墓前にて
よっす、きたぜー。
よ、いしょっと。ふう。
ん、あー……。今日は結構冷え込むよ。朝晩寒くて寒くて、困ったもんだよ。
鍋とビールが美味いのなんのって!
昨日は水炊き、今日は寄せ鍋。あれ? その前も鍋だっけか……?
もう覚えてねえや。
お前は、何の鍋が好き?
ああ、最近はカレー鍋とか、トマト鍋とかあるらしいぜ。ハイカラだよなあ。
俺らの若い時は、そんなもんなかったもんなあ。
おじさん、付いてけないわ!
あ、ちょっとタバコ吸うわ。
……ふう。
お前、煙草嫌いだったよなあ。
でも、俺のこと止めることもなくて、好きにさせてくれてたっけ。
悪かった。……ありがとうな。
あれから、結構時間が経って、俺もその分歳食ったよ。お前、もう俺のことわかんないかもしれないね。それでもまあ、俺がお前を見つけられたらそれでいいんだけど。
お前がいないと、あんまりおもしろくなくてさ。
違うか、逆だな。
お前と居たら、何でもないことも楽しく見えて、可笑しくて、あんなに愛おしい生活はなかったと思う。
俺と出会ってくれて、ありがとうな。
そう言いながら、あいつの墓石に手を伸ばす。
ああ、こんなにつるつるになっちゃって……コケもシミもない、綺麗な墓石だ。多分あいつの家族や子どもたちが、毎回綺麗にしてやっているんだろう。
供養やらしきたりなんてのを重んじていたあいつだから、きっと家族もあいつを倣ってやってるんだろうと思う。
この墓の下に、あいつはいるんだろう。骨を小さなツボの中に納めて。
俺よりでかい図体してたくせに、あんな小さい骨壺なんかに納まっているのかと思うと、今でも不思議で仕方ない。
よく町内の自動販売機と並んで、「な、おれ、自販機と一緒くらい。すごくない?」なんて、バカみたいな会話をしていたのも記憶に新しい。
友人の何人かはすでに逝ってしまった。俺は友人たちの墓を回って話しかける。近状報告やなんとなく話しておきたいことなんかを、好き勝手に話す。
多分誰も聴いてなんかいない。
この下にだって、誰もいない。ただ、石柱が立っているだけだ。
それもわかっていながら、俺は繰り返しこの前にうずくまって話しかける。
最近はめっきり寒くなってしまった。ふくふくのダウンコートを着て、娘が苦笑しながら仕方ないと買ってくれたマフラーをつけて、線香を焚いて花を手向ける。
俺もいつか、死んでしまうのだけれど。
それまでは話しかけてるのも、悪くないだろう?
寒空の下、線香の煙が重たい曇り空に馴染んでいった。
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