追記 正妻(二)

注:ラブラブバカップルの暴走はいつになっても止まりません。いわゆる朝チュンですが、一応注意を喚起致します。


***



「実は主人には私たちの婚約前から、私も容認の恋人がいるのです。私はそれを承知の上で婚約、結婚しました。そして主人は結婚後もずっとその方に夢中で、熱が冷めることもなく最近など益々入れあげておりますの」


「はぁ?」


 アナのこの言葉には流石の悪女も開いた口が塞がらない様子である。


「貴女も含めた愛人候補の方々が門前市を成しているのですけれど、主人は目もくれないのです。それこそどんな美女だとしても。彼はその可愛らしい恋人の方にベタ惚れですから」


「な、何ですってぇ?」


「ですから貴女の番なんてお婆さんになっても回って来ませんわよ」


「偉そうに! じゃあ貴女は二号さんにちょうを全て持っていかれた惨めな形だけの妻ってことね、フン!」


「それでも正妻ですもの。主人は私のことは妻としてこれ以上ないくらい尊重してくれていますわ」


「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわよ!」


「貴女、もうそのくらいにしておきなさいよ」


 もう一人の女性は呆れているようだ。


「妻の私が侮辱されていると主人が知ったら、女性だろうが容赦しないと思いますわよ。特に今私はルクレール家の跡取りになるかもしれないお子を身籠みごもっている大事な時期ですし」


 アナはそこで小広間をちらりと目をやる。ジェレミーが一人きょろきょろ辺りを見回しながら歩いてきているのが目に入った。


「ルクレール夫人、先程からの無礼をお許しください」


 連れの女性は常識だけは心得ているようで、悪妻の代わりにアナに謝っている。


「では私は失礼致しますわ。ほら、主人が私を探しているみたいですもの」


 アナは笑顔で軽く会釈をしてその場を去った。




「アナ、お見事ね! いい気味だわ!」


「俺さ、副総裁様がビアンカさんに全然頭が上がらないのを見た時、彼女って結構怖いって思ったんだけど……アナさんはもっと上を行くね……」


「まあ嫌ですわ、サヴァンさま。でもそうね、私婚約してからというもの、これより酷い修羅場は何度も経験してきましたから、ちょっとやそっとじゃへこたれません」


「うわっ、ますますコワい! ルクレールは悪いことなんて出来ねぇな!」


「それにしてもアナ、あんなでたらめ言って良かったの? あの性悪女、噂を広めるわよ」


「主人に恋人がいるってこと? あのような方はプライドが邪魔して誰にも言わないわよ、きっと」


「それもそうね」


「それにさ、実はアナさん達も相当なバカップルだって噂が広まりつつあるんだよなぁー。こっちの方がよっぽど信憑性あるし」


「な、なんですか、それ?」


 例の『アナたん♡』『ジェレたん♡』の件であるがアナ自身はまだ知らないのだった。




 ロイック悪妻はアナのお腹が大きい間はご無沙汰だろうなどと思っているようだが、それは間違っていた。まずジェレミーはアナの妊娠を彼女が想像していた以上に喜んでいる。それにアナはジェレミーが自分やニッキーを求める頻度も減るかと思っていたが……全然そんなことはないのである。


『妊婦姿のニッキーなんて一生に何度もお目にかかれるもんじゃないし! 期間限定超レアキャラなんだからさ、会える時に思いっきり堪能しておかないとな! いいだろ頼むニッキー出て来てくれ! 激しくシないからさ!』


