第7話 二匹の先輩

「ただいま」

 冬休みに突入して実家に帰ると、母さんより先に物音を聞きつけたらしいミミとハナが、揃って玄関で出迎えてくれた。


「なぅ~」

「にゅあ~」

「おう、出迎えご苦労。と言っても、どうせお前達が待っていたのは、俺じゃなくて土産の方だろうがな」

「うにゃ~」

「なぅ~」

 その予想通り、玄関の上がり口に置いたボストンバッグに、早速顔を寄せて嗅ぎ回る二匹。どうやら好みの匂いを嗅ぎ付けたらしく、尻尾を左右に大きく揺らし始める。

 それを横目で見た俺は、笑いを堪えつつ靴を脱いで上がり込んだ。


「お帰りなさい、太郎」

「ただいま。また猫達の土産を買って来たから」

「なぁ~う」

「にゃあ~!」

「あらあら大変。後から、ちゃんとあげますからね」

 リビングに入り、ボストンバッグから土産の入ったビニール袋を母さんに渡すと、途端に目を輝かせて母さんにじゃれつく二匹。

 その様子を苦笑しながら見ていると、ふと室内の様子が以前と異なる事に気が付き、何気なく母さんに問いかけた。


「母さん、なんだか棚があちこち空いてないか? それに、壁にかけてあった絵が見当たらないんだが。他の絵を飾るのか?」

「あら、違うわよ。春には引っ越しだから、普段使いでは無いものから、少しずつ荷造りしているの」

「ああ……、そういう事か」

 納得すると同時に、父さん達が本当にここを引き払うつもりなのだと、改めて実感した。


「太郎、お行儀が悪いわよ?」

「良いだろ? 向こうじゃ、こんなデカいソファーは無いんだし。せっかく帰って来たんだから、羽を伸ばさせてくれよ」

「全くもう」

 早速、三人掛けのソファーに仰向けに横たわってダラダラし始めると、母さんが窘める声がかけられる。だけどせっかく帰って来たし、これ位は良いだろ?

 母さんも口にはしたものの、本気で止めさせるつもりは無かったらしく、軽く肩を竦めてその場を離れた。するとそこでミミとハナが、俺が寝ているソファーに飛び乗った。


「なうっ!」

「にゅあっ!」

「お? 何だ、どうした?」

 俺の足元に乗った二匹は、そのまま俺の脚から腹に向かい、ミミが俺のセーターの裾を軽くくわえて上に引っ張り上げ、その隙間にハナが頭を突っ込み、更にもぞもぞと俺の腹の上を進む。


「うわ! こら! セーターをくわえるな! 穴が開くだろ! それに重い! 俺の腹で暖を取るな!」

 思わず叱りつけたが、ハナだけではなくミミも続いてセーターの中に身体を潜り込ませ、俺の腹の上はとんでもない事になった。

 しかし、俺の叱責もなんのその。その場を微動だにせず、居座る気満々の二匹に色々諦めながら、そのままゴロ寝を続行する。


「はぁ……、こいつら、人間様に対する遠慮が欠片も無いな。まあ猫だし、仕方がないか。しかしお前達、去年は手乗りサイズだったのに、本当に見違える位、大きくなったよな……」

 しみじみとそんな事を考えていると、ふと子供の頃に飼っていたニャンコの事を思い出した。

 ニャンコは俺の服の中には潜ってこなかったが、このソファーに座っていると俺の肩に上がって、頭に自分の腹を乗せてダラダラするのが好きだったんだよな……。頭が猫毛だらけになったし、あのデブ猫、もの凄く重かったっけ……。


 そこまで考えて、無意識に庭に視線を向けていると、リビングにやって来た父さんが俺の姿を見て、ニヤニヤ笑いながら言い出した。


「太郎、帰って来ていたか。しかしお前、猫達のコタツ役が板に付いたな」

 その言いぐさに、多少ムッとしながら言い返す。


「猫に相手にされてないからって、嫉妬するなよ」

「確かにミミ達は、俺の腹には潜り込んで来ないな。この家で俺が一番偉い事実が、俺が醸し出すオーラで、猫でも理解できるらしい」

 そんな事を口にしながら、したり顔で頷いている父さんを見て、さすがにキレた。


「ふざけんな! どうせまとわりつかれたら餌を撒いて、気を逸らしてるとかだろうが!」

「みぎゃっ!?」

「なうっ!?」

 反射的に勢い良く上半身を起こしながら怒鳴りつけると、セーターから転がり出る羽目になった二匹が、何事かと動揺した声を上げる。


「僻むな。若造だから仕方あるまい」

「あのなぁぁっ!?」

「あなた、太郎! そんな事で喧嘩しないで!」

 そこで割って入った母さんに宥められ、矛を収める事にしたが、本当にろくでもない親父だ。しかし先程気になった事もあり、何とか怒りを押さえ込みながら口を開いた。


「父さん、ちょっと聞きたい事があるんだが、良いか?」

「ああ。どうした」

「予定通り春に仕事を辞めて、移住するんだよな?」

「ああ、そのつもりだ」

「この家、もう売ったか、これから買う人が決まってるのか?」

「いや、医院の方は手続き中だが、こっちはギリギリまで住むつもりだからな。まだ売りにも出していないが。それがどうかしたのか?」

 向かい側のソファーから怪訝な顔を向けてくる父さんに、俺はさっき考えていた事を告げた。


「それならこの家、売るんじゃなくて、賃貸にできないかな? 庭の木はこちらで庭師を入れて、定期的に伐採する条件で」

「それはまあ……、賃貸にしても支障は無いが、どうしてだ?」

「売却したら、ここの敷地がどうなるか分からないだろう? 更地にして新しい家が建つとか、駐車場になるかもしれない。そうなると、庭を潰す事になるよな?」

「そうだな。それが?」

「椿の根元に、ニャンコの墓を作っただろうが」

「……ああ、そうだったな。すっかり忘れていた」

 顔を見る限り、どうやら本当に忘れていたらしい。……薄情な飼い主ですまないな、ニャンコ。


「にゃあ~?」

「なぁ~ご」

 俺の腹から床に降り立ち、ミミとハナが俺達を見ながら不思議そうに鳴く。その様子を眺めた父さんは、いつも通り即決した。


「それじゃあこの家は、売らずに賃貸に出すか。この立地と広さなら、余裕で固定資産税以上は稼げるしな」

「そうね。そうしましょう」

 あっさり夫婦間で話が纏まり、俺は足元にいたハナを持ち上げた。


「ハナ。知らなかっただろうがお前達の先輩が、あそこの木の下にいるんだぞ?」

「うにゃ?」

 庭の一角を指さしながら説明しても分かる筈が無く、首を傾げるような動作をしたハナに、俺は笑いを誘われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る