第2話 ちょっとした交流
「ただいま」
「お帰りなさい」
親父の車でショッピングセンターまで行き、猫用グッズを色々買って来たが、肝心のミミとハナが籠の中にいなかった。
「母さん、猫は? 他の部屋にいるの?」
台所にいた母さんに尋ねてみると、予想外の答えが返ってくる。
「テレビ台じゃないかしら?」
「は? テレビ台? 何で?」
「最近、そこら辺がお気に入りなのよ。デッキが熱を持っていて温かいから」
「本当かよ?」
半信半疑でリビングに戻った俺は、テレビ台を覗き込んで呆れた。
「……本当だ」
DVDレコーダーとラックの棚板の隙間に収まって丸まっている、小さな猫の耳が軽く折れているのを見て取り、俺は声をかけてみた。
「お前、ミミだよな? ハナはどうした?」
すると丸まっていたミミは顔を上げ、不思議そうに俺を見返しながら「みゃあ~」と小さく鳴いてきたが、当然意味が分かるわけもない。すると遅れてリビングにやってきた母さんが、ハナの所在を教えてくれた。
「あ、居たわよ。ほら、延長コードを見て」
「延長コード?」
母さんが指で指し示した先を見て、再び唖然とした。横にコンセントが複数並ぶ延長コードに、テレビやレコーダーの線が複数連結されているが、そこの空いているスペースに丸まって寝ているハナを発見したからだ。
「お前……、下手すると感電死するぞ?」
呆れながら声をかけたが、ハナは全く起きる気配が無い。そんなハナを見て、母さんは苦笑した。
「本当にこの子達、温かい所を探すのが得意なのよ。日当たりの良い日は窓際にいるし、蛸足の所はほのかにちょうど良い感じで、熱を持っているのかしらね」
「ふぅん?」
そこで夕飯の支度をしていた母さんは台所に戻り、俺は屈み込んでしげしげとハナを見下ろした。
「しかし、気持ちよさそうに寝てるよな……。お~い、お前達のオモチャを買って来たぞ?」
「…………」
「完全無視か。良い度胸だ」
呼びかけても無反応であり、正直少し腹が立った。と同時に、ちょっとした悪戯心が湧き上がる。
そこで俺は、ソファーに行って荷物を置き、手元にあった煙草を吸い始めた。そして吸い込んだ息を吐かずに止めたままハナに歩み寄る。
さあ、どうかな?
からかう気満々で反応を楽しみにしつつ、眠っているハナめがけて息を吹きかけてみた。
「みゅにゃあぁ~っ!」
「うおっと」
よほど嫌だったのか、途端に素早く身体を起こして俺と目を合わせたハナは、悲鳴じみた鳴き声を上げて一目散に逃げ出した。
「な~っ! にゅにぃにゃ~っ!」
「おい、悪かったよ。もう何もしないから、ちょっと落ち着け」
パニックを起こして部屋の隅に向かったハナは、俺から自分の姿を隠そうとあちこち物陰を走り回る。それを見て、怪我をしたら困るなと思っていると、鳴き声を聞きつけた母さんが顔を見せた。
「騒がしいけど、どうかしたの?」
「ぐっすり寝ているから、ちょっとハナに煙草の煙をかけて驚かせてみたら、もの凄く嫌がられた」
「何をやってるの。怖がらせたんじゃない?」
「うん、相当ビビって逃げた」
「逃げた、じゃ無いでしょう。全く。どこに行ったの? ハナ~!」
母さんと話している間に物音がしなくなり、ハナの姿が完璧に視界から消えた。その為、呆れ顔の母さんと一緒に、リビングの隙間をあちこち覗き込んでみる。
「……母さん、いた」
「どこに?」
「ここ」
「あらあら」
いつの間にかハナは、ミミが潜り込んでいたテレビ台の隙間に入り込み、姉妹で一塊になっていた。それを見た母さんが笑う。
「ハナったら、絶対ミミに、太郎の事を『危険人物だから近寄るな』と吹き込んでいるわよ? 反省しなさい」
「へ~い」
確かに悪ふざけが過ぎたとは思ったので、夕飯の時に機嫌を取ってみる事にした。
「ミミ、ハナ~。餌だぞ~」
「…………」
さっきから二匹揃って籠もったままのDVDレコーダーの前で、餌入りの皿を見せながら何度か声をかけてみたが、全く反応が無かった。
「寄って来ないんだけど」
一緒に来ていた両親に訴えると、父さんにさもありなんと言う顔付きで断言される。
「完全に不審者扱いだな。お前、猫達が食べ終わるまで、リビングから出ていろ」
「何だよ、れっきとした息子なのに、猫以下の扱いは」
「自業自得でしょう? ほら、さっさと出る」
「はいはい」
母さんにまで追い払われ、正直ムカついたものの仕方が無いと諦めてリビングを出た。するとドア越しに、両親が猫のご機嫌を取る声が聞こえてくる。
「ミミ~、ハナ~、怖かったよな~? ほ~ら、変なおじさんは居ないぞ~?」
「は~い、今のうちに、食べてしまいましょうね~」
「何なんだよ、全く」
猫よりぞんざいに扱われて面白い筈がなく、それから休暇の残りは特に猫達に構わずに過ぎ、向こうも俺から逃げ回っていたのか、猫の姿を見る事も無かった。
そしてあっという間に、帰る日を迎えた。
「じゃあ行くよ。今度戻るのは春休みだな」
「気を付けてね」
「ちゃんと食えよ?」
「分かってるって。……お?」
玄関で両親に挨拶していると、とことこと廊下の奥からミミがやって来て、母さんの足元に隠れるようにしながら俺を見上げた。
「ミミ、お前は見送りに来てくれたのか?」
「…………」
全く声を発しないまま、俺を見上げるミミ。だが不審者を見る目では無かった、……と思いたい。
「まだまだ警戒されているみたいだな。ハナは姿を見せないし、今度帰る時は猫用の土産も用意するよ」
「そうしろ」
「二人のご機嫌を取らないとね」
肩を竦めた俺を見て、両親は揃って苦笑いの表情になった。
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