第3話 猫の気遣い

春休みになって帰省する前、俺は忘れずにペットショップを訪れて店員に相談し、ミミとハナへの土産を購入した。


「ただいま」

「お帰りなさい。ちゃんと二人にもお土産を買ってきた?」

「二人じゃなくて二匹だろ? ちゃんと買ってきたよ。喜びそうな食い物」

「それなら良かったわ。ちょうどご飯時だし、それをあげてくれる?」

「分かった」

 ちょっと高めの値段設定だったキャットフードは、半生タイプの防腐剤無添加で店員一押しの物で、正直「たかが猫の餌に、これだけの金を払う事になるなんて」と腹が立ったが、前回の負い目もあり文句は口にせず、二匹の皿に均等に入れてやった。


「お~い、ミミ~! ハナ~! 飯だぞ~!」

「にゃあ~」

「うなぁ~」

 どうやら食事の時間だとは分かったらしく、二匹はどこからともなく俺の前に現れた。猫だから空腹には勝てないらしいとほくそ笑みながら、俺は二匹の前に皿を押し出す。


「ほら、食え」

「…………」

 しかしミミ達は皿の中身を凝視し、次いで顔を突き出して匂いを嗅ぐ動作をしただけで、それ以上反応しなかった。


「あれ?」

 そのまま一分程観察してみても、状況は全く変わらず、ちょうどそこに来た母さんに尋ねる。


「母さん、二匹とも餌を食わないんだけど。腹が減って無いんじゃないか?」

「そんな事は無いわよ。太郎ったら、変な物を買って来たんじゃないの?」

「何だよ。じゃあ、ちょっと見てくれよ」

 何て言われようだと腹を立てながら、俺は開けた缶を母さんに手渡した。それをしげしげと眺めている母さんに、再度尋ねてみる。


「ほら、ちゃんと期限内の、結構良い猫缶だろ?」

「そうねぇ」

 そして母さんも首を傾げる中、ミミとハナは母さんに歩み寄り、まるで催促でもするように前脚でその足を軽く叩きながら鳴いた。


「なぅ~ん!」

「にゃあ~ん!」

「あ……」

「どうかした?」

 そこで何やら思い付いたらい母さんに尋ねてみると、母さんは申し訳無さそうな顔で言い出した。


「太郎、ごめんなさい。タイミングが悪かったわ」

「だから何?」

「昨日、お父さん用に買った大トロが余ったから、夜にそれを食べさせて、今朝は貰い物の結構良い干物を焼いたから、それを食べさせたの。それで味をしめて、普通のご飯じゃ嫌だって言っているのかも……」

 それを聞いた俺は唖然とすると同時に、猛烈に腹が立ってきた。


「猫に何を食わせてんだよ!?」

「ごめんなさいね。ほら、ミミ、ハナ。今日のご飯はこれだから。これを食べなさい」

「うなぁ~ん!」

「にゃっ! ふにゃあ~!」

 母さんが屈んで皿を押し出しながら言い聞かせているが、相変わらず猫達は皿に見向きもせずに母さんに鳴いて訴えている。


「……ムカつく猫どもだな。また煙を吹きかけてやるぞ?」

「太郎、止めなさい」

 思わず悪態を吐くと、母さんが窘めてくる。益々面白くなくなった俺は、相変わらず媚びを売っている猫と母さんに背を向けて、さっさとその場を後にした。


「太郎。いつまでもふてくされていないで、夕飯を食べなさい」

「……分かったよ」

 俺が部屋でふて寝をしていると、夜になって母さんが不機嫌そうに呼びに来た。正直まだ腹の虫が治まってはいないが、つまらない事で母さんを怒らせたくは無い。


「全く……、獣の分際で生意気な」

 悪態を一つ吐いて起き上がる。それで(物の分からない生き物の事だ)と自分自身に言い聞かせ、一階へと降りた。そして両親と夕食を食べ終え、ソファーに座ってテレビを見ていると、いつの間にか足下に、ミミが音もなく来ていた。


「あ? 何だ、ミミ。何か用か?」

 黙って俺を見上げてくるミミに、素っ気なく言い放つと、彼女は小さく尻尾を振ってから俺の左足に前脚をかける。


「みゅぅ~」

「え? 何なんだ? おい、ちょっと待て! 穴を開けるなよ?」

 俺の左足に上がったミミは、そのまま小さな爪を出してジーンズに張り付きながら、スルスルと俺の左脚を登って来た。そして膝に乗ったと思ったら更に前進し、俺が着ていたセーターの裾から中に潜り込む。

 慌てて声をかけたものの、ミミはセーターに潜り込んだままピクリともせず、咄嗟に対応に困った。するとその一部始終を向かい側のソファーに座って眺めていた両親から、笑いを堪える口調で声がかかる。


「太郎のお腹が温かくて、気持ちが良いんじゃない?」

「俺はこたつの代わりかよ?」

「単に、毛布代わりじゃないのか?」

「あのな!?」

「みゃっ。なうぅ~」

「……え?」

 俺は思わず声を荒げたが、ここで足下から小さな声が聞こえてきた。反射的に目を向けると、先程とミミと同様に、ハナが俺の右脚をのそのそと登っているところだった。


「あら、ハナまで来たわ。珍しいわね」

「本当だな。いつもは太郎の事を、毛嫌いしているのに」

 そんな事を言っている間に、ハナもミミと同様セーターの下に潜り込んで丸まった。


「どうするんだよ、これ?」

 セーターを軽く捲り上げながら両親に尋ねたが、明らかに猫優先の答えが返ってくる。


「太郎。そのままごろ寝しても良いが、寝返りは打つなよ? 下手するとミミ達を潰す」

「俺が毛布代わりなのは、構わないのかよ……。退けろよ」

「気持ちよさそうにしているんだから、放っておけ」

「本当に最近、俺の扱いって雑だよな!?」

「一応、ミミ達も気を遣って、ご機嫌を取りに寄って来たんじゃない? ご飯を貰ったし」

「猫の気の遣い方なんか知るか! しかも迷惑かけられて、機嫌が良くなるわけ無いだろ!?」

 ひとしきり文句を言ったものの、二匹は俺の腹にもたれ掛かりながら微動だにせず、結局俺は溜め息を吐き、二匹がセーターから出て行くまで暫くの間ソファーに座り続ける事になった。

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