追記 近道(一)

「大体お前な、最初から私がニッキーですって言ってれば俺たちこんな遠回りしなくて済んだんだぞ!」


 ニッキーの正体が分かった後、『第四十七条 激白』でそう言っていたジェレミーです。ということでアナが最初にジェレミーに声を掛けたときに正体をばらしていたらどうなっていたか、というパラレル設定の話を書いてみました。


 本編完結までの全話、十五万字も読んでいる暇なんてないよ! という方に朗報です。『第七条 決行』の途中からすぐこちらにお飛びください。


 最終話、第五十四条までお読みくださった方はこのパラレルワールド内でジェレミーがアナに振り回されている様子をお楽しみください。


『追記 近道 -忙しい方のための奥様は変幻自在-』の始まり始まり!




***




「あの、ジェレミー・ルクレールさまでいらっしゃいますね。アナ=ニコル・ボルデュックと申します。少しお話を聞いていただけますか?」


 ジェレミーはアナをジロっと睨んだ瞬間、何処かで彼女に会ったことがあるような気がふとした。


「別にアンタの用事に興味はないし、俺は話すこともない。でもアンタ、どっかで会ったことないか?」


 ジェレミーはアナにぐっと近寄る。そこでアナは観念した。ニッキーとばれてしまったのだろうか。


「はい、お会いしたことはあります。あの、良くご覧ください」


 そこでアナはニッキーの姿に変幻してみせた。と言っても髪と眼と肌の色を変えただけであるが。驚いたのはジェレミーである。


「つい先程まで飲み屋でピアノを弾いていたニッキーです、ルクレールさま」


「ほ、本当か、お前ニッキーなのか……魔法が使えるってことは……」


「はい、侯爵令嬢である私アナが、夜間飲み屋で働くためにニッキー少年に変幻しているのです」


 そう言いながらアナ本来の姿に戻った。


「じゃあ身分的に釣り合っているから俺達婚約、結婚するのに何の問題もないってことじゃねえか?」


「あの、ですから実家に援助をして頂く代わりに便宜的に結婚して下さいとお願いするつもりで……」


 ジェレミーはアナの一世一代の求婚ももろくに聞かず、満面の笑みを浮かべながらアナを抱き締める。アナの首筋にジェレミーの鼻と唇が当たった。


「本当だ、お前ニッキーと同じ匂いがする」


「に、匂いって? ニッキーも私もお風呂はきちんと入っています!」


「おい、飲み屋の仕事は即辞めろ」


「え?」


「無防備なお前をこれ以上酔っ払いの狼の群れに放り込むわけにはいかねぇだろ」


「それでも私、色々と物入りですので今職を一つ減らすわけには……」


「お前、家どこ?」


 先程から会話の内容が全然噛み合わず、アナは混乱気味である。


「南区のゴダン伯爵家ですが……王都にいる間はそこに滞在しております」


「じゃあ俺んちの方が近いな、さあ行くぞ。辻馬車呼ぶか」


 ジェレミーはアナの手を引いて歩き出した。辻馬車を捕まえやすい大通りの方に向かっている。


「あの……先日ルクレールさまはオモチヨリもなんとか狼もしないっておっしゃいました……よね?」


「……言った。でもお持ち帰りだ。お持ち寄りってなんだよそれ、俺は乱交なんて趣味じゃねぇし」


「ランコウ?」


「とにかく……ああもう、分かったよ! 今日のところはゴダン家に送って行ってやるからキスだけさせろ!」



******



 そして翌日アナはジェレミーの両親、ルクレール侯爵夫妻に紹介される。


「父上、母上、私達すぐにでも結婚したいと思っております」


「えっ?」


「はぁ? ジェレミー、婚約じゃなくていきなり結婚?」


「ちょっと、ジェレミー! もしかして間違いが起こったとか、もう子が出来たとか、そうなのですね? アルノー、どうしましょう!」


「私達はお前をそんないい加減なけじめのない人間に育てたつもりはない!」


「違います、全くの誤解です! (まだキスしかしてないっつーの! しかもコイツやたらガード固そうで当分それ以上ヤらせてくれそうにないし!)」


「あの、ジェレミーさまはお優しくて紳士的な方です。もちろん私たち、その、清いお付き合いしか……」


「あの、アナさん? 私の聞き間違いでなければ、今息子のことを紳士的とかおっしゃいました? もう少し付き合ってこの子の本性を知ってからでも婚約は遅くありませんわよ!」


「そうだよ、アナさん。テレーズの言う通りだ。それはね、私達はとても嬉しいよ、貴女みたいな素敵なお嬢さんとジェレミーが結婚するとしたら」



******



 そしてジェレミーはゴリ押しで戸惑う両親を説得し、とりあえず婚約成立、式は夏の終わりに決まった。ボルデュック家はルクレール家から無利子無期限で援助を受けられることになった。


「ジェレミーさま、私領地の管理のために一か月ほどボルデュック領に参ります」


「許さん。あのラプンツェルとか言う若い男と同じ屋根の下で暮らすなんて」


「ラプンツェル? ああラプラント、ステファン・ラプラントさまのことですね。彼は離れに寝泊まりして頂きますので大丈夫です」


「それでも同じ敷地内だろーが、危険だ」


「でも彼は確か婚約しておられますし」


「そんなん関係ねぇだろ! お前の貞操の危機だ(俺だってまだキスしかサせてもらってねぇのに!)」


「何だかひどい言われようですね。誠実なキャラなのですが、私」


「申し訳ありません、ステファンさん。貴方のお力添え無しにボルデュック領の復興はありませんわ」


「……」


 結局ボルデュック領滞在中のアナにはルクレール家から年配の侍女がお目付け役兼付添人として同行することになり、ジェレミーは休みの度に馬を飛ばして駆けつけたのだった。そして一か月の予定が三週間でアナは王都に連れ戻される。



近道(二)に続く



***ひとこと***

話がとんとん拍子に進みます。が、ジェレミーは本編とは別の意味で苦悩しております。

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