追記 禁煙(二)
悪阻も終わり、日々気分が良くなったアナはある日ジェレミーに告げる。
「旦那さま、私最近は調子もいいですし、特別奉仕とやらが出来そうですわ。旦那さまの煙草もぐんと減りましたしね」
「そうか! 分かった」
ジェレミーはいそいそと箪笥の中から何やら出してくる。何処で入手したのだか、白いフリフリの膝上丈の寝衣に布面積の非常に少ない下着だった。
「とりあえずこれ着てみろ」
「まあ、こんな可愛らしい寝衣なんて今まで着たことありませんでしたわ!」
「そ、そうか?」
ジェレミーは絶対妻に『旦那さまのえっち!』と言われるとばかり思っていたのに、この反応は予想外だった。
「私、子供の頃はともかく、ここ数年は実家があんな状態でしたので実用的で長持ちする衣類しか持っていなかったのです。このようなレースやフリルのたくさんついたもの、実は好きなのです。似合うかどうかはともかくとして」
「スケスケネグリジェでもか?」
「ねぐりじぇ? まあ、本当ですね結構透けますね、この素材。私が着てもいいのですか?」
アナが恥ずかしがりながらも意外と喜んでいるのはジェレミーにとっては嬉しい驚きだった。
「あ、ああ。体を冷やすと良くないから上に何か羽織れよ」
そして何処で買ったのか未だ謎のスケスケネグリジェとほとんど役に立ってない下着をアナは着てみた。着替えるところは流石にジェレミーに見られたくなくて自室に逃げ込んだ彼女だった。
「この寝衣自体はとても可愛らしいけれど、やっぱり私に似合っているとは言い難いわね……少しお腹も膨らんできているし……こんな姿をジェレミーさまにお見せしないといけないのかしら」
案の定待ちきれないジェレミーは二人の部屋の間の扉をドンドン叩いている。
「アナ、早くしろ! そっち暖炉の火、もう消してんだろ、体が冷えるぞ!」
「ハ、ハイ。今参りますから」
アナは観念してバスローブを羽織ってジェレミーの部屋に戻った。
「本当はさ、特別奉仕としてそれ着たお前に風呂で全身洗ってもらって、それからアンなことやコンなことをサせようと思っていたんだけどさぁ……まあ、妊婦のお前にはきついだろうし、また風邪ひかせるわけにもいかねぇし」
「旦那さま、私が特別奉仕を全うできないからといって禁煙を止めたりなさいませんよね? それに私、今はこんな体型ですし、そうでなくても似合っていないかもしれないのに……」
「いや、絶対似合っているって! だって俺が見立てたんだからな! こっち、暖かい暖炉の側でちょっとだけ見せてくれ」
ジェレミーはアナの手を引いて暖炉の前へ行き、そこでアナのローブを脱がせてご満悦である。
「やっぱりお前には白だと思ったんだよなぁ」
「旦那さま、もういいですか? 私恥ずかしいです……」
「分かったよ、ローブ羽織れ。でも今晩お前それ着て寝ること! 分かったな。特別奉仕は出産後まで待ってやるから。さあ、寝るぞ。体が冷える前に布団に入れ」
そして二人は寝台に横になり、アナは非常に機嫌の良いジェレミーに腕枕をされている。
「ところで、このような寝衣を何処でお求めになったのですか?」
「イザベルの飲み屋の近くにその手のものを取り扱う専門店があんだよ。流石にこの世界にはア〇ゾンとか楽〇市場とかいう便利なものは存在しないからな」
もちろんアナには後半の文章の意味は全然分かっていない。
「旦那さまは女性の下着専門店にお一人でいらっしゃったのですか?」
「女ものの下着だけ売ってる店じゃねぇんだよ。色んな玩具や衣装、小道具と何でもありだ」
「まあ、玩具まで?」
「お前の想像とは違って、大人のオモチャだよ」
「チェスやカード、ボードゲームの類ですか?」
「そういうものでもないんだよ。まあ、百聞は一見に如かずだな。お前も今度連れて行ってやってもいいが、店内に一歩でも踏み込んだらお前卒倒するようなもんばっかりよ」
「……そうでございますか」
アナもジェレミーから色んな指南本を読まされているので何となくどんな店なのか分かってきたようだった。
「ところでさ、自分でも意外にも自分でも思っていたほど禁煙は辛くなかった。もう少しで完全に脱煙できそうだしな」
ジェレミーは片手でアナのお腹を優しくさすっている。
「良かったですわ。アナの特別奉仕もそうですけれど、今はシャルボンにもなれませんし、旦那さまの禁煙に水を差すのではないかと心配でした」
アナは妊娠が判明してからジェレミーに色々な魔術を使うことを禁止されていた。変幻魔法でシャルボンになることもそのうちの一つである。
「ああ。出産後元気になったらお前達全員にしっかり奉仕してもらうからな、覚悟しておけよ! ニッキー用のコスチュームも買ってあるからな」
「こすちゅうむ? あの、アナやニッキーはともかくとして、シャルボンには何をさせるおつもりだったのですか?」
「またシャルボンになれるようになってからのお楽しみだ。今はただ、めくるめく官能のモフモフ、としか言えない」
「ええっ?」
アナは真っ赤になってしまった。
「アナ=ニコルさんは何を想像してんのかなぁ? やだなぁ、イヤラシー」
「もうっ、旦那さまのイジワル!」
禁煙計画表を書いたテオドールは、そう苦しまずにすんなりと煙草を止められたジェレミーに大層感謝された。そしてお礼として学院裏の森にあるルクレール第一、第二秘密基地なるものの存在を教えてもらったのである。
第一基地は大木の上の大きな二本の幹が別れているところに設けられたツリーハウスだった。第二基地は森のもっと奥にある崖の横穴だった。
「クロードから引き継いでいるルクレール家の基地だ。お前は今日から名誉ある七人目の基地メンバーだ。自由に使ってもいいが他人には言うなよ。アナは今妊娠中でもし足を滑らせたりしたら危険だから使っていない」
「ありがとうございます。僕が七人目ということは、テネーブル教授にルクレール三兄弟に姉上……あれ、一人多いですね。他にもう一人どなたがお使いになっていたのですか?」
テオは指を折って人数を数えている。
「お前やたら細かいな。まあ、謎の五人目のメンバーは……そのうち分かるさ」
「そうですか。一人静かに過ごしたい時などありますよね、有難く使わせていただきます」
「どっちの基地も禁煙だからな」
「勿論です(貴方がそれおっしゃいますか……)」
そしてジェレミーが煙草を止めたということは彼の両親に王妃と、家族皆が大いに驚いた。セバスチャンも例外ではない。
「旦那様はこれまで何度も大旦那様や王妃様の言葉にも耳を貸さず、愛煙家でいらっしゃったのに……奥様が寝室を別にされたのが余程寂しかったのでしょうね。それにしても良うございました」
そうニコニコしながらアナだけにこっそりと告げたのだった。セバスチャンは再び夫婦別室を避けたい為だけにジェレミーが禁煙を達成したと思っているようだが、実は違う。
ジェレミー・ルクレール侯爵二十七歳、三つの魅惑的な御褒美の為に本気を見せたらまあこんなものなのである。
――― 禁煙 完 ―――
***ひとこと***
無事に禁煙も出来ましたし、あとはアナたちが御褒美の特別奉仕を頑張って再び吸い始めることを防ぐだけですね。
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