番外編

追記 執事(一)

ルクレール家の執事セバスチャン氏視点の毒舌回想です。


話の途中で父親のアルノーからジェレミーに爵位が移り、セバスチャンの彼らに対する呼び方が変わります。例えばアルノーは旦那様から大旦那様、そしてジェレミーが旦那様と呼ばれるようになります。しかし台詞以外は混乱を避けるためにアルノー様、テレーズ様、お坊ちゃま(ジェレミー)、アナ様と統一しました。


******



 皆様こんにちは。ルクレール家の執事、セバスチャンにございます。「奥様は変幻自在」の番外編の最初を飾れたことを大変名誉に思います。時々スーパー執事と呼ばれる私でありますが、執事にスーパーもデパートもなく、執事は執事に過ぎません。


 私の主な仕事は、屋敷の管理、使用人の教育、領地の管理の手伝い等でございます。その他雑用としては、お坊ちゃまを朝叩き起こし、服を着せ、朝食を食べさせ、何か問題を起こせば叱りつけ、その尻拭いに奔走しております。


『それって執事じゃなくてまるで乳母じゃなーい?』


 皆さん今そう思われましたね! そうなのですよ、聞いて下さいませ。お坊ちゃまやミラ王妃様がお子さまの頃はまだ本職の乳母に教育係がおりました。ですから私はまだ御父上のアルノー・ルクレール侯爵に仕える普通の執事だったのです。そう、皆様が思い描くいわゆる執事でございます。


 しかしですね、彼らが貴族学院に入られる頃にはもう乳母も小さいお子様の面倒をみる使用人も役目を終えておりました。なのに、あのお二人は周りに手を焼かせ続けるので私や侍女のレベッカが面倒を見ることが頻繁にありました。


 十代半ばの頃が一番大変でございました、はい。お坊ちゃまはその上女嫌いで、お年頃になると若い侍女が身の周りの世話をするのを嫌がられるようになりました。レベッカだけは例外でございましたが、彼女は王宮に輿入れなさるミラお嬢様についてルクレール家を出て行きました。


 ですからお坊ちゃまは私か、侍女長を務める私の妻か、レベッカの母親がお世話をするようになったのでございます。お坊ちゃまはやはり私がお世話をするのが一番よろしいようで、私の雑用は増える一方でございました、全く。


 二十代半ばに差し掛かってもお坊ちゃまは極度の女嫌いのままでございました。そこで御両親のアルノー様テレーズ様と私で『お坊ちゃまを結婚させる会』を結成致しました。いえ、それでは駄目なのです、誰でもいいというわけではありません。そこで会は名前を変え『お坊ちゃまに素敵な奥様を迎える会』となりました。


 お坊ちゃまの長所は見た目の麗しさと剣の腕だけでございます。あ、そうそう次期侯爵という肩書もございましたね。男は爵位さえあれば不細工で性格に難があろうが縁談は降るようにある、とアルノー様は豪語されております。しかし肝心の本人が結婚なんかするもんかとおっしゃっていては、まとまる話もございません。


 私がアナ=ニコル・ボルデュック侯爵令嬢にお会いしたのはある冬の日のことでした。その前日にお坊ちゃまから翌日お客さまがあると聞かされておりました。


「セブ、明日の夕方俺に客があるからな。アナなんとかって言う女だ」


「ナントカ様でございますか」


「俺が帰宅してなかったら応接室に通しておいてくれ」


「アナ・ナントカ様では何処のどなたか分かりません!」


「いや、だって覚えていない。ボ……ナントカだ」


「アナ・ボナントカ様でございますか」


「ボルシチだったかな?」


(そんな体が温まりそうな美味しそうな名前なわけねぇ、とツッコミスリッパでひっぱたいてやりたい気分でございます……)


「若い女だ、とにかく頼む」


 私の目はそこでキラーンと光りました。お坊ちゃまが若い女性を屋敷に招くとは前代未聞のことでございます! これは一大事でございますよ、皆様。しかし、執事としては表情に出さず、何事も無かったように振る舞いましたとも。


 丁度その日、アルノー様とテレーズ様は外出される予定でした。両親の留守に彼女を家に連れ込んでチョメチョメ……なんて美味しいシチュエーション……いえ、このお坊ちゃまに限ってまさか、ですね。しかし、否応なしに私の期待と興奮は高まります。


 さて、当日その若い女性、アナ=ニコル・ボルデュック侯爵令嬢がいらっしゃいました。お坊ちゃまはまだ帰宅されておりません。このお嬢様に私は一目惚れ致しました。もちろん恋愛感情ではございません。ボロを身にまとっておられましたが、侯爵令嬢と名乗られた通り、仕草と言葉遣いからは育ちの良さが伺えます。


 長年貴族の屋敷に勤めている私には分かるのです。貴族の中には自分の地位と権力をかさに着て傍若無人に振る舞う輩も多いのですが、私の眼は豪華な衣装や見た目では誤魔化されません。


 アナ様は雪道を歩いてこられたようで、濡れたブーツで屋敷の床を汚してしまう事を気にされておりました。気立ても良く、よその屋敷の使用人にも気を遣う、こんな方をお坊ちゃまが奥様として迎えて下さるなら……自分の希望を申してもしょうがありませんね……とにかく将来の侯爵夫人として、奥様とお呼びしてお仕えするに相応しい方と言う意味で私はアナ様に魅了されたのでございます。


 それから度々アナ様が屋敷を訪れるようになった時には『素敵な奥様を迎える会』の一会員である私はこれはイケるかも!と期待に胸を膨らませました。


 私などアナ様にお会いする度にこんなお坊ちゃまのことを本当に愛してくれる素敵な女性はこの方以外にはあり得ない、と確信いたしました。それからあれよあれよと言う間に御婚約御結婚と決まった時には我が事のように喜んだものでございます。


 しかし、アナ様もお坊ちゃまも婚約後も何と申しますか、よそよそしくて事務的で、ラブラブイチャイチャとまでは申しませんが、仲の良さを見せつけられるのを期待していた私は拍子抜けでございました。


 確かに、あのお坊ちゃまのことですから、女性と人前でベタベタと言うのは想像できません。しかし、彼には羞恥心と言う感覚は皆無でございますから、恥ずかしがるということもありません。


 御婚約されたお二人はいつまでたっても必要以上によそよそしいままでございました。ご両親も不審とまではいかずとも、少々戸惑い気味でいらっしゃったのです。



執事(二)に続く




***ひとこと***

執事のセバスチャンにはいつまでたってもジェレミーは頭が上がりません。実はセバスチャンはあの王妃さまよりも強かったりして。

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