 彼のニッキー熱もますます盛り上がっているのである。


『そりゃあもちろん、妊婦のアナも萌えるけど!』


 アナへのフォローも一応は忘れてはいないようである。






 そこで三人のところへジェレミーがやって来た。近衛の白い正装の上着は脱いで手に持っている。


「悪いな、アナ。お前のこと放っておいて」


 さんざん飲まされたのだろうが、彼の足取りはまだしっかりしていた。


「そうよ、ジェレミーさま! こっちはもう……」


「旦那さまは楽しめましたか?」


 アメリには何も言うなという合図を送り、アナは彼女の言葉を遮った。


「ああ、でも前後不覚になる程酔ってねぇぞ。何てったって今晩は御褒美が待っ……」


「だ、旦那さまっ!」


「さ、俺達は帰るぞ。これ以上酔っ払いに絡まれたくねぇしな」


「おう、じゃあな、ルクレール」


 そしてアナとジェレミーは祝賀会会場を抜け出し帰路についた。帰りの馬車の中でジェレミーの向かいに座ったアナはニコニコしている、と言うよりも目がキラキラと輝いている。


「アナ、お前も今日は疲れたろ?」


「いいえ。祝賀会も意外と楽しめました。それに、旦那さまの正装姿を久しぶりに見られてアナは嬉しいです。旦那さま、ステキです……」


(この人また目がイッちゃってるし……何か俺、正装していると身の危険感じるんだけど……)


「……ああ、分かってるって。今晩は着替えずにシてやる」


「いえ、旦那さま。今晩は優勝のご褒美ですから、正装姿の旦那さまに私がご奉仕させてくださいませ」


 懇願するように言うアナの表情にジェレミーは思わず顔を赤らめた。


(この人、恍惚とした顔でこの台詞、時々破壊力半端ない……)


 たまらずジェレミーは馬車の小窓を開け御者に声を掛ける。


「ヒュー、もう少し急げるか?」


「はい、旦那様」


 帰宅したアナはすぐにジェレミーの寝室に連れて行かれそうになったが、彼女は断固として自室に戻った。


「旦那さま、私アレに着替えますから少々お待ちくださいね」


「あ、ああ、分かったよ」


 しばらくしてジェレミーの部屋に入って来たのは例の白いネグリジェ姿のアナではなく、色違いのピンクのネグリジェを着たニッキーだった。


「ニッキー!? お前無理すんな、魔力あんのか? そりゃ俺は嬉しいけど!」


「大丈夫です。今晩はニッキー自身がジェレミーさまにどうしてもお会いしたくって……でも朝までずっとニッキーではいられないでしょうけれど」


「いや、朝までじゃなくてもお前が出来るかぎりでいい。ニッキー、それ無茶苦茶似合っているし! スケスケネグリジェを着た妊婦のニッキーなんて激レアキャラじゃねぇか!」


「ジェレミーさま優勝のご褒美に『スケスケねぐりじぇのニッキーと制服でぷれい』です! 何をして差し上げましょうか?」


「俺、もうダメ……何サレてもすぐ果てそう……」




************




 明朝ジェレミーが目覚めた時、隣に横になっていたのはニッキーではなくアナだった。


「目が覚めたか、アナ」


「お早うございます、旦那さま」


「ニッキーでご褒美頑張りすぎて疲れてないか? まさかニッキーに会えるとは思っていなかったから余計嬉しくってさ。ああ、昨夜は色々と最高だったなー」


 ジェレミーは真っ赤になったアナのまぶたに軽くキスをした。


「うふふ、ニッキーは正妻のアナも結婚前から容認している、旦那さまが首ったけの恋人ですものね」


「何言ってんだ、お前。ああそうか、本妻のアナ=ニコルさんはまたニッキーに妬いてるんだな。お前も敬愛する旦那様に御奉仕したいんだろう?」


 そう言ってジェレミーはアナの方にすり寄って来る。


「え? いえ、そうではなくて……あ、私そろそろ起きないと……」


「いやぁしょうがねぇなあ、アナ=ニコルさんからもご褒美かぁ。お前がヤってくれるって言うんだったら俺は別に断る道理はねえし……」


 ニヤニヤしながらジェレミーは起き上がろうとするアナの両手首を掴んで逃がさないようにした。


「そ、そんな、旦那さまのイジワルッ!」




     ――― 正妻  完 ―――




***ひとこと***

門前市を成している愛人候補の皆さん、全くお呼びでないですね。


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