追記 執事(二)

 私はある日テレーズ様とアルノー様に聞かれました。


「セバスチャン、貴方はどうお思い? ジェレミーはいきなり婚約なんて事を急いでいたけれど、あの二人、婚約したてのカップルにはとても見えないでしょう?」


「奥様、そうでございますね。アナ様の方はお坊ちゃまを深く愛しておいでだという事は断言できますが……」


「本当にあんなので結婚して大丈夫なのかしら」


「問題はお坊ちゃまですが、彼もアナ様のことは憎からず思っていらっしゃるようですよ」


「確かになあ……あのジェレミーが自分から婚約したいと言い出したには違いないがね」


「でも確かに想像できませんわね。あの二人がイチャイチャするところって」


「こんな感じかなぁ。『アナたん、あーんして』『もうやだ、ジェレたんったらぁ。あーん♡』『唇にご飯粒がついているよ。ペロッ。ご馳走様』なんてねぇ」


 アルノー様のそのお言葉にテレーズ様のお顔は引きつり、私は鳥肌が立っただけでなく悪寒が走りましたとも。


「「ないわー」」


 そして三人同時にガックリ肩を落とし、大きくため息をつきました。


「旦那様、イチャラブ以前にキャラが全く違います!」


「そうよ、アルノー。あのジェレミーですからね。『御主人様と呼べ!』『ハイ、ご主人さまぁ♡』『そこに土下座して御主人様の熱くたぎる〇〇〇をアナの淫らで卑しいXXXにどうぞ□□してくださいませと懇願してみろ!』の方がよっぽどしっくりきますわよ」


 今度は私とアルノー様は青ざめ言葉を失いました。平然とそんなことをおっしゃるテレーズ様を恐る恐る見つめてしまいます。


「「……」」


 テレーズ様はどう? とでも言わんばかりにニコニコされています。


「奥様、つかぬ事をお伺いしますが……」


「私だってミラとジェレミーの母親ですもの、あの子たちが十代の頃に読み漁っていた怪しげな娯楽本は一通り目を通しておりますのよ」


「そうだね、ジェレミーのキャラならそっち路線か……テレーズ、それハマりすぎているよ!」


 アルノー様まで……


 とにかく、その後『アナ&ジェレミーをイチャラブさせ大会』がテレーズ大会委員長の指揮のもと開催されることとなりました。副委員長はアルノー様、私は唯一の執行委員でございます。


 日頃から私は使用人達に主家の噂話を厳禁しておりますので大々的に『イチャラブさせ大会』への勧誘は出来ません。それでも、ビアンカ様にアメリ様やフロレンス様なら大会の趣旨にも賛同、参加下さると思います。


 どうして王妃様が入っていないのかって? 彼女が張り切りすぎると良からぬ方向へ物事が向かうからでございます。後で王妃様にバレたら大事だ? 覚悟の上でございます。流石にお坊ちゃまもこれ以上王妃様に弱みを握られたくはないでしょうし。


 そうこうしているうちにテレーズ様が思い切った行動に出られました。彼女にしてみれば、婚約したというのによそよそしいお二人のことが放っておけなかったからのなのでしょう。なんと結婚式の日取りを決めてしまわれたのです。お坊ちゃまもアナ様も驚かれてはいましたが結局同意され、式はアナ様の学院編入前に行われることになりました。


 式の準備に盛り上がるテレーズ様アルノー様とは裏腹に肝心のお二人は……全くもって盛り下がっているご様子なのです。この調子では『アナたぁん』『ジェレたん♡』『御主人様と呼べ!』に辿り着くにはかなり険しい道のりが待っているような気が致します……


 それでも『イチャラブさせ大会』運営委員会の面々はお二人が結婚して一緒に住むようになればきっと情もわいて夫婦らしくなっていくのだろうと楽観視しておりました。そして式の前にアルノー様はお坊ちゃまに爵位をお譲りになりました。かくして結婚を控えたお二人は今までと変わらずまるっきり他人のようなよそよそしさで式当日も迎えられました。


 式の後すぐ前侯爵夫妻であるアルノー様テレーズ様は領地の屋敷に移られて行き、『イチャラブ大会』は大した効果も得られないまま終了致しました。もう屋敷を出られた御両親にも、他の誰にも言えませんが、式の後も新婚のお二人はずっと同じように他人行儀なままでございました。


 新婚ほやほやだというのに、お二人は寝室も別ならお食事もほとんど別々にとられています。どちらかと言うとアナ様の方が避けておいでのようでした。そのくせ彼女からは『ジェレミー好きスキ大好きオーラ』がビンビンと発せられています。


 貴族も人によっては非常に退廃的な生活を送る輩もおります。うちのお坊ちゃまはしょっ中飲みに行かれていますが、色事にも賭け事にも溺れていない様子、では何故……アルノー、テレーズ夫婦はお坊ちゃまが無事結婚されたということで安心しきっておられます。


 時々彼らが王都に戻られて屋敷に顔を出される時だけはお坊ちゃまもアナ様も御家族一緒に食事をされ外面は取り繕っておられるようでした。季節は移り、だんだん涼しくなってきてもお二人は家庭内別居、仮面夫婦で変わりません……なんということでしょうか!


 何が嬉しくて未だに私はお坊ちゃま、しかもすっぽんぽん、を毎朝起こし、文字通りお尻をひっぱたき、服を着せないといけないのでしょうか! 結婚されたからにはこれはアナ様のお役目ではございませんか! ルクレール侯爵家の一大事! 鼻息が荒くなってしまいました。申し訳ありません。


 しかし、結婚されても本当の意味で夫婦になってないような二人がもどかしくて……『主寝室の壁をぶち抜き隊』を結成したくなりました。隊長は私、副隊長は料理長グレッグに据え、庭師や下男にも入隊を勧め、なんて使用人有志を募って、と出来ればいいのですが……噂話を禁止している私が率先してそのようなことを言い出すわけにはいきません。御者のヒューは何となく私の勘によると自ら入隊を希望しているようでございます。しかし彼は高齢なので壁を破壊するなどの力仕事はさせられません。


 名誉隊員を据えるならばアナ様のお父上、ジョエル・ボルデュック侯爵の他には考えられません。早く孫の顔が見たいと切に願っておられます。アルノー、テレーズ御夫婦にはお孫様は既に四人おられますが、ボルデュック侯爵にはまだ一人もおられませんので気合の入り具合が違います。


 今すぐにでもボルデュック領からなたや木槌を手に飛んできてあっという間に壁など破壊してしまうに違いません。アナパパの一念岩をも通す、でございます。しかし私はなるべく事を穏便に運びたいと思っておりますので……



執事(三)に続く




***ひとこと***

『 ジェレたん♡』という呼び方はジェレミーパパのアルノー様が言い出したのでした。

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