猫がいた風景

篠原 皐月

第1話 出会い

 大学が冬休みに突入し、一人暮らしのマンションから何ヶ月ぶりで帰省すると、実家のリビングの片隅に、見慣れない物体が存在していた。


「ただいま…………。え? 何だ? この毛玉」

 それに近づいて上から覗き込むと、ただの物体では無くて生物だった。


「……猫、だよな?」

 ふかふかのタオルケットを内側に敷いた籠の中に、微動だにせず、身を寄せ合う毛玉が二つ。纏めて両手ですくい上げられそうなサイズの子猫が二匹、顔を上げ、その小さな目で自分を凝視しているのに戸惑う。


「太郎、お帰りなさい。お茶を淹れたから飲まない?」

 そこで母さんが現れたのを幸い、早速事の次第を尋ねてみた。


「母さん、この猫はどうしたんだ?」

「一昨日、お父さんが病院で貰って来たのよ。患者さんのお宅でたくさん産まれて、貰い手を探していたんですって」

 耳鼻科の開業医である父は、確かにこれまでにも付き合いのある患者さん達から、色々と貰ってはきているが……。


「確かにニャンコが死んでからは、うちに猫はいないけど……。どうして一度に、二匹も貰ってくるかな? 一匹で良いじゃないか」

「二匹だと、すっきり収まるからじゃない?」

「は? 何、それ? 何がすっきり収まるって言うんだ?」

 全く意味が分からなくて戸惑ったが、母さんは淡々と説明を続けた。


「その子達は両方雌でね、名前は片方の耳がちょっと折れている方が『ミミ』で、鼻の周りが白い方が『ハナ』なのよ」

「もう名前を付けてあるんだ。産まれた家で付けたの?」

「ううん、お父さんが病院で貰ったから、そう付けたの」

 話が逸れた上に、余計に意味が分からなくなった。


「ごめん、益々意味が分からない」

「だから、『耳鼻科』で貰ったから『ミミ』と『ハナ』になったの。ほら、両方使っているでしょう?」

 大真面目にそんな事を言われて、俺は一瞬思考が停止した。


「………………マジ?」

「勿論よ」

 一応確認を入れてみたが、真顔で母さんに頷かれてしまった俺は、もう溜め息しか出なかった。


「前の猫も、とうとう死ぬまで名前が『ニャンコ』のままだったし、長男だからって平気で俺の名前を『太郎』にする親父だからな……。父さんのネーミングセンスが微妙なのは今に始まった事じゃないし、それをおかしいと思ったら、母さんだって結婚歴何十年になってないよな……」

「何をブツブツ言ってるのよ。それより、何か変わった事は無かった? ちゃんと食べているんでしょうね」

 自分自身に言い聞かせながら、俺はソファーに座ってお茶を飲んだ。そして母さんと幾つか近況を話し合ってから腰を上げたが、ふと猫達の方に視線を向けて首を傾げた。


「母さん。あの猫達、寒いのかな? さっきからおしくらまんじゅう並みに二匹がぴったりくっ付いて、微動だにしないんだけど? 鳴きもしないし」

「急に母猫や兄弟と引き離されて来たから、まだここに慣れなくて怖がっているのかもね。餌や水は取っているから大丈夫でしょう」

「そう?」

「特に今日は、新しい見慣れない人間が来ちゃったしね」

「……得体の知れない人間で悪かったな」

 確かに昔、ニャンコが家に来た時は、もっと大きかった気がするなと思いながら、俺は再び籠に歩み寄り、屈んでその中を覗き込んだ。


「改めて、よろしく。新入り。言っておくがこの家の家族歴は、お前達より俺の方が、はるかに長いんだからな?」

「…………」

 笑いかけながらそう声をかけたものの、相手からは全く返答は無く、僅かに怯えが見える目で見上げられただけだった。


 翌日になると猫達も幾らかは慣れたようで、リビングに人が入って来ると、その動きを目で追うようになっていた。それに餌をくれる人間は、やはり一番先に認識したらしく、俺に対しては全く警戒心を解いていないが、母さんに対しては「みゃあ~」とか細い声で鳴いてアピールしている。

 それを楽しく観察しながら、俺はそろそろ猫用のおもちゃを調達して遊んでやろうかと、密かに算段を立てていた。


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