第9話 戦闘部隊と買い出し隊長

 両親の新居に帰省した翌朝。俺は朝食後に台所に立ち、後片付けする母さんを手伝いながら問いかけた。


「母さん。こんな不便な所で、一体どうやって生活してるんだよ? 周りに店一つ無いじゃないか」

 ここに来る道すがら考えていた事を正直に口にすると、母さんは苦笑いの表情で、スポンジで洗った皿を俺に手渡しながら事も無げに告げる。


「ここから車で十分位の所に、郊外型のショッピングモールがあるのよ。広くて、かなりの数のテナントが入って品揃えは十分だし、結構流行っているんだから」

「買い物はともかく、通院とかは?」

「町中に行けば一通り揃っているし、大丈夫よ」

「そうは言ってもな……。この環境で上下水道が完備してあるのが、奇跡的だと思うぞ?」

「本当にね。さすがにガスはプロパンだけど、『住めば都』と言うし、どうとでもなるわよ」

「全く……。父さん以上に、母さんは剛胆だよな」


 これまで生活に必要な物や施設が、周囲に粗方揃っていた恵まれた環境で暮らしていたから、こんな不便な所に引っ越す羽目になって母さんがキレて、熟年離婚とかになったら洒落にならないと密かに心配していたのだが、それは杞憂に終わった。

 徒歩圏内にコンビニが一件も無い環境だなんて、俺だったら絶対発狂する。


 手伝いが終わったので、俺の部屋兼客間の畳に転がりながらそんな事をしみじみと考えていると、朝食の後に姿を消していた父さんがいきなり現れ、前置き無しに言い出した。


「太郎、安心しろ。ミミ達の戦った相手が分かった」

 突然現れた事にも驚いたが、俺は言われた内容に眉根を寄せながら上半身を起こした。


「いきなりなんだよ? それに、どうして相手が分かったんだ? 相手の飼い主から、抗議の電話でもあったのか? それでどうして安心できるんだよ?」

「いや、うちの畑から裏山に繋がる道沿いで、鳥が死んでいた。……臓物が引きずり出されて、何かに食われた形跡がある」

「……え?」

 良く見れば父さんは作業着らしき物を着込んでおり、本当に農作業をしていたのかと納得した半面、物騒な内容を聞かされた事で、顔が引き攣ったのを自覚した。


「そう言えば昨日戻って来た時、ミミ達の身体に、羽根の切れ端みたいな物が付いていたような……」

「取り敢えず鳥の遺骸は、そこに穴を掘って埋めてきた。母さんには内緒にしておいてくれ」

「そうだな。畑には母さんも行く事があるだろうし、そんな物を目の当たりにした日には、卒倒しかねないぞ。しかしミミとハナに言って聞かせても分かる筈が無いし、どうする気だ?」

「せっかく広々とした所に引っ越してきたのに、家の中に閉じ込めておくのもな」

「……猫の生活環境だけじゃなくて、世間体も考えろよ」

 父さんと取り敢えずの方針を確認したが、相変わらずの猫優先主義に俺は頭痛を覚えたが、そこで、そんな物が綺麗に吹き飛んでしまう悲鳴が響き渡った。


「きゃあぁぁぁ――――っ!!」

「何だ! どうした!?」

「母さん!?」

 慌てて父さんと二人で声の聞こえた方に駆けつけると、リビングで窓の方を向いていた母さんが振り返り、俺達に向かって動揺しながら何かを指さして訴えた。


「あ、あなた、太郎! あああれっ! 鼠!!」

「え? 鼠なんて、こっちに来てから何度も見た……」

「鼠位で、この世の終わりのような悲鳴を上げ……」

 母さんの指先を追い、掃き出し窓に視線を向けた俺達は、母さんを宥める台詞を口にしながら固まった。窓の向こうのウッドデッキには、野鼠らしい物体を加えたハナが、誇らしげに後ろ脚を付けて座っていたのだ。


「にゃっ! なうっ!」

「…………」

 更に咥えていた鼠を目の前に置き、窓に歩み寄った俺達を見上げたハナは、声を上げながら尻尾を振った。


「ハナ……。お前、まさかそれは、母さんへの貢ぎ物のつもりか?」

 再び頭痛を覚えながら俺が問いかけると、ウッドデッキの向こう側からミミが飛び乗って来た。


「うん? ミミも帰って……」

 そこで父さんは再び口を閉ざし、母さんは逃げ腰になりながら呟く。


「それ……、蛇、よね?」

「毒は無さそうだな」

「にゃうっ! にゃ~っ!」

 ハナと同様、ミミも俺達の前で咥えてきた体長五十センチ程の蛇を放し、得意げに鳴いた。それを見た俺は溜め息を吐いてから、窓のロックに手をかける。


「とにかく、二匹を入れるぞ。獲物は放したし。父さん、これの後始末を頼む」

「ええ、そうね」

「分かった」

 両親が頷いたのを見てから、俺は慎重に窓のロックを外し、猫を招き入れた。


「お前ら……、たった三日で野生化するなよ……。こら! 血まみれの顔で、顔を擦り付けるな! 俺のジーンズがっ!?」

 愚痴まじりの叱責など分かる筈もないとは思っていたが、この馬鹿猫どもは返り血の付いた顔を、俺の両脚に擦り付けやがった。

 普段はそんな可愛い事はしていないのに、どうしてこういう時だけやらかすんだ!? それとも、俺の脚は雑巾代わりなのか!?



「取り敢えず美味いものを食わせて、当面、外に狩りに行くのを止めさせよう。俺、車で買い出しに行って来るから」

「そうだな、頼む」

「お願いね」

 取り敢えず、すぐに実行可能な対策を考えた結果、俺は買い出し部隊の隊長となった。


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