追記 独壇場(一)

 このお話も最後はもちろん座談会で締めます! 色んな意味で聞き手を誰にするか迷いました。アナとニッキーの両方を知っている人物ということで、結局飲み屋のおかみイザベルさんに頼みました。番外編のお話からは時系列的に少し進んで、三人の子供達もだいぶ大きくなっています。


注:題名にあるようにジェレミーの独壇場です。彼がかなりの暴走をしております。十分ご注意ください。




***




― 王国歴1042年 秋


― サンレオナール王都 イザベルの飲み屋




 ここはあのイザベルの飲み屋である。アナは馬車を降りた時からはしゃいでいる。


「本当に久しぶりですわ、ここへ来るのは。あまり変わっていないですね」


「ああ。俺もお前ほどじゃないが久しぶりだな。もう飲みに来ることもめっきり減ったしな」


 二人はおかみのイザベルに温かく迎え入れられた。


「ようこそいらっしゃいました。奥さま、ご無沙汰しております。益々お綺麗になられましたわね」


「まあイザベルさんはお上手ね」


「イザ、一体何だよ、俺達を呼び出して」


「立ち話も何ですからお入りください」


 二人は奥の事務所に通される。長椅子に勧められ、夫婦はそこへ座った。


「ルクレール侯爵夫妻、本日こちらへおいで頂いたのは恒例の座談会を行うためなのです。このイザベルが何故か聞き役という大役を仰せつかわりました。平民の私がなんとも恐れ多いことでございます」


「は? 座談会? イザ、お前相手に今更何を話せっつんだ?」


「まあ、どんなお話をすれば良いのでしょうか?」


「ご夫婦の馴れ初めや、ご結婚後の生活、ご家族やお子さまたちのことなど……読者サービスの一環ですわ」


「まあ、そういうことでしたら……そうですね、この飲み屋ほど相応しい場所はございませんわ」


「そうだな。俺達出会ったのはここだもんな。アナともニッキーとも」


「ええ、全てここから始まりましたね、旦那さま。イザベルさんも聞き手には適役ですわね」


「はい。最初お話を頂いた時には恐縮致しました。それでも、聞き手は主役のお二人よりも目立ったり、主張しすぎる人物には向いていないのです。しかし、聞いているだけでも駄目なのです。上手に質問を投げかけ、如何に話し手から情報を引き出すかが聞き手の素質を問われるところなのです。それに私は数少ないニッキーの正体を知る登場人物です。他には奥さまの従兄フランシス・ゴダン氏、ルクレール家の御者ヒューさんしかいらっしゃいませんしね」


 実はアントワーヌもアナの秘密を知っている数少ない人々のうちの一人である。しかしアナは口を挟まず、微笑んだだけだった。


「ハイハイ! 御託を並べるのはそのくらいにしてさっさと始めてくれ。俺なら何でも包み隠さず話すからさ。素っ裸にされる覚悟は出来てる」


「素っ裸って、フリ〇ンで屋敷内をうろついているから慣れてるだろ、と今読者の皆さまお思いですよ」


「バレたか」


「あ、あの、屋敷内ではなくて自室だけですので……一応主人の名誉のために申しますと……」


「……では始めます。お二人に自己紹介をお願い致します」


「自己紹介? 何を改まって、しょうがねえなぁ。ジェレミー・ルクレール、侯爵、近衛大佐、妻一人、恋人一人、子供は妻との間に息子二人、恋人との間に娘一人、あと愛猫一匹」


「……これはまた事情を知らない方が聞いたらぶっ飛ぶような自己紹介ですこと。では奥様お願い致します」


「初っ端から申し訳ございません……アナ=ニコル・ルクレール、侯爵夫人、王宮魔術院所属で貴族学院でも非常勤で教鞭を取っています。王都から少し北のボルデュック領出身です。夫との間に子供が三人おります。それから私、別の顔をもっていまして、ある時はピアノ弾きのニッキー・ルヴェン、そしてまたある時は黒猫のシャルボンにゃのです」


