あなたを、好いた。


はじめまして、こんにちは

あなたのことが見えたから、声をかけたくなりました。

あなたの瞳は黒いのね。

私の瞳は緑なの。素敵でしょう。

私はあなたの黒に、とても強く惹かれるの。


お久しぶりね、こんにちは

あなたのことが忘れられなくて、お会いしたくなりました。

あなたの髪は黒いのね。

私の髪は栗色よ。素敵でしょう。

やっぱりあなたの黒に、とても強く惹かれるの。


あら、どうしたのかしら。

目を開けているのに、何も見えないわ。

強く惹かれた、あなたの黒が目の前を覆い尽くしているの。

おかしいわ、まだ夜中なのかしら。

もう一度眠れば、あなたに会えるでしょうか。

強く惹かれたあなたの黒に、もう一度会えるでしょうか。





いくつも搭載した電子系統がエラー音を甲高く吐き出していく。

視野モニター、聴覚センサー、各種感覚センサー、思考ルート、駆動領域。

その各位でエラーが飛び出して、むしろエラーのない箇所を探す方が難しいほど。

ああ、唯一侵されていないのは、


人間で言うところの、心と呼ばれる感情領域。


記憶装置と連動し、内部器官をも左右させる「機械」にとって一番厄介だった部分だ。

その部分が今ようやく、生命維持を果たしている。

「機械」が「意思」を持ち「生きる」ことができる、それを証明するのが最期を目前に控えた今だとは、何たる皮肉だろうか。


「なんだお前、さんざん口説いておいてそんなに幸せそうな顔をして、眠るように逝くのか……」

彼はもう自立し動き出すことのない「機械」のために、涙を流した。


「……おれを、置いて」


彼は一つ息を吐いて、もう一つ吸ってから胸に詰めた。

「もう、痛くないぞ。寂しくもない。俺も、大丈夫だ。大丈夫だから」


それでも、少しずつ肩が震え、喉がしまる。鼻の奥がつんと痛い。

今は押し殺す。男はシルバーフレームの眼鏡を押し上げて、努めて笑顔を作った。

さんざん下手だと言われた笑顔だが、なんとか笑えているだろうか。みっともないところは、見せられない。心配させたまま逝かせられるか。


「俺は、大丈夫だ。もう、大丈夫だから、安心してくれ」

「お前が好いてくれた瞳も、髪も、俺が持っている。捨てて……生きることを止めたりしない。約束する。だから、安心してくれ、カガリ」


男は笑っていた。頬を伝うのは涙ではないと自分に言い聞かせて。

ただ声を届けるためだけに、笑った。安心して、いかせるために。


「じゃあ、さよならだ」

男は生命維持のために駆動していたパソコンの電源をシャットダウンした。コンセントも強引に抜いておく。何も間違いが起きないように。


「……俺が、作ったんだ。他でもない、俺が。今なら、泣いたっていいだろう……?」


男は白衣が床につくのも気にせず、床に突っ伏して声を圧し殺して、泣いた。

静かに静かに、泣いた。


さようなら、さようなら。

ここでこの悪夢のような連鎖を断ち切ろう。アンドロイドがアンドロイドを作る、この無限地獄のような連鎖を、俺が止める。

自我プログラムも各種バックアップも取ってあるが、俺が最後まで持っておくことにする。

俺の活動限界までは68425973184221日と23時間。

それまでは、それまでは。


お前が好いてくれた瞳も髪も、きっと褪せてしまうけれど、

お前の記憶と思いでとバックアップと一緒に、

待つことにするよ。

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