追記 正妻(一)

注:ジェレミーと騎士仲間達が酔っぱらって下品な発言をしております。まあジェレミーはシラフでもいつもこんな感じですし、どうかお許しください。


***




― 王国歴1030年 春


― サンレオナール王都




「サンレオナール王国バンザーイ!」


「決勝戦、素晴らしかったぞルクレール! 良くやった、俺は感動した!」


「強敵サヴァンを倒して悲願の優勝だな。お前、結婚して一皮むけたんじゃないのか?」


「何だ、その言い方は。今まで俺がけてなかったって言いてえのか?」


「ガハハハッ」


「サヴァンも好戦したのに惜しかったな」


「まあな、新婚さんだからなぁ、剣は剣でも下の剣を振り回して突くのに忙しくてお疲れだからしょうがねぇよな!」


「ワッハッハ」




 ここはサンレオナール王宮小広間、ジェレミーが見事優勝を果たした騎士道大会後の祝賀会が行われている。騎士達が大いに盛り上がっており、少々下品なことを言い出す輩もいた。


 この祝賀会の出席者は大会出場者とその配偶者、騎士団関係者だけである。もちろんのこと若い独身の騎士が多く、舞踏会のような華やいだ雰囲気ではなく、むしろ男同士の打ち上げと言った感じだった。


 騎士団員の夫人たちは固まって女性同士のお喋りにいそしんでいる。アナとアメリも壁際の椅子に座り、男性たちが騒いでいるのを見ていた。


「アナ、疲れていない? 春になったとはいっても今日は少し肌寒かったしね」


「いいえ。念のためたくさん着込んできたから大丈夫だったわ」


「それにしても相変わらずね、奴らのあの騒ぎようは。うるさいったらもう。アナ、びっくりしたでしょう、初めての祝賀会、ガサツなむくつけき男どもが飲めや歌えの大騒ぎで」


「皆さん、騎士道大会で活躍されたから賑やかにお祝いしたいお気持ち、良く分かるわ」


 アナはニッキーとして飲み屋で働いていたので、この盛り上がりようにもそこまで驚いてはいない。飲み屋では何かの行事の度にジェレミーや他の騎士たちが打ち上げと称し、酔っぱらって騒いでいたものだ。


「何だか異様な熱気で暑くなってきちゃった、バルコニーに出ない?」


「そうね、少し風にあたりましょうか」


 女性二人が立ち上がったところにリュックがやってきた。アメリの唇に軽くキスをして彼女の腰を抱く。


「やれやれ、あの集団の中にいるといつまでも飲まされ続けるよ」


「リュック、今晩くらいはいいじゃないの」


「ちょっと休憩。いくら無礼講ったっていくらなんでも」


 アナはニコニコしながら新婚夫婦を見ている。


「サヴァンさまもバルコニーで涼みませんか?」


「そうだな。ルクレールの奴は流石に優勝者だからな、しばらくは解放されないよ、あの連中から。さ、行くか」


 三人がバルコニーに近付いたところ、そこには既に二人の女性が居た。そのうち一人はアナも見覚えがあった。ジェレミーの友人ロイックの妻で、以前ジェレミーを誘って情事をもちかけたけしからん奔放女である。彼女もアナに気付いた様子だったが、アナをさげすむような眼で見た後、会釈をするでもなく話を続けている。


「それにしても、やはり私の思っていた通りだったわ。ジェレミーさまの奥さま」


 わざとアナに聞こえるように声を大きくしたのが分かった。明らかに悪意のこもった口調である。


「ええ、驚いたわ。もうおめでたなのね。でも何が思った通りだったの?」


 もう一人の女性はアナに気付いていない。


「婚約された時から何だか不自然じゃなかった? どうしてジェレミーさまがあんな地味で華がない方と結婚されたのか。貴女も言っていたでしょう?」


 今にもバルコニーに飛び出してその女に掴みかかりそうなアメリをアナは目で制した。リュックはアメリをしっかり抱き寄せている。アナはリュックに頷いて見せた。この場をどう収めるかは自分に任せてくれという意味だった。


「ええ、でも今日のお二人を見て私はお似合いだなって思えたわよ」


「え? どこが? 私はやっぱりあの冴えない奥さまにはただ子供を産ませて家を守らせるのだって再認識したわよ」


「貴女は全く自分の都合の良い方にしか考えられないのね……」


「何とでもおっしゃいな、あの人が腹ボテの今がジェレミーさまを誘う絶好のチャンスだわ。彼だって欲求不満が溜まっているはずよ。やっぱり人生刺激がなければね!」


「まあ……火遊びもほどほどになさいよ……」


 アメリはリュックの腕から逃れようとバタバタしている。彼に口まで塞がれている。


「んん、むがが」


「しぃー! アメリ、お前は少し落ち着け」


「ええ、私が一言ガツンと言ってやりますから」


「頑張れ、アナさん」


「っむ、うががー」




 アナは一人でバルコニーに出て、二人の女性の前に歩み寄る。


「こんばんは。先程からお二人、私たち夫婦のことをお話されているみたいですけれど」


 もう一人の女性は明らかに動揺して気まずそうな顔をした。


「こ、こんばんは。ルクレール侯爵夫人」


 ロイック悪妻は悪びれた様子も見せず、挨拶もせず鼻をフンと鳴らしただけだった。


「そちらの貴女、以前も主人に色目を使われていましたわね。それも私たちの屋敷で堂々と。でもお生憎さま、主人には相手にもされていなかったようですけれど」


「そうおっしゃる奥さま、妻の座に胡坐あぐらをかいていて度重なる妊娠と出産でご主人さまのお気持ちが他所に向かわないようにお気をつけあそばせ、ホホホ。ああ、そもそも最初から愛なんてない結婚なのかしらね?」


 もちろんアメリとリュックは一部始終を見ていて、アナが不利になりそうだったらいつでも助け舟を出すつもりである。とりあえず今のところはアメリが飛び出さないようにリュックが彼女を押さえている状態だった。


 アナは性悪女の言葉にも動じず、落ち着いて言葉を紡いだ。


「ご忠告ありがとうございます。私が妊娠中の今が愛人として名乗りをあげるいい機会だと思っていらっしゃるようですけれど、とうてい無理ね」


「どういう意味なのよ! その程度の容姿で大した自信ですこと!」


 女狐ははしたなくも声を荒らげている。アナは毅然とした態度を崩さない。




正妻(二)に続く




***ひとこと***

再び登場です、以前シャルボンにやっつけられたあのロイック悪妻! またの名をマチルダ二号。名前はもう面倒なので付けていません。ロイックの悪妻で十分です。

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