第4話 ほだされたらしい

「ミミ、ハナ! 飯だぞ! こっちに来い!」

「にゃ~ん!」

「みゃあ~!」

 ムカつく事は色々あったものの、所詮は獣だ。チョロ過ぎる。

 何回か餌をやっただけで、あっさり俺を飼い主の一員だと認識したらしい猫達が、呼びかけに応じて嬉々としてやって来るのを見ながら、俺はほくそ笑んでいた。すると背後から、両親の笑いを含んだ声がかけられる。

 

「短い間に、すっかり慣れたわね」

「やっぱり動物だよな。食べ物をくれる相手には、すぐ懐きやがって」

「お前も結構単純だよな。あっさりほだされるとは」

 そこで聞き捨てならない台詞を耳にした俺は、目の前で一心不乱に食べている猫達から父さんに視線を移した。


「ちょっと待て。一体誰が、あっさりほだされたって? 纏わりついてくるんだから、仕方がないだろ? 俺は動物を虐待する趣味は無い」

「それは良かったな」

「そうね。虐められる心配が無いミミとハナの為にも、身内から犯罪者を出さないで済んだ私達の為にも」

「言ってろ」

 また猫達に向き直った俺だったが、背後から両親がニヤニヤした笑いを向けてくる気配を察した。

 別に俺は、こいつらが結構可愛いとか憎めない奴とか思って、あっさりほだされたわけじゃないんだからな!?


「よし、ちゃんと食ったな。それならこれから遊んでやるぞ?」

「にゃにゃ~ん!」

「うなぁ~ん!」

 ふっ……、やっぱり単純な獣だな。こんなもので狂喜しやがって。

 背後から取り出した釣り竿型の玩具を目にしたミミ達の、喜ぶ様子を見ながら、俺は思わず失笑した。


「ほらほら、しっかり見ろよ?」

「みゃっ!」

「ふにゃっ!」

 俺が動かすフワフワの毛玉の動きを追い、飛びつこうとするミミとハナ。そうはさせじと、結構真剣に手を動かしていると、父さんが思い出したように声をかけてきた。


「そういえば太郎、お前、就職先は決まったんだよな?」

 そんな今更の事を問われ、俺は猫達に視線を向けたまま、呆れ声で返す。


「ちゃんと知らせておいただろう? 忘れたのか?」

「聞いているし、覚えている。こちらに戻らずに、向こうで就職するんだよな?」

「幾ら来年の話とは言え、息子の就職内定先位覚えていてくれよ。それにまさか今になって『やっぱりこっちに戻って就職しろ』とか、言い出さないよな?」

「それは無いから安心しろ。……寧ろその方が好都合だからな」

 何やら急に父さんが小声で呟いた為、聞き取れなかった俺は尋ね返した。


「うん? 父さん、今、何か言ったか?」

「いや、何でもない。独り言だから気にするな」

「そうか?」

 そこで会話は終了し、俺は猫達と遊ぶことに神経を集中させた。すると玄関のインターフォンが、呼び出し音を響かせる。


「はい、今出ます」

 相手を確認しながら短く応答して玄関に出向いた母さんは、すぐにリビングに戻って来た。


「太郎、ちょっと運ぶのを手伝って。一人だと重いし、玄関にあるのよ」

「何だよ。今、遊んでいるところなのに……」

 水を差されて気分を害した俺だが、母さんの手に余る物なら仕方がないと、重い腰を上げた。

 ミミとハナも不思議そうに俺の後を続き、一団になって玄関に出向くと、見慣れないパッケージの結構大きいダンボール箱が届いていた。

 

「……何、これ?」

「キャットタワーの組み立て部品よ。リビングに運んで組み立ててね?」

「は?」

 確かに箱の側面に印刷されている写真は、垂直に伸びる支柱に様々な形の板や箱状の物が、ランダムに階段状に接続されている物で、それを見た俺は顔が引き攣るのを感じた。そこに父さんの、のんびりとした声が割り込む。


