追記 再会(二)

注:いわゆる朝チュンで、時間は飛んで翌朝です。しかしラブラブバカップルの暴走は止まりません。引き続きR15注意報です。

***




「うーん……」


 翌朝、ジェレミーは冬の柔らかい朝日の中、ニッキーではなく枕を抱きかかえた状態で目覚めた。ジェレミーは枕に頬ずりしている自分に気付き、ガバッと跳ね起きる。部屋には誰の気配も感じられない。


「ニッキー? アナ?」


 アナの部屋に繋がる扉を叩いてみた。すぐに扉が開いてそこには既にドレスを着て髪も整えたアナが居た。


「はい、旦那さま。お早うございます」


「あ、ああ、お早う」


 アナからは昨夜の熱い夜の名残は全然感じられない。二人とも今日は休みなのだから、朝もゆっくりニッキーとイチャイチャしたかったのがジェレミーの本音である。


「旦那さま、今日はお休みなのですからこんなに早く起きずとも、もう少しお休みになられてよろしかったのに……」


 普段のアナだが、何となく距離を感じてしまうジェレミーだった。


「いや、だってさ……俺一人でニッキーは居なくなっていたし……」


「そうでございますか」


 ジェレミーにはいきなり室温が数度下がったように感じられた。


(何なんだ、コイツは?)


「旦那さま、私、今朝は年末の市を見に行こうと思っています。朝のまだ混んでいない時間帯に、この地味な昔のドレスで参りますから。昼前には戻ります」


「そ、そうか……」


「では旦那さまはごゆっくりなさって下さい」


「おい、アナ、ちょっと待てよ。何怒ってんだ?」


「怒ってはおりませんけれど……」


「そんなことねぇだろ、何だよさっきから! 昨晩のお前と全然違うじゃねぇか!」


「声を荒げないで下さいませ。それに昨晩旦那さまとご一緒したのは私ではございません!」


「そう言うお前だって声荒げてんじゃねぇか! 御一緒したのは私じゃねぇって、それはそうだけど、でもお前だろ?」


「……旦那さま、申し訳ありません」


 怒っていたはずのアナが今度は悲しそうな、泣きそうな顔をしている。


「どうして謝る?」


「今朝、旦那さまより先に目覚めて……自分でも多分一晩中は無理だろうと思っていたのですが、アナの姿に戻っていたのです。再びしばらくの間ニッキーになる魔力もなさそうだったので、もう自室にひきとりました。旦那さまはあのままニッキーと朝をお迎えになりたかったのですよね?」


「そんなこと気にするな。そりゃあまあ俺もニッキーと朝一緒に目覚めて、出来ればもう一発ヤりたかったけど、無理をさせたくはないしな」


 ジェレミーはアナの髪を撫でて頬に軽く手をあてた。


「本当ですか?」


「当たり前じゃねぇか」


 アナは母親の言葉を思い出していた。


『お父さまは私が一々言葉にして言わないと分かって下さらないのですから! それに何でも忘れて、アトリエに籠ってしまって……結婚記念日も、私や子供達の誕生日も、私を愛していることでさえ!』


 そんなことを言っている割に母親はいつも幸せそうであった。


(ちゃんと言葉にしないと駄目なのですよね、お母さま)


「旦那さま、アナのこと、好きですか?」


「はぁ? 朝っぱらから何言ってんだ、お前?」


「アナのこと、愛していますか?」


 そこでやっと気付くジェレミーだった。昨晩ニッキーに会えたのが嬉しくて舞い上がって何度も何度も彼女の耳元で『愛してる、好きだ、ニッキー』と囁いた。アナにそんな愛の言葉を言ったのは……多分仲直りの後一回きりである。


「なぁんだ、アナ=ニコルさんは何だか不機嫌だと思ったら、妬いていたんだな、それも自分の分身に」


 アナは真っ赤になってしまう。そしてジェレミーにしっかりと抱き締められてしまった。


「だって、旦那さまは……昨晩はアナに対する時よりもずっと情熱的でいらして……その……」


「イヤだなぁ、そういうニッキーだってさ、アナよりずっと積極的で乱れてたじゃねぇか?」


「もう、旦那さまのイジワル!」


 アナは抱き締められたままジェレミーの胸板をドンドンと叩く。


「アナとニッキー、どっちが好きかって、両方に決まっているだろーが! だいたいお前だってそうだろ、フリ〇ンの俺と近衛正装の俺、どっちも好きだろ?」


「な、何ですか、その例え! もちろんアナもニッキーも近衛の制服を召された旦那さまの方が好きに決まっています!」


「おい、即答かよ! フ〇チンの俺がイジケて嫉妬するぞ!」


 アナは思わず体をジェレミーから離した。


「ええっ、嫌ですわ、旦那さま……」


「ニッキーに嫉妬しているアナと同じだろーが」


「全然違います!」


「納得いかねぇなぁ。ところで、その年末の市、俺も行くぞ」


「でも旦那さま、平民の繁華街で行われているのですよ」


「昔は俺も良く行っていた。セブに頼んで平民の格好をするからいいだろ?」


「では、朝食の後に出掛けましょうか。旦那さま、帽子を忘れないようにして下さいね」




 年の瀬の繁華街は寒さにもちらつく雪にもかかわらず、商人たちが声を張り上げ、買い物に訪れる多くの人で賑わっていた。食料品、地方名産品、酒類、装飾品に衣類と何でも売っている。見ているだけでも楽しいのだ。


 一通り見終わり、アナは実家のボルデュック領に送ろうと日持ちのする干し肉、父親や妹への贈り物などを購入した。


「目的のものは全部買えたろ。そろそろ混んできたし、帰るか?」


「はい。今年ももうすぐ終わりますね。私にとっては激動の一年でございました」


 アナは年末の賑わいを眺めながら感慨深げに言った。


「俺にとってもだ。一年前には結婚するなんて思ってもみなかったな」


「私もです」


「そういうお前から『私と結婚して下さい!』ってプロポーズしてきたんだろーが」


 隣を歩くジェレミーにそう言われて顔を覗き込まれ、アナは恥ずかしくなってしまった。


「ええっと、あれは駄目で元々の覚悟で求婚してみたのです……まさか旦那さまが承諾して下さるとは思ってもみませんでした……」


「俺も最初はお前の求婚を受け入れるとは思わなかったよな……」


 辻馬車が拾える大通りまで歩きながら、さりげなくジェレミーはアナと手を繋いだ。


「旦那さま、こうして二人で街を歩くのは初めてですね」


「手繋ぎデートって言うんだよ」


「でぇと、でございますか?」


「ああ。お前と結婚できて良かった。愛してる、アナ」


 少々照れくさくてボソッと呟いただけのジェレミーだった。周囲の喧騒にかき消されて聞こえていないと思っていたが、アナの耳にはちゃんと届いたようだ。アナが彼の手をしっかりと握り返し、ゆっくり歩むジェレミーの上腕にそっと頭をあずけたからである。



     ――― 再会  完 ―――




***ひとこと***

あまりにジェレミーがニッキー、ニッキーと言っているとアナが大層妬くのでした。


何でしょうか、これを書く時の気楽さと言ったら。先日の第四作「蕾」の番外編とは大違いです。

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