夜の鎧のすきまから

あのね、あのね、

忘れないでね。

ここにいたこと。

ここにいること。

不可解でも、理解できなくても、

そのままを、知っていてね。

それだけで。それだけで。


夜の静寂が深く染み込む。

洗い立ての髪の毛から薫る。

あなたと同じ香りなのに、胸がぎゅっとするのはどうしてでしょう。

毛布をかぶって、頭のてっぺんまで。

息苦しくなるのは当たり前で、それでも顔を出す勇気はないの。

この毛布だけが私の鎧だった。


息を殺して数を数える。

過呼吸にならないように、ゆっくりと。

背中は丸めて、ちいさくなる。

これで少しは、安全なはず。

ああどうか、幸せな明日が来ますように。


隣で静かな寝息が聴こえる。

そうだった、もう恐くないんだった。

気がついたら息ができる。

寝息が聴こえるから、こわばった体の力を抜けた。

そうだった、このひとは、あのひとじゃない。

こわがらなくても大丈夫。傷つけられることもないんだから。


癖のようになってしまった習慣の恐怖。

心の真ん中に深く深く突き刺さったまんまの太い楔。

早く楔が溶け込むことを願うけど、これが抜ければきっと大きな傷を負うのだろう。

どちらにしても、痛いまんまだ。


息を吐いて、息を吸って。

意識すれば意識するほど、息苦しくなる。

君は知らない。隣で恐怖にもがくのを。

あのね、知らないでいて。

恐怖してしまう傷なんて、知らないでいて。


君がそのまま君でいて、隣にいてくれるだけで

ちゃんと人並みに眠れるんだ。

君は、知らないでいて。


あのね、あのね、

忘れないでね。

ここにいたこと。

ここにいること。

不可解でも、理解できなくても、

そのままを、知っていてね。

それだけで。それだけで。

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