例えばここが、深い海の底だったなら。

きっと太陽を望むことはなかった。


例えばここが、灼熱の地だったなら。

きっと、夏のきらめくしずくを素晴らしいとは思わなかった。


例えばここが、空中に浮かぶ箱の中だったなら。

きっと、二人掛けのソファの密度を愛おしいとは思わなかった。


例えばここが、暗い森の中だったなら。

きっと、きらめく緑を美しいとは思わなかった。


例えばここが、わたしの奥深くではなかったなら。

きっと、こんな言葉たちは浮かばなかった。


そっと目を閉じて、息をつく。

手のひらから力を抜いたら、ペンが床に落ちた。

小さな音を立てて、転がっていく。私の、唯一の武器。

そうきっと、私が輪郭を失って、人間を辞めることが出来る瞬間。

想像してごらん。

自分の輪郭がにじんでいく様を。きっと、浮かぶように泳ぐようにさまようことができるよ。

きっと、悪くはない。


触れた指先から、熱がこぼれて、床に池を作るんだろう。

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