「いやあ、ミミ達が喜ぶだろうとは思ったが、結構かさばるし組み立てが面倒でな。お前が帰ってくる日程に合わせて、配送を頼んでおいたんだ。せっかくだから今日中に頼む」

「これ位、自分でやれよ!」

「いやぁ、寄る年波で、最近細かい物が見えなくてなぁ~」

「現役耳鼻科医が何をほざいてんだ!? この藪医者!!」

 ……結局、この父親に何を言っても無駄だと悟った俺は、全部リビングに運び入れ、早速設計図を見ながら組み立てを始めた。


「なぁ~」

「みゅ~」

 当初は、どうして遊んでくれないのかと不審そうに俺の、周りをうろうろしていた猫達だったが、組み立てていた物の形状が明らかになるにつれて、明らかにそわそわしてテンションが上がっていった。


「にゃっ!」

「みゃ~っ!」

「あ、こら! おとなしくしてろ! まだ組み立てている途中なんだから! 重い!」

 まだ組み立て前の筒の中に潜り込むわ、支柱にネジで接続している時に強引に飛び乗ってくるわ、やりたい放題である。そしてかなり二匹に邪魔をされながら、何とか立派なキャットタワーを完成させる事ができた。


「ふぅ……。完成。ミミ、ハナ、どうだ?」

「みゃあ~っ!」

「なうっ! ふにぁっ!」

「おう、大人気だな」

 聞くまでも無く、ミミ達は大興奮でそれに飛び上がり、駆け下り、潜り抜けてご満悦だった。


「にゃっ! なあっ!」

「ぬぁ~ご。にゅにゃっ!」

「お~い。二人とも、そろそろ下りてこないか?」

「ににゃっ!」

「にゅあ~ん!」

「…………」

 暫くして、そろそろ俺が遊んでやるかと声をかけても、全く見向きもせずに遊び続ける二匹。

 ……怒るな、俺。相手は、物の分からん猫にすぎん。


「太郎、お茶でも飲まない? あら、ミミ達は?」

「遊び疲れて寝てる」

「あらあら。もしかして太郎、無視されちゃったとか?」

「……構わないけどな」

 全力で遊んだ挙句に疲れ果て、寝床で爆睡しているミミとハナを見てから俺に視線を移した母さんは、苦笑の表情になった。

 別に、猫に無視された事を、気にしてなんか無いからな。


「ミミ、ハナ、飯だぞ」

「にゃあ~!」

「なぉ~ん!」

 その日の夜も声をかけると、猫達は素直にすり寄って来た。そして早速うまそうに食べている二匹を見下ろしながら、思わず悪態を吐く。


「お前ら……、絶対俺の事を、餌を運んでくる下僕かなんかだと思ってるだろ?」

「にゅあっ!」

「なうっ!」

 まるで「そうだよね」とでも言うかのような鳴き声に、俺は思わず吐き捨てた。


「……つくづくムカつく奴らだ」

「猫相手に怒るのは止めなさい」

「怒ってない!」

「怒ってるじゃない」

「怒ってるよな?」

 父さんと母さんがコソコソ言い合っているのに、余計に神経を逆撫でされた。

 全く、どうしてくれようか、このバカ猫ども。


 ムカムカしながら夕飯を食べ終えた俺がリビングに戻り、ソファーに腰を下ろして休んでいると、母さんがかなり分厚いゴム手袋らしき物を差し出してきた。


「ほら、太郎。これを填めて」

「何だよ、これ」

「抜け毛取りだ。よろしくな」

「はぁ? 何をどうしろと?」

「それで、身体を撫でるだけで良いから」

「撫でろって……」

 母さんが差し出した物を右手に填める間に、父さんがミミを抱えて来て俺の膝に乗せる。何やら同様の事をされた事があるのか、ミミは暴れもせずに大人しく膝の上で丸まっていた。


「お? なるほど、抜けてる。しかし、随分おとなしいな」

 一撫でして毛袋の掌側に、猫毛が付いているのを見て納得した。それに脚に感じる重みと体温が、結構心地良い。


「よし、ミミはもう良いだろ。下りろ」

「にゃっ!」

「次はハナだ」

「俺は世話係かよ……」

「ぶちぶち文句を言わないの」

「全く、しょうがないな……」

「なうぅ~ん」

 満足そうに鳴くハナも堂々と俺の脚の上に居座っており、俺は少しの間撫でてやった。

 別に世話係で良いと納得したわけでも、懐柔されたわけでもないんだが、一応家族みたいなものだから、世話をするのは当然だからな!

 そう自分自身に言い聞かせると同時に、帰る日が近付くにつれて猫達に構う時間が増えているのを、俺は自覚していた。

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