い物を食わせて貰った位で、あっさり懐きやがって。

 名前を呼ばれた位で、すり寄って行くなよ! いつもの傲岸不遜なお前達は、どこに行きやがったんだ!?


「あら~、良い子ね~。膝に乗っても良いのよ~?」

「みゃあぁ~ん」

 俺には平気で身体によじ登ったり、飛び乗ったり、はたまた服の中に潜り込んでくるくせに、そんな神妙にお伺いを立てるみたいな態度を取りやがって……。

 と言うか、ここは俺の実家なのに、どうして俺の方が居場所がない客人っぽくなってるんだよ!?

 どう考えてもおかしいだろ!!



「それでは失礼します。お世話になりました」

「いやいや、大したおもてなしもできなくて、申し訳ない」

「また顔を出してくださいね」

「はい、是非。それじゃあミミ、ハナ。また来るから、それまで元気でね」

「にゃあ~ん!」

「みゅあ~ん!」

 翌日。手と尻尾を振って、玄関で見送ってくれた二人と二匹に笑顔で別れを告げ、上機嫌で歩き出した佳代と並んで、俺もバス停に向かって歩き出した。


「あ~、すっかりリフレッシュしちゃった~。太郎の両親の前でも、全然緊張しなかったわね~。ミミとハナのおかげね~」

 そんな能天気な台詞に、俺は自分の顔が引き攣るのが分かった。


「あぁ……、のびのびしていたな。いつも以上に……。あいつらも一昼夜で、すっかり佳代に懐いたみたいだし」

「これからは、月一位でこっちに顔を出す?」

「冗談じゃない。移動時間と手間を考えろよ。往復だけで、疲れるだろうが。休みが休みじゃ無くなるぞ」

 本当に、何を言い出すんだか。休み毎に、心身ともに疲れる羽目になるなんて御免だぞ。

 心の中でそんな悪態を吐いていると、歩きながら俺の顔をしげしげと眺めた佳代が、不思議そうに言い出した。


「あれ? 太郎、拗ねてるの?」

「は? 何で俺が、拗ねなくちゃいけないんだよ!?」

「せっかくここまで足を運んだのに、ミミとハナが私に構いきりで、太郎が猫達に全然相手をして貰えなかったから」

 大真面目に、そんな事を言い出す佳代。

 間違ってはいない……。間違ってはいないが!

 お前も俺の事を丸無視してたよな!?

 そう文句を言いたいのは山々だったが、そんな事を口走ろうものなら「猫より小さい男ね」とでも毒吐かれそうなので、話を終わらせる事にした。


「……違う。ほら、行くぞ。ぐずぐずしていると、バスに乗り遅れる」

「遅れたら、タクシーを拾えば良いじゃない」

「阿呆! こんな所で流しのタクシーが捕まるか!」

「タクシー会社に電話すれば良いわよね?」

「そもそも台数が少ないし、駅前から来ると思うぞ? 確実に、家に帰って待つ必要がある」

「……なるほど。それはそうね」

 そこで佳代は納得して深く頷き、二人での実家初訪問は、一応無事に終了した。

 それから約半年後。俺達は新生活の準備で、てんてこ舞いをしていた。


「太郎。遠方から来る親戚とか友人の宿泊する部屋を、ホテルの担当者に頼んで押さえて貰うけど、そっちの人数とか部屋割りのリストを、もう作ってある?」

「ああ、これだ。そっちと合わせて頼んでくれ」

「分かったわ。…………ちょっと太郎。肝心の、お義父さんとお義母さんの分が抜けているじゃない。しっかりしてよ」

 俺から受け取ったリストにざっと目を通した佳代が、呆れ気味に指摘してくる。それは予想が付いていた事だったので、俺は淡々と説明した。


「良いんだ。あそこからだと何とか日帰りできない距離じゃないし、昼からの挙式と披露宴だから、終わってから帰れば、その日のうちに帰る事ができるそうだ」

「はぁ!? 息子の挙式と披露宴なのに、どうしてそんな面倒な事をするのよ? 正装で移動なんて大変よ?」

 予想通りのリアクション……。

 うん、そうだよな。俺もこの話を聞いた時に、自分の親ながら何を考えているんだと思ったぞ。


「予めホテルに必要な物を送っておいて、到着したら着付けをして、終わったら脱いだ物を自宅に送る手配を、もうホテル側と相談して済ませているそうだ」

「どうして二人は、そこまでして日帰りするつもりなのよ?」

「ミミとハナが、留守番しているからな」

「…………」

 気持ちは分かるから、そんな呆れ果てた顔で俺を凝視しないで貰いたいんだが。

 うん、切実にそう思う。


「小さな子供に一人で留守番させるわけじゃないし、一昼夜位、猫だけでも平気じゃないの? それにペットホテルとか、宿泊施設併設のペットショップとかに頼む選択肢は?」

「一度、何かで頼んだ事があるらしいんだが……。帰宅した後、ミミが拗ねまくってハナが怒りまくって、暫くの間、本当に酷かったらしい」

「ご両親……、キャットファーストなのね」

「……そういう事だ」

 微妙にいたたまれなくなった俺は、何やら悟りきった表情になった佳代から、静かに視線を逸らした。


 ※※※


 それから更に時は流れて、約二年後。

 里帰り出産した佳代の入院先に、俺は両親と最寄駅で待ち合わせをしてから顔を出した。


「おう、翔君、初めまして。なかなか立派な面構えだな」

「本当。太郎が生まれた時はもう少し間延びした顔だったと思うけど、翔君はキリッと引き締まってハンサムさんね」

「そうだな、目力が強そうな所も佳代さん似だな」

「……言ってろよ」

「あ、あはは……。そうでしょうか?」

「ほら、太郎。写真を撮れ」

「分かったから。ほら、母さんも一緒にベッドに寄って」

「こんな感じ?」

 両親は苦笑する佳代の前で、終始上機嫌で初孫誕生を祝い、小さなベッドにまとわり付いてひと時を過ごした。


「それじゃあ今度は、マンションの方に寄らせて貰うからな」

「楽しみにしているわね」

「はい、失礼します」

「ああ、またな」

 そして一時間程賑やかに過ごし、あっさりと引き上げていった両親を見送ってから、佳代が困惑顔で尋ねてきた。


「本当にお義父さん達を、帰してしまって良かったの? 部屋はあるし、実家の両親が『こちらにいらしたなら、是非うちに泊まって貰いなさい』と言っていたんだけど……」

「ミミ達が待っているそうだ」

 今夜は佳代の実家に泊めて貰う事になっている俺が端的に告げると、佳代は遠い目をしながら呟く。


「キャットファーストは相変わらずなのね……。寧ろ、拍車がかかった?」

「かもしれないな」

 そこで俺達は顔を見合わせ、それで良いのか? と思いながら、揃って溜め息を吐いた。

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