インスタントセメントとマスターキー
こわくてこわくてこわくて
わたしは、わたしの周りを殻で覆ったのだ。
必死で抜け出した殻のヒビを、埋めて。
更に分厚く、覆ったのだ。
インスタントセメントは使い捨てのバケツに一袋ぶち込んで、
その中に水を入れた。規定量入れると、バケツに満ちた、どろどろした流動体。
灰色はずっと灰色。
バケツは足元に置いて、両手で塗りたくっていく。
汚れるのなんて構わない。だって、誰も観ない。
これは、きっと人には見えないものだから。
全てのヒビを塞いで、分厚く分厚く、塗り固めた。
セメントは光を通さない。向こうからはこちらは見えない。こちらからも何一つ見えない。
足元のバケツを蹴飛ばしても、気にも留めない。
足が動かなくても、関係ない。だってここから出る気は毛頭ない。
セメントはすぐに固まる。
そうだ、早く。早く。私を守れ。その為の殻。その為の武装。
こつんこつん
何かが硬いものを弾く音。
きっと何かが触れる音。
何も聴こえない、振りをして、セメントで固めた両手で耳を塞いだ。
瞬間、閃光が瞼を射抜く。
殻が壊されたんだと気が付いた時は、赤い鉄のハンマーが振り下ろされたあとだった。
それを止めようとした。手が鉄に触れる。
「知ってたかい、この赤い鉄のハンマー。別名マスターキーって言うんだ」
それを聴きながら、彼は殻の半分をぶち壊していった。
「どんな扉も、鍵がかかっていようが開けてしまう。ドアごと破壊できるから、マスターキーさ」
自慢気にそう言いながら、殻は瓦礫に変わった。
最後に地面に埋まった足元に、鉄槌が振り下ろされる。
ぎゅっと強く閉じていた瞼を開くと、さわやかに笑んだ彼の顔がはっきりと見えた。ずっと薄暗い殻の中に居たから、目が慣れるまではわからなかったが、彼は。
彼は、私だった。友人だった。戦友だった。忘れていた。ここは同じ地面で、同じ空の下で、同じ人間だった。生きていたし、生きている。
そんなことも忘れてしまっていた自分に苦笑して、「ありがとう」と言った声は、音になっていたかな。
掠れた声は、どこまで届いた?
こわいこわいこわい。
それでも、この殻から、出られる。
ひとりじゃないから。
ひとりじゃないからさ。
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