追記 長男(二)
そう、野良猫のシャルボンは屋敷の中も自由に出入りしているのです。セバスチャンはアンリが他の野良猫や野良犬を拾ってくると叱るのに、シャルボンだけは違うのです。しかも動物嫌いだと思っていたセバスチャンもシャルボンだけは可愛がっていて、撫でたり抱っこしたりするのです。
父上のお部屋のバルコニーへ窓にはなんとシャルボン専用の出入り口まであります。それでもシャルボンは屋敷で飼っているわけではなく、僕も見かけるのは時々しかありません。
『シャルボンは気まぐれだから俺にモフモフされたくなったらフラーっとやって来るんだよ。別に飼わなくてもそれでいいんだ』
父上はいつもそうおっしゃるのです。何だか不思議です。
僕はシャルボンに可愛い奥さんをもらってあげようと考えたことがありました。ミシェルもお家で犬と猫を飼っているので聞いてみました。
『だめよ、ギヨーム。うちのオリーヴは男の子だもの。それにもし女の子でもね、私のオメガネにカナう猫のところじゃないとお嫁にはやらないわよ! その辺のどこのウマノホネとも分からないボンクラにはトツがせません』
僕には良く分からないけど、それに多分ミシェルにも良く分かっていないと思うけれど、とにかくシャルボンのお嫁さんはくれないということです。
『キゾクドウシのエンダンってマトめるのも大変なのよ』
猫に貴族も何もないと僕は思うのです。でも、ミシェルに僕が何か言うと十倍くらいになって返って来るのでうんうん、と聞いておくのがブナンなのだそうです。いつかミシェルのお父様のリュックおじ様もこう教えてくれました。
『ミシェルに何を言われたか知らないけれどそう気にするなよ、ギヨーム。女性の話は反論せずニコニコしながら頷いていれば大抵やり過ごせるんだからさ。あの奥さんに娘、母親、時には義母に囲まれている俺が言うんだから間違いないよ』
次は父上に聞いてみました。父上が一番シャルボンを可愛がっているからです。
「父上、シャルボンのお嫁さんになる可愛い女の子の猫をうちで飼ったらシャルボンももっと屋敷に来ると思いませんか?」
「思わねぇな」
一緒に居る母上は何故か吹き出して笑っています。
「どうしてですか?」
「いや、俺が知る限りシャルボンにそっちの趣味はねぇ筈だし……」
「そっちのシュミ?」
「旦那さま!」
今度は母上は慌てています。
「いや、だからなギヨーム。シャルボンは雌なんだよ」
「えっ、僕今までシャルボンは男の子だと思っていました。だって名前がそんなだから……」
「悪かったな、そんな名前付けて。だってアイツ真っ黒だからどう見てもシャルボンだろ?」
「それはそうですけれど……では、女の子ならハンサムなお婿さん猫を飼いましょう!」
「それも必要ねぇんだよ。アイツそっちの方はしっかり間に合ってまーすって言うだろうし」
「マニアッテマス?」
「シャルボンにはもうお婿さんがいるということですよ、ギヨーム」
「そうだったのですか! 父上シャルボンのお婿さん猫見たことあるのですね?」
「ああ、まあな」
「どんな猫ですか? シャルボンが選ぶのだからカッコイイ猫でしょうね!」
「そ、そりゃあ超イイ男に決まってるさ。毛並みは薄い茶色でむしろ金色っぽくてな」
話の途中で居間に入ってきたセバスチャンまで母上と一緒になって笑っています。
「そうですか。シャルボンはカッコイイ旦那さまと『らぶらぶ』だからあまりうちに来ないのですね!」
「そういうことさ」
「まあ、ギヨームったら、うふふ」
シャルボンが幸せで良かったです。母上もいつも言っています。
『私はお父上と結婚できて、貴方たちみたいなお子に恵まれてとても幸せなのですよ』
シャルボンにたまにしか会えないのは寂しいですけれど、素敵な旦那さまがいるのならしょうがないですね。可愛い子猫ちゃん達もいるかもしれません。
ある夜、僕は怖い夢を見てしまいました。もう眠れなくなってしまいました。思わず枕を抱えて廊下の奥の母上の部屋の前まで行き、扉を叩きます。しばらく待っても返事がありません。
「ぐすんぐすん……ははうえぇー、もうお休みですか……」
暗い廊下で余計怖くなってきました。その時やっと扉が開きました。
「まあ、ギヨームどうしたのですか? 貴方泣いているの?」
母上を起こしてしまったのでしょうか、でも怒らずに僕のことを優しく抱きしめてくれました。
「うぇーん、何かが追いかけてくる夢を見て眠れなくなってしまったのです、母上」
「それは怖かったでしょう。もう大丈夫ですよ。私の寝台で一緒に休みましょうか? おいでなさい」
母上は僕の手を引いて寝台に行き、そこに寝かせて下さいました。そして僕の隣に横になってくれます。
「母上が一緒だと僕もう怖くないです……ムニャムニャ」
僕に寄り添う母上はとても暖かくて安心できます。すぐにでも眠りに落ちてしまいそうです。どのくらい時間が経ったのか、僕はうとうとしていたのか夢を見ていたのか、誰かの声が聞こえてきました。
「オイ、ギヨームはもう寝たか?」
父上のひそひそ声でした。
「ええ、ここに来てすぐに。先程まで泣いておりましたのに」
隣で寝ていたはずの母上は寝台の上に座っているのでしょうか。押さえた声が上の方から聞こえてきます。
「じゃあもういいだろ、こっち来いよ」
ん? チュッチュッと音がします。二人がキスしているのでしょうか。珍しいです。でも瞼が重くて目が開きません。
「あっ、もう、ジェレミーさまったら」
母上が父上を名前で呼んでいます。初めて聞きました。そして二人は隣の父上の部屋に行ってしまいました。部屋の間の扉がそっと閉まる音が聞こえました。
いつもあんなに威張りちらしている父上でも怖い夢を見て眠れないのでしょうか。だったらここ、母上の寝台で三人一緒に寝ればいいのに、近衛騎士だからきっと僕に実は怖がりなことがバレるのが嫌なのかもしれません。確かに僕だってアンリにまた母上と一緒に寝たと知られたくないです。
しょうがないです、母上を少し父上にお貸しします……うーん、僕もまた眠くなってきました……ムニャムニャ。
朝目が覚めたら母上が枕元にいました。もうドレスを着ています。
「うーん……」
「お早う、ギヨーム。私の可愛いお寝坊さん」
まだ寝ぼけている僕の額に優しくキスをして髪をそっと撫でてくれます。
「お早うございます、母上」
「よく眠れましたか? もう夢は見ませんでしたか?」
「はい、ぐっすり眠れました。ありがとうございました」
もう大きい男の子なのに母上の部屋に泣きながら来てしまったことが今になって恥ずかしくなってきました。
「あの、僕もう初等科なのに甘えん坊だと笑いませんか?」
「いいえ、笑いませんよ。ギヨームは何歳になってもいつまで経っても私の小さいギヨームなのよ」
そうでした。もう立派な大人の父上でさえ母上に甘えて一緒に寝てもらっているくらいなのですから、僕もまだまだ甘えん坊でも恥ずかしくないですね。
「母上、大好きです」
「まあ、ギヨーム。私も貴方のこと愛しているわ」
母上はニッコリ笑って、寝台の上に身を起こした僕をギュッと抱き締めてくれました。
――― 長男 完 ―――
***ひとこと***
お母さまとお父さまが大好き、シャルボンのことも大好きなルクレール家の長男ギヨーム君でした。
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