「ご夫婦で少々証言に食い違いがあるようですが……知らない方はますます混乱されますわね」


「まあいいってことよ」




 この事務所に入って来た時から懐かしそうにしていたアナは昔のことを思い出している。


「懐かしいですわね、この部屋……旦那さま、覚えておいでですか? ニッキーが酔っ払いにお酒をかけられた夜のこと」


「ルクレールさまがニッキーを助けて下さったのですよね」


「もちろん覚えてるさ。あの時な、イザが居なくなって俺達ここで二人きりになって、この長椅子の上で……」


「キャー! それ以上おっしゃらないで下さい、旦那さま!」


「お前が最初に話題をふったんだろーが!」


「うふふ。ルクレールさまは奥さまともこの飲み屋でお会いになったのですか?」


「ああコイツな、店の前でクソ寒い中俺のことストーカーのごとく待ち伏せていたんだよ。そんでもって初対面でいきなり『ルクレール様、私と結婚して下さい!』だもんなぁ。流石に俺も女にそんな迫られ方されたのは初めてでよ」


「まあ、奥さまって度胸と行動力がおありですわね」


「あの時は、私も領地の再建のことで切羽詰まっていて……」


「それにしても、アナさまのこと、ニッキーと同一人物だとご結婚後もしばらくお気付きでなかったのですよね、ルクレールさまは。ある意味そこまで鈍感なのも凄いですわ」


「この方、女性は皆へのへのもへじに見えるって王妃さまとアメリが……」


「そうですわね、ルクレールさまは筋金入りの女嫌いでいらっしゃったから……ニッキー少年に御執心だった時はね、へえやっぱり、と私も思いました。男の子っぽい女の子が好きなのか、それとも?……と」


「どうして旦那さまは女嫌いなのですか?」


「学院に入ったばかり、まだ十二のガキの頃からケバい女どもに追いかけられてたからだ」


「なるほど、そうだったのですか。ルクレールさまはどうしても女性の魅力に溢れていてご自身に大層自信がある方々から言い寄られるのですよね。女を全面に押し出して武器にする女性が周りに集まってくるでしょう?」


「ええ、分かります。婚約中や新婚の頃はそのような系統の方々から私も色々と言われましたわ」


「それはそうと、ニッキーの正体は周りの一部の人間は分かっていたというのに肝心のルクレールさまは結婚後数か月してやっとお気付きでしたわね」


「私もかたくなに彼はニッキーのことが好きで、アナはただの形式的な妻と思われているだけと信じておりました。それも良くなかったのですね。でも、正体が明らかになって仲直り後はとても幸せですわ」


「ああ何だかまたニッキーに会いたくなってきたなぁ」


「旦那さまったら……」


「もう奥さまはそんな必要もないのに未だに時々ニッキーになっているのですよね? そこが私には少々不思議です」


「もうニッキーは俺だけのニッキーだからさ」


「でもお二人、大きく違うのは髪の毛の色くらいですよ?」


「そんなに突っ込んで聞かれると困るなぁ、俺も。見た目も髪の毛の色だけじゃなくてさ、〇〇の色も違うしさ、性格もニッキーの方がだいぶ積極的で大胆でXxXなんかも躊躇ためらわずにしてくれて……」


「ちょ、旦那さまっ!」


「十八禁発言は禁じられておりますので、ご協力下さいね、ルクレールさま」


 しかし調子に乗ったジェレミーは誰にも止められない。


「そんでもってさ、俺がニッキーニッキーって言っているとアナが妬いて張り合って色々頑張ってくれちゃったりするわけよ」


「キャー!」


「淫らな刺激を求めて潜在的浮気願望、不倫願望ではないのですか? 一夫多妻制願望?」


「何だ、イザのくせにそんな小難しい用語使っちゃって。ただ単純にアナもニッキーも好きで両方とヤりたいだけだ。たまにシャルボンもな」


「……」


「イザ、お前が今考えていること、手に取るように分かるぞ。シャルボンとどうヤってんのかって……」


「旦那さまっ!」


「夫婦のプライベートだからあまり詳しくは言わねぇけどさ、読者サービスならしょうがねぇなあ。シャルボンのザラザラの舌やあのプニプニの肉球とかさ、たまんねんだよな。時々牙や爪を立てられたりするのがまた……病みつきになるって言うか」


「シャルボン、恥ずかしいですニャァーン」


「……私がどうして聞き手に選ばれたか良く分かる展開ですね。私も大抵のことには動じませんけれども……」


 イザベルは大きなため息をついた。




(二)に続く




***ひとこと***

ジェレミーの独壇場、あまりにも長くなり過ぎたので二話に分けました。座談会、いつも長くなりがちなのですが、今回は特に長くなってしまいました